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ビルドアップ メタボリックマン!

作者: さいか

今年35歳を迎えた主人公は会社のメタボ健診に引っかかったことで、特定保健指導を受けるため民間の健康センターに行くことになる。

しかしその健康センターは未知のメタボリックパワーを研究する悪の組織であった。

メタボリックパワーに高い適性を示した主人公は組織の新開発したベルトの被験者にされてしまう。

怪人に改造されるも洗脳が完了する直前に意識を取り戻した主人公は健康センターを破壊して脱出する。

ベルトにより怪人に変身可能となった主人公は変身ヒーロー(メタボリックマン)として組織と戦うことを決めたのであった。

 そこは混乱の只中にあった。

 怪人が現れたのである。


 体当たりによる雑居ビルの崩落。

 巨躯から繰り出された単純な暴力は人々を一瞬で恐怖に陥れた。


 人々は我先に前へ進もうとしているが、しかしそれは逆効果だ。

 押し合いとなった人の流れは淀み、留まってしまう。

 それはさながら脂質を蓄えたドロドロ血液の如く。


 そして遂に人の流れは動きを止めてしまう。

 こうなってしまってはどうしようもあるまい。血栓の破裂を待つかの如く破滅的な未来、すなわち怪人による虐殺を待つばかりだ。


 しかし。そこに一人の男が現れる。


 男は異物である。その歩みは逆方向。すなわち怪人のいる方向へ。

 男は巨漢、いや中年デブである。体重は150kg程度。


 ならば人々が男に向かって罵詈雑言を投げかけることも無理はない。

 男が塞ぐ進路は2人分。男がいなければそれだけ流れが進むのだから。そうすれば僅かにでも生き残れる可能性が増えるのだから。


 しかし。

 しかし しかし しかし。

 それは誤りである。何故ならば。


「メタボリックパワー ビルドアップ!」


『Yes Sir.

 LDL(悪玉)コレステロール ....... 140mg/dL over clear

 HDL(善玉)コレステロール ....... 40mg/dL under clear

 中性脂肪 ...... 150mg/dL over clear

 腹囲測定 ....... 137cm clear

 METABOLIC POWER HYPERLIPIDEMIA MODE

 (メタボリックパワー高脂血症モード)

 ready. 』


「変身!」


 彼がヒーローだからである。 



 大地が揺れる。次に轟音。


 ヒーロー、メタボリックマンが飛んだのだ。その高さ、実に100m。

 およそ35kcal、お茶碗6分の1杯程度のご飯のカロリーが一瞬で消費された。


 す……、と。跳躍の最頂点で彼は擬似的に制止する。

 静止時間は僅か。すぐさま高さは落下するエネルギーへと変換されるだろう。


 だが、充分だ。

 メタボリックマンが騒ぎの中心の怪人を見つけるには。

 彼のサポートベルトがそこに落下するための行程を演算するには。


 体を丸めて回転。頭を下に、足を上に。体が貫く直線上に怪人を捉える。

 蹴。メタボリックパワーを足に込め、全力で空気の壁を蹴り上げる。

 刹那。再び体を丸めて足を怪人に向けるように体勢を入れ替える。


 全行程は3秒に満たず。メタボリックマンは自らの体を怪人を狙う砲弾と変えてみせたのであった。


 轟、と音を立てて空気を引き裂き、メタボリックマンが落下する。


 地上から20m付近。怪人が気付く。


 遅い。


 怪人が振り向く猶予など与えず、そのどてっ腹にメタボリックマンの足裏がブチ当たる!

 トラックが衝突するかの如き破壊力。並の生物、いや並の怪人であったとしても到底耐えられるものではない!


 しかし。


「軽いなぁ。痩せたんじゃないか、ヒーロー」


 怪人は耐えた。にぃ、と笑みさえも浮かべる。


 並ではないのだ。この怪人こそ組織の三幹部が一人、暴食のファットマン。

 身長 180cm 体重 250kg BMI 77.2 を誇るバケモノである。

 対するメタボリックマンの体重は150kg前後。

 体重の差が戦闘力の差に直結するわけではない。現に機動力はメタボリックマンが遙かに上回る。

 けれども今、この場においては圧倒的に不利であった。


「今日もちょこまかと避けてみるかァ!?」


 ファットマンが拳を振るう。

 BMI77のメタボリックパワーが込められた攻撃は、そのいずれもが激甚。

 BMI52のメタボリックマンが放つ跳び蹴りがトラックの衝突の威力であるのだから、BMI77のファットマンが放つ拳の一撃は即ち新幹線の衝突。並の人間が直撃すれば血痕のみを残してその形すら消え去るだろう。

