第五話「丹碧の舞姫」
螺旋状に交わった二つの火球が爆ぜる。突然頭部に強烈な衝撃を加えられたことにより、鋼の騎士は目標の一人に引導を渡すこと叶わず、大きく仰け反って後ろに倒れそうになった。闖入者に驚いたのは他の三人も同様で、火球の飛んできた方向へと一様に視線を送る。
まだ若い青年と長身の男。精悍な顔つきで二人は戦いの手を止めた彼女達の輪に加わるべくして歩み寄る。その途中、ライルは先の魔術の使用により使い物にならなくなった弾倉を地面にそのまま捨て、新たに装填した。
《――受諾。交戦ヲ一時停止》
鋼の騎士の目がライルとブライトを補足すると、攻撃態勢に入ろうとする。魔術の直撃した個所は黒ずみ、大きな亀裂が刻まれていた。ひとまず無力化するために二人は武器を取ろうとするが、それまで鋼の騎士の後ろに立っていた怪しい女が立ち位置を入れ替わって前へ出る。片手を伸ばし、手出し無用と制して傅かせるとライルに目を向けた。
見た目二十代の若い女だった。やや古風で装飾の少ない漆黒のドレスに長い黒髪という組み合わせは妖艶と評するに相応しく、金と青――左右で色の異なる瞳はその印象を高めていた。貴族家の出自と言われても不思議ではない雰囲気の持ち主だが、この場に居合わせるには些か場違いすぎる。
「貴方、うちが雇った人間かしら? 私はもう全員生きてないと思っていたのだけれど」
女は疑問を口にした。敵意が見え隠れするわけでもない。平然と話しかけてきたことにライル達は少しばかり戸惑った。
「残念ながら違うね。俺はアンタみたいな胡散臭いやつが何かしようとしている。そう聞いてわざわざここまで来たんだよ」
「そう――それなら、貴方達もそこの子達と同じように御もてなしが必要ね」
吐かれる一息、それから嗜虐的な笑みと共に見開かれる異色の双眸。黒い女が右手を天に向かって振りかざすと足元に出来ていていた影が彼女の体を這い上り、両手を覆った。不定形な影は黒紫色の虫が群を成して蠢く様に似ていて実に気持ちが悪い。その横では、使役者の魔力を感じ取り、膝を折っていた鋼の騎士が再び兜の眼を光らせながら、二本の大剣を構えていた。
「ブライト、そのデカブツは任せる。この女は俺がやる」
「勝手に決めてくれちゃってまあ……」
ブライトは強引な指示を寄越すライルの背後で肩を竦めた。文句を言う気にもなれず、渋々といった表情でずっとこちらの様子を窺っていた二人の横に並ぶ。
「と、いうわけで加勢させてもらうぜ、お嬢さん方」
「何処の誰だか知らないけど、助かるわ。ありがとう」
「……足手纏いになっても助けるつもりはないから油断しないことね」
「あらあら」
「ははっ、手厳しいねえ。だが生憎、そんな予定はこれからずっと無いから安心しな」
「どうだか」
友好的な言葉を投げかける青とあくまで無関心な赤。若干不安が残るが、結果で己を示せばよいだけの事。洗礼を受けながらもブライトは気持ちを引き締めた。
《命令再確認。内容――殲滅》
「どうせ無駄になると思うけど、こういう時ぐらい名乗っておこうかしら。私の名はキザイアと、この子――鋼の騎士がお相手するわ。では私達も始めましょう、坊や。少しだけ、殺し合ってあげる」
「決闘じゃあるまいし律儀にやる必要なんかないぜ。それに俺は、あんたを地獄へ導く死神だァッ!」
余裕に満ちた顔と言動が気に食わないとライルが吼える。だが、キザイアは依然として笑うことを止めない。双方が異なる武器を取り、それぞれの戦いが始まった。
◆
誰よりも速く、ライルは敵に肉薄していた。その手に握られているのは銃ではなく剣。その理由はキザイアという女のなりを見るからに、白兵戦よりも相手との距離を置いた魔術戦の方が得意だろうと踏んでの突貫である。
ライルの強さは状況に応じた融通の利きやすさにあった。突出した何かを持っているわけではなく、強いて言えば速さぐらい。しかし、選択肢の多さはそれだけ可能性を引き寄せる。順手に握った一刀を素早く振り下ろした。が、硬質な音と鳴り、刃が止められる。
「――なっ」
「うふふ、驚いたかしら?」
しかし、キザイアは武器を抜いてはいない。無手だ。躱す素振りを見せることも無く、涼しげな顔で剣を掌で受け止めている。呆気にとられながらもライルは続け様に剣を振るった。上下左右に刃が踊る。不意に持ち方を変え、振り抜いたと思いきや、腕を戻して更にもう一撃を見舞う。彼だからこそできる曲芸じみた剣さばきは変幻自在だった。
常人ならば、突拍子も無い彼の戦法の前にもう屠られているだろう。けれどどうやら、黒き魔女はその例に外れているらしい。彼女は未だ掠り傷一つ負っていないという事実が物語っていた。速さではライルが優っている。手による防御が間に合わず、体に食らわせた時もあった。だというのに、剣は弾かれ攻撃は通った様子はない――ライルは困惑していた。
「捕まえた」
しっとりとたおやかな女性の指がライルの剣を捉えた。妖艶な笑みでキザイアは呟く。ライルは振り解こうとするが、刀身を華奢な腕からは想像も出来ない剛力で掴まれて不可能だった。
(これは……この影か!)
心の中でライルは自分の失態に舌打ちをする。よく見ると、彼女の手は直接剣に触れてはおらず、纏わりついた影が守っていた。この馬鹿力も影によるものだろう。これに触れてはいけない――直感が告げる危険を察知し、ライルは握られた一本を諦めてその場から飛び退いた。
「はっ!」
だが、易々と予見されていた行動は自身に危機を呼び込むだけだった。下がったライルをキザイアは追撃する。地をすれすれに浮いて滑走。まるで彷徨える亡霊の動きだ。振るった彼女の右腕の爪が描いた軌跡は鋭利な黒い鎌となってライルに襲いかかった。彼は残った一本の剣で防御を試みるが全てを防ぐのは無理だった。防ぎきれなかった三つの影が左腕を切り裂く。
「忘れ物よ」
「ぐぅ――っ!」
痛みに苦悶している暇も無かった。奪われていた剣が矢の如く胴体目掛けて投擲される。ライルは傷付いた腕を庇いながら横に転がって回避。石の床に突き立ったままの剣を拾うことはせず、空いた右手には魔道銃を手にした。接近のために走り出すと同時に足元を狙って連射。だが、一向に相手の表情は崩れない。
◆
「はああああっ!」
劣勢に立たされるライルとは逆に、ブライト達は一方攻勢だった。二人でぎりぎりでも三人ともなれば、誰か一人が有利に立ち回れる。常に三人が別れて囲い込む陣形。ブライトは連携が上手くいくか心配していたが、それも杞憂だった。
赤と青の閃が激しく入り乱れる。彼女達は互いの呼吸を読みも完璧だった。同じく相棒を持つ身としては対抗心を燃やしたいところだったが、ブライトはなるべく囮役に徹する。
《――》
「あぶねっ」
相変わらず速さは無いが、狙いが的確な上に手を休める様子はない。時折叩き潰されそうになって、冷や汗をかきながらもブライト達は確実に躱していく。生まれる隙をついて、また一撃と更なる攻撃を加え続けた。