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誰が中原に鹿を逐う  作者: 魚反はまち
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03_自警団

 -2023.10.24-


 翌日。一尉は、自衛隊の施設の中にいた。


 「全隊――ッ! 頭、中!」


 一人の男の鶴の一声で、射場前に集合した全隊員が正面を向く。海上自衛隊らしく青色の迷彩服に統一された一団は、黒光りするプラスチック製の鉄砲を手にしたまま正面に立つ一尉の方をじっと凝視する。


 「特別顧問訓示! 全隊気を付け!」


 再び、男のかけ声。秋も既に終わりに近付いているのがまざまざと感じられる落葉色の草木が、しんと静謐な射場の中をまるで怯んだかのようにざわざわとさざめいた。


 一尉はその静寂の中を、半長靴のごつごつとした音を響かせながら歩み、ワイヤレスの棒形マイクの前で立ち止まる。大きく息を吸い込んでから、言葉を発した。


 「江田島市自警団の特別顧問に任命された河石哲也一等陸尉だ」


 一尉、一尉か。たかだか中隊長程度の人材が、一個の国軍の特別顧問とは。心の中で苦笑し、それではいかん。と気を引き締め直して続けた。


 「この中の大多数とは違って陸のものではあるが、俺も君たちと同じ志を持っている。何も君たちだけの思いではないと言うことを、心の片隅にでも置いておいてくれ」


 以上だ。できるかぎり冷静に取り繕いながら話した人生初めての訓示は、普段の冷静さを失わせるには十分すぎるほどだった。まだ心臓がばくばくと拍を打ち続けているのがよく解る。


 一尉がマイクから一歩下がる。すると、自警団の隊員の内、一人の男が再び号令を掛けた。


 「別れ!」


 別れます。息のぴったりと合った返礼の大きさに、一尉は思わず圧倒されてしまう。なるほど、これが海自さんの“特警”か。


 解散を命じられた自警団の面々は9名ごとの班で固まりながら、有刺鉄線に飾られたフェンスの奥。射場の中へと入っていく。

 少しの間立ち尽くしていた一尉の元に、頭髪の少し白くなりかけた壮年の男が走ってきて、右手で着帽の敬礼。


 「自警団の訓練監督と指揮を任せられておりました、六角三等海佐です」


 そう自己紹介した男は、海上自衛隊の迷彩服の左胸に江田島市の市章を刻んだ徽章をつけていた。それが江田島市の自警団員を表すものだと考えて、なるほどなと一人納得した。そうして一尉も、同じく敬礼を持って返礼とする。


 「改めまして。このたび自警団の特別顧問に任命されました、河石一等陸尉です」


 よろしくお願いします。いえいえ此方こそ。一尉と三佐が頭を下げ合う光景というのもなかなかに新鮮なものだろう。

 二人の男は、さてそろそろ行きますかとばかりに射場の手前――整然と何丁もの銃が置かれている盛り土の方へと歩いていく。


 「自警団の人員は?」


 ところで。と前置いて、一尉は問いかけた。


 「私の他、総勢130名からなります。これは、編成時――10月1日に江田島市全域に配備されていた部隊の総合計です」

 「具体的には?」

 「特殊警備隊から100名、第31航空群の標的機整備隊の方から20名、それとあと、飛渡瀬貯油所の方から10名。」

 「飛渡瀬?」


 どこかで聞いた地名だな。と思えば、つい昨日乗ったバスの中で流れた物だった。ふむと一つ頷いた一尉に、三佐はにこやかな笑みを絶やさず説明する。


 「|LCAC《エアクッション艇1号型》の整備を担当する部署ですな。呉の造修補給所工作部の一部を接収して今に至っております」

 「と言うことは、LCACは6隻?」

 「ええ。それにRHIB(特別機動船)が5隻ほど」


 ふむふむ。一尉は彼の報告を聞きながら、具体的な戦力の分析を図る。


 「その他には?」

 「あるとでもお思いで?」


 肩をすくめるようにしておどけて見せた三佐は、簡単な説明を追えるとどこからか持ってきたメガホンを手に、射場の盛り土の少し後ろ側――茣蓙と銃が等間隔に8つほど並んでいるその背後に座り込んだ。

 続いて座した一尉の尻を、じゃりじゃりとした砂が戦闘服の上からちくちくと刺す。


 自警団の隊員たちは、茶色いござの上に伏せて銃を擬している。俗に言う伏せうちの体勢で、遠く数百m先の堆土の上へと照準を合わせているのがみえた。


 ちょいと失礼。三佐は立ち上がってメガホンをラッパかなにかのように構え、怒号を発する。


 「第1射群、撃ち方用意!」


 射座にて銃を構える男たちと、その横に網を構えた男たち。彼ら18名の間に一瞬で緊張が走るのが手に取るように判った。


 その絶叫の唐突さと声量に面食らった一尉を捨て置いて、三佐は息を大きく吸い込み――撃て。射撃場中にとどろき渡るほどの大音量を、一息に吐き出し尽くす。


 ほぼ同時に、全ての銃から炸裂音が迸った。一秒にも満たないほど少しだけ遅れて、銃弾が標的の木の板に突き刺さって貫き徹した音が響く。


 「――ッ!」


 海田に居るときも、世界の裏側に行っていたときも、腐るほど聞き続けてきた音。だが、一斉に引き絞られた小銃射撃ほど心に響いてくるものは無い。一尉の心に去来した一抹の感情は、今度は号令すらもなく発射された一つ(・・)の巨大な発砲音に押し流されていった。

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