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誰が中原に鹿を逐う  作者: 魚反はまち
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01_江田島

 「……で、市長は一体どこに?」


 登山道の出口。たった今来た道をそのまま指さす標識のすぐ側に立ち止まった一尉は、クルリと踵を返して三等海曹をじっと凝視した。


 「もう到着していても良い時間ですが……いませんね」


 三等海曹はそう告げると銀色に耀く重厚な造りの腕時計を覗き込む。

 肩から胸にかけてスリングを回して空いた左手首に食い込むほどきつく締められた時計の文字盤をちらりと一瞥した彼は、そうですね。と一言呟いた。


 「市長も多忙ですから、今しばらくお待ちいただければ…………」

 「このまま待たされた挙げ句、自分の足で市役所の方に顔を出せ。とかだと笑えない結末だな」


 いえいえそんなまさかと笑い飛ばそうとした三等海曹のポケットの中から、ぴりりと電子音が響いた。


 ちょっと失礼。一尉に背を向けて懐から電話を取り出す。一昔どころかもう少し前の携帯電話(フィーチャーフォン)。中折れ式の本体を開いて液晶を確認。流れるような動作で頭の側に持っていった。


 「はい、こちら木村三曹です」


 2、3ほど何事かを話したあと、誰も居ないところではい。はいと肯く。それを横目で見ながら、電話を取るときの癖は誰でも変わらないものだなと一人納得していた。


 「……ええ、一尉はこちら。古鷹山登山道に留保しております」


 それでは。と言って木村三曹は電話を切る。ぱたんと携帯電話の液晶画面を閉じると、一尉の方に向き直った。


 「一尉、あの、ですね。……申し訳ありません」

 「どうした?」

 「その……」


 どうにも口ごもる木村三曹に、まあ言ってみろと発言を促す。できる限り柔和そうに頬を吊り上げてみた微笑みからか、彼は深い海のような迷彩服の袖で汗をぬぐい取り、気まずそうに発言した。


 「その、真に申し上げにくいことなのですが……、一尉のご想像したとおりになりました」




 「こちらです」


 古鷹山の登山道入り口から歩いて旧海軍兵学校のあたりを通ると、すぐ目の前のバス停に白を基調とした江田島バスが丁度やってきた。運転手以外人っ子一人乗っていない四角いバスに、迷彩服を着込んだ二人組は乗り込む。

 そこから誰も乗らないバスに揺られる道のりが少々、続いた。どちらかと言えば後ろ側の二人用座席に座った一尉は、ぼうっ……と右側の車窓から島の風景を眺めていた。


 「どうです、なにか気になることでも?」


 隣に座った三曹が、少し弾んだ調子でたずねてくる。一尉はこくりと頷いて、あれはなんだ。と指さした。三曹は少しだけ眉間に皺を寄せたあと、なぜか少し納得したようで説明を始めた。


 「あれは牡蠣筏です。江田島市の特産物は、日本一とも二とも言われる生産量を誇る牡蠣ですから」

 「牡蠣? あの貝か」

 「あの下に、たくさんの蠣殻が縦に吊られているんです。そこに牡蠣が繁殖して、冬に食べ頃を迎えます。今は3月ですから……もうほんの少し前なら旬でしたが」


 昔は、参加賞として食べ放題の焼き牡蠣が振る舞われていたマラソン大会もあったようですが、こんなご時世では。三曹は残念そうに呟いた。それは、この地元に根を下ろした人々の代弁のようにも聞こえてきて。


 「……牡蠣筏がみんな戦火に燃えないように、できる限りの努力はするさ」


 ぽつりと呟いた一尉を載せたまま、バスは海沿い――江田島湾と言われる巨大な入り江の側を抜け、中規模なショッピングセンターが数件並ぶ市街地へと針路を向けた。

 ほどなくして中継ターミナルとアナウンスが流れ、ばすはショッピングセンターの駐車場の一角に止まった。そこでほんの1分から2分ほどの間運転手の交代や乗客の乗り降りなどが行われる。

 ショッピングセンターでようやく乗り込んできた乗客は、木村三曹が地面に銃床を付けるようにして立てた小銃の一部。銃口をみてぎょっと目を見開き、うっかり買い物袋を落としそうになっていた。


