第六話「餓狼」
辺り一面火の海。全てを呑み込まんとする勢いで炎は燃え盛る。満たされることを知らない姿は飢えた獣に似ていた。燃え広がってもいずれは灰燼と化す。己が消え失せてしまわないために蹂躙を続ける運命だ。
「……」
そんな地獄の様相の中、くすんだ金毛の少年ライルは彷徨っていた。当も無くふらふらと歩を進める彼の顔はいつになく空虚だ。乱雑に積み重なった老若男女の骸を踏みしだいても、路傍の石ころを眺めるのと同じで何の感慨も湧かない。死体を包む炎が不思議と自分にだけは燃え移らないのを見て、彼は初めてこの体験が夢なのだと理解した。
熱は感じない。ただそこにあるだけ。このように奇抜な夢をライルは見たことが無く、戸惑っていた。足を止め、周囲を見回す。すると、彼が他の誰かが導くかのように火の手が引き、一本の道があけられる。先は見えなかったが、別に来た道を戻ろうとも思わなかった彼は道なりに行くことにした。
心象風景。進んで行くうちに、そんな言葉が彼の疑問にぴたりと収まった。過去の記憶から深く根付いてきた想い。今見ているのがまさしくそうだった。だが、紅蓮に燃え盛る炎は他人への憎悪を表していない。そもそも彼には他人と関わる余裕など無かった。では一体何が火種となったのか。誰かに聞かずとも、ライルには答えは明瞭だった。
飢え。ただ生への渇望。物心ついた時から一人、凶器を握りしめていた。何も持たず、死だけが待ち受ける身。過酷な環境の中で命を繋ぐためには己の可能性を広げる必要があった。善悪の判断など押し潰さねばならなかった。そして彼の場合、手っ取り早く可能性を広げるには、力が必要だった。




