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爪先の境界線シリーズ

爪先の境界線 ―カズキ―

作者: 壱宮 なごみ

安心してください。まだ、何も起きませんよ。

 最近よく変な夢を見るのだと、幼馴染みの一人が言った。

 俺たちは4人グループで、その話題に対して反応もそれぞれだった。


「マジで? ウチもウチも! こないだ超半端ない夢見たんだけどー!」


 マイペースなアサミは、どんな会話でもするりと自分のしたい話に持っていく傾向がある。


「よく見るってことは同じ夢を繰り返し見るってことか?」


 ツッコミ体質のシュウトは、どんな話題を振られてもまずは食いついて掘り下げようとする。

 どちらが良いとか悪いとかそういう感覚は俺にはなくて、ただ、その話題を切り出した瞬間のナズナは、いつもの無気力な雰囲気ではなかった。

 4人グループの中でも、ナズナはあまり感情を表に出さない。ポーカーフェイスが得意というのか、出会った頃から表情豊かではなく、それでいて自分の考えはしっかり持っていて、要するに……ブレない。ババ抜きも強いし、宿題を忘れても焦らない。ナズナと関わりが薄いクラスメイトは「何考えてるか分かんない」とか「考えなしに迎合してそう」とか言うけど、そうじゃないことを、俺たちは知っている。

 だから俺は、少し驚いたのだ。基本的に悩みやトラブルも自己完結しようとするナズナが、「変な夢を見る」というたったそれだけの相談を、やや重たげに発信したことに。

 先の二人に続いて、俺もコメントする。


「よく眠れてないってことかも知んないぜ」

「夢見すぎだから?」

「そう。変な夢見ると起きた時に疲労感ないか?」

「んー……ちょっとある」


 カズキすごい、と、すごくもなんともなさそうなトーンで付け加えるナズナ。俺は安眠するための色々を伝える。その色々が細かすぎて、どんな夢なのか尋ねたシュウトも、超半端ない夢を語ろうとしていたアサミも、大人しく数学の宿題に取り組み始めていた。

 そう、俺たちにはこの空気がちょうどいいんだ。いつも4人で、勉強しながら駄弁って、ジュースを賭けたトランプして。



 ******



――「邪魔をしても無駄だよ」


 ああ、クソ。またこの夢か。何度か聞いた、幼い少年の声。

 枯れ草の舞う冬の荒れ野に、乾いた寒風がつむじを描く。老衰しきった黒く細い幹が点在する世界。ところどころ地面に入っているヒビは、この地の養分枯渇をあらわしているのか、それとも。


――「カズキの望む日常は、日常たりえないんだから」


 一体何のことを。頭の中に響く声は、俺に何を諦めさせようとしているのか。まるでこれから何かが失われると確定しているかのような。

 ふと振り向けば、そこにはフードつきのマントを被ったネコの姿。フードで表情は見えないが、毛の色からロシアンブルーなのだと分かった。


――「彼女は、僕らを選ぶよ」


 一体誰のことを。問いかける前に突風が吹き、目を瞑ってしまう。次に辺りを見回した時にはもう、そのロシアンブルーの姿はなく。ただ、何度も何度も、まるで呪いのようにリピートされる「その言葉」は、冷たく寒く突き刺さる、氷のような。身動きを取らせない吹雪のような……――




「……キ、カズキ、おはよう」

「あ、ナズナ、おはよう」


 時々見る鬱陶しい夢のことを思い出していた俺は、肩を叩かれるまで気付かなかった。いつもと同じ通学路、ナズナが後ろからやって来たのだ。


「珍しいね。ボーッとして」

「英単語、思い出してた」


 夢のことは話してはいけないと、脳内で無意識的にストッパーがかかる。何故だろう。


「カズキ、ありがと。ホットアイマスク、結構効いた」

「そっか、良かった」


 交差点の信号が赤になる。立ち止まったナズナはカバンから単語帳を取り出して、1時間目のテストの予習をし始めた。


「今から勉強か?」

「うん。その場しのぎ」

「ははっ」

 

 いっそすがすがしいナズナの割り切り方に笑いながら、横断歩道の向かい側に目をやる。あれは、あのネコは、ロシアンブルー。獲物を捉えたように鋭く真直ぐなその瞳を、俺は真直ぐ見つめ返した。

 ああ、そうだ。俺は手放してはいけない。この日常が、当たり前の平和こそが、俺の望んだ全てなのだから。


「どしたのカズキ、怖い顔してる」

「してない」

「親の仇でもいた?」

「2人とも生きてるって」

「そんぐらいの相手がいたのかってこと」

「……ん、そうかもな」

「え」


 俺の返答にナズナがきょとんとしたその時。


「おっはよー!!」


 アサミが元気に駆け寄ってくる。


「うっわ、ナズナ超マジメ!」

「今初めて範囲見たけど」

「マジ!? じゃあ前言撤回だわー」


 ナズナの手元にある単語帳を見ながら、アサミも笑う。信号が青になって、向かい側でシュウトとも合流した。

 俺が守らなくちゃいけない日常。俺の守りたい人たち。


「なぁカズキ、何かあったのか? てか具合悪い?」 

「いや、何でも……」

「顔怖いってばー、どっかの魔王みたい!」


 きゃははっ、と笑うアサミの言葉に、俺はどんな表情をしていたのだろう。単語帳を見ていたナズナが、ふっと俺を見上げた。


「もしかして変な夢?」

「……いや、睡眠不足なだけ」



 ******



――「ムダだよ、カズキ」


 大丈夫、手放さない。今度は、必ず。


――「きっと、もうすぐ」


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