 5層の皮下脂肪帯と合成繊維帯から成るメタボリックマンの変身装甲であっても直撃すれば一撃で貫かれ、その体は砕け散る。


 故に、避けない。


 避ければ。

 その破壊が周囲に及べばたちまちに瓦礫の山と化すだろう。

 轟音と土煙は人々の混乱を誘い、更に避難の足を止めるだろう。

 混乱の果てに人同士の醜い争いが発生するだろう。

 それは。


(嫌なもんだ)


 何に向けた言葉か。

 ファットマンか。警告アラートを耳元で流し続けるベルトか。追い詰められたこの現状か。恐れを感じてやまない自分にか。

 おそらくはその全て。


 だからこそ、メタボリックマンは攻撃を自らの体でもって受け止めるのだ。


「高脂血掌<コウシケッショウ>ッ!」


 叫びと共に、メタボリックマンの右手の装甲が瞬時に赤黒く変色し、硬質化する。

 装甲と体との同期レベルを上げ、静脈血管まで到達させたのだ。

 血中の脂質を直接吸い上げることにより、メタボリックパワーの出力効率が跳ね上がる!


 衝撃。

 拳と拳が。メタボリックパワーがぶつかり合う。


「ハッハァ! やるじゃねェか!」


 辛うじての相殺。

 メタボリックパワーを全力で込めた拳でさえ、5層中3層の装甲が破られた。

 ベルトが直ちに損傷した装甲を修復するが、これはメタボリックパワーの急速消費を意味する。


「ハァッ ハァッ」


 強烈な飢餓感がメタボリックマンを襲う。

 その空腹感は丸一日食事しなかったときと同程度。

 デブにとって強烈な苦痛である。


 しかし、数度ならば。耐えられないものではない。


 幸いファットマンの攻撃は鈍重だ。

 ボクサーが見れば苦笑いしそうな大振り。体重に振り回される様はデブガキの癇癪にも似ている。


「くッ!」


 拳を払い、いなし、すんでのところで直撃を避けていく。

 それでも、一撃ごとに受けた部分の装甲がはじけ飛ぶ。

 ベルトが速やかに装甲を修復させるが、徐々に厚みが削られていく。


 修復が間に合わない。


 付け焼き刃の格闘技術で緩和してなお、装甲の上から体の芯に届く衝撃。

 威力が強すぎるのだ。

 メタボリックパワーの枯渇による修復不能、もしくは装甲の薄弱化。

 いずれにせよこのままであればメタボリックマンの変身装甲は貫かれるだろう。

 更に、脳を灼く空腹感。本来ならデブに耐えられるものではなかった。


 追い詰められたこの現状は、ベルトが想定したもののうち最悪に近い。


 しかし。

 しかし、しかし、しかし。

 彼等ヒーロー)が無策であるはずがない!


『付近500m以内に生体メタボリック反応無しを確認。ready.』


 沈黙を保っていたベルトが告げる。

 メタボリックマンが人々の群れを飛び出してからからおおよそ15分。

 人の詰まりが解消すれば。

 ヒーローの存在を人が認識すれば。

 凝固因子を抑える薬品の投与により血栓が解消されるかの如く、人々がスムーズに避難できているならば。

 避難が完了するには充分な頃合いである!


「だ、そうだ。ファットマン。

 ここからはそのトロくさい攻撃、すべて避けさせてもらう!」



「この、動けるデブ<ハンパモン>がァァ!」


 襲いかかる大振りの振り下ろし。

 激昂のままに込められたメタボリックパワーは先程までより更に強く、防御すれば装甲の全てをもっていかれるだろう。しかしもはや受ける必要の無いメタボリックマンに当たるものではない。


 回避、攻撃。

 回避、攻撃。

 回避、攻撃。


 何度目かの繰り返し。

 顎にかち上げた拳で遂によろり、と。ファットマンの体が後方に揺れる。

 装甲にダメージが蓄積し、衝撃を吸収しきれなかったのだ。


「ベルト、決めるぞ!」

『Yes Sir.』


 ぐん、とメタボリックマンの動きが加速する。メタボリックパワーを攻撃のインパクトだけでなく体の動きにも回したのだ。


 上体を揺すり体重を乗せて右、左、右、と拳を腹部に回り込ませる。

 装甲に包まれ、分厚い脂肪が集中する腹部はメタボリックパワーの源。

 非常に高い耐衝撃性を有するも破壊されれば力を失う、怪人に共通する弱点部位だ。

 そこに嵐のような猛撃を加える。


 衝撃音が響く、響く、響く!