 「……戦争が遠い社会というのも、問題だな」

 「一昔前の米国でも銃を保持してバスに乗るというのは……非常識だったのでは?」


 三曹の言葉でふと、今までに回ってきた諸国のことを思い出し、それらの方こそが異常だったんだな。と一人でに肯いた。丁度その瞬間、バスは再びエンジンを吹かせてタイヤを回す。


 山のすぐ側を通っていって、また海の縁へ。山がちな島特有のいりくんだ地形がバスの乗客を右へ左へと揺れ動かす。

 そんな道がしばらく続き、大きな丁字路で信号機に引っかかったあと再び直進。少しの傾斜がある峠に敷かれたアスファルトに、タイヤを入れて登っていく。


 「この峠を越えたら、江田島市の中枢。江田島市役所です」

 「…………誰も乗ってこない割に、案外長かったな」

 「まあ、田舎の路線はこんなものですよ。これでも昔に比べると、ダイヤが少しずつ減っていっているんです」


 次は、大柿支所前。そんなアナウンスが社内をゆったりと巡る。いち早く停車ボタンを押した三等海曹は、一尉の先導として降りていった。


 「……ほう」


 小さな地元のスーパーの手前。等間隔に窓がある4階建ての大きな建物が、そこにあった。

 おくれないように少し小走りになりながら、勝手知ったる木村三曹に追従する。流れるように建物の中に入ってエレベーターに乗り込み、4階とボタンを押した三曹。少しの時間の後に開いた扉をするりと抜けると、小さな廊下を抜けて木製の重厚そうなドアをこんこんとノックした。


 「どうぞ」


 返答を確認してから、木村三曹はドアノブをガチャリと捻り、市長の部屋の中に入る。一瞬遅れて一尉もその隙間に滑り込んだ。


 「失礼します」


 そこには、一人の少女が腰掛けていた。黒い革張りの座席に包み込まれるようにちょこんと座る彼女は、入室してきた木村三曹を見てぱっと顔を明るくし、席を立ってとてとてと危なっかしく歩いてくる。


 何もない赤いカーペットに躓いて足を踏み外しそうになるたびに肩まで伸びた黒い髪の毛が艶を振りまく。聡明そうな顔立ちに、その柳眉がひときわ拍車を掛けて怜悧冷徹な人物といった印象を与えているように思われる。


 木村三曹と、自分自身の正面に立ち止まった彼女を一目見て、一尉はぴくりと眉をひそめる。なぜだか、その背の丈に合わない黒いリクルートスーツに身をぴしりと締めつけられているかのようにみえた。


 「私、江田島市長の灘尾なだお めぐみと言います。これからよろしくお願いしますね、河石一尉(さん)


 まだ、女子供じゃないか。一尉は口に出しそうになって、気合いで押しとどめた。

 しかし顔には十二分に表れていたらしく、案内役を買って出ていた木村三曹がむっと唇をすぼませて注意と訂正を口にする。


 「一尉! こう見えましても、灘尾市長はこの島の生まれである政治家、故灘尾弘吉先生の――」

 「いいんです木村さん。公職選挙法が改正したのはつい先日のことですから。たしか半年前はまだ、フィリピン共和国の方にいらしたんですよね?」


 ああ。一尉は少し躊躇いがちに首肯する。確かにその頃はまだ、国際連合平和維持活動の一環としてフィリピン、ルソン島の地方都市にいたはずだ。少なくとも公式の書類の上では。


 「それなら存じていないはずです。私のような若輩者でも自治体の首長になれるように、公職選挙法に定められた被選挙権が大幅に下げられたのはつい5ヶ月前のことなんですから」


 まあ、日本国政府の定めた最後の法律と言えば聞こえは良いでしょうね。彼女はそう言うと、くすりと頬をゆるめた。


 「…………市長。一尉に御用件があったのでは」

 「ああ、そうでした! どうにも忘れっぽくて適いませんね」


 三等海曹に促されて、その冷徹そうな印象を崩してしまうほどにばつの悪そうな笑顔をたたえた少女は、一尉に向き直ると一つ。真剣そのものを体現したかのような表情をして、動く。



 「……お願いします、江田島市を護ってください!」


 灘尾市長は90°――最高の敬意を表して、頭を下げた。

読んでいただいてありがとうございます!まだ戦闘はありませんが、これでどんな感じの世界観なのか、そしてどんな感じの地形があるのか。が少しずつ解ってきたかもしれません。

ただ、それらの情報が地元民以外にもわかるように全力を尽くしていきます!

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