 ファットマンが無軌道に腕を振り回すも当たりはしない!

 回避した体の動きそのままに、左からの一撃。ファットマンの体が浮く!

 そこに。


「高脂血掌<コウシケッショウ>ッ!」


 右からの渾身の振り下ろしがブチ当たり、ファットマンの両足が地面にめり込む!


 衝撃に逃げ場なし。

 攻撃のインパクトは抜けること無く腹部に突き刺さる!


「ガあああああアアッ!」


 怒号と共に堅牢を誇る腹部装甲が砕け散った。


 装甲により締め付けられ、耐衝撃性を有していた腹部はもはや脂肪そのもの。

 垂れ下がり腹の出た醜いデブの姿が晒される!


「脂肪燃焼<アブトロニクス ヒート>!」


 腹部装甲を貫いた掌がそのままファットマンの腹を引っつかみ、微細に激しく震えだす!

 振動の周波数は20Hz。この周波数は腹筋を強制運動させる電気パルスと等しい。

 メタボリックパワーが腹筋周波数で襲いかかるとき、強制励起により脂肪は瞬く間に分解される!


 脂肪という揺りかごを失って行き場を無くしたメタボリックパワーは熱エネルギーへと変換、その全てがファットマン自身を燃やす火柱へと変化していく。


 火柱は全身の発汗および血流を促進し、血中脂質の力さえも奪い取る!


 燃える!

 燃焼する!

 痩せる!


 三幹部が一人、ファットマン。組織の怪人の中で最も喰らい、最も肥えたデブ。

 それが今、痩せているのである!



 脂肪燃焼はおよそ30秒。

 最後にひときわ強く炎が膨れ上がり、はじけて舞った。


「ぜっ、はっ、はっ、はァーッ」


 戦場にメタボリックマンの荒い息が反響する。


 酸欠状態なのだ。いかにメタボリックパワーで補助されていても中身は中年デブ。

 マラソン後に吐き気が襲うシチュエーションと同様、急激な運動で酸素が失われて脳への供給量が激減しているのである。

 諸刃の剣。こうなってしまえばメタボリックマンは機動力を発揮できない。通常の攻撃行動ですら困難といえよう。


 けれどもその価値はあった。

 その右手につかんだ男にもはや全身を覆う装甲はなく。脂肪はなく。過度な体重もない。

 メタボリックパワーは失われた。

 つまり。


「終わった、か。」

『Yes Sir』



 ー戦闘終了後、付近の路地裏にて。

 男、メタボリックマンの中身が歩いている。周囲に人影はない。

 そこにベルトの電子音声が響く。


『腹囲測定 ....... 125cm 。12cmマイナスです。

 夕食は揚げ物と米を大量に食べ、速やかに就寝してください』


「疲れて流石に胃が動かねーよ」


 男は苦笑いを浮かべる。

 やっとこさ動けるようになったところで夕食のことを考えるのは厳しい。強烈な飢餓感はあれども気持ち悪さが先に立つ。

 そう思うのだが、どうやらベルトはそうではないらしい。


『”かつ亭”は如何ですか。あの店のトンカツはビタミン豊富です。

 肉体疲労も回復するでしょう。

 何より米とキャベツがおかわり自由な点も評価すべきところです』


「分かった。分かった」


 確かに動いて腹が減った。

 ソースをキャベツにかけ、それをおかずにご飯を一杯。

 トンカツを2枚注文してご飯をさらにかき込むことを想像すると心が躍った。

 ぐぅ~、と腹の音も鳴る。


『体は正直ですね』


「ま、多少はな」


 揚げ物が厳しくなったと社食で話す同期もいるが、どうやら自分はそうではないらしい。


「せっかくの勝利だ。贅沢に行くか」


『それは素晴らしい。

 よく食べ、よく太ることこそメタボリックパワーの源です。

 ワタシを有効に使って下さい。コエズバラ』


「ああ、組織を壊滅させるまでは有効に使わせてもらうさ」


 これはヒーローの物語だ。

 メタボリックパワーを得た男が闘いの果てに力(体重)を失い、けれども勝利ダイエットをつかむ物語。

お読みいただきありがとうございました。

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― 新着の感想 ―
[良い点] やっぱり変則ヒーローものは細部の名称がキモですね [一言] EDは斎藤千和にリビドー乱れ撃ってもらいたい
2018/10/13 06:11 退会済み
管理
[良い点] 作中に出てくる数値や技名一つ一つが面白かったです。 アクションものとしても情景描写が分かり易いし、オッサンのヒーローとして是非活躍して頂きたい物語でした。 [一言] 頑張れメタボマン…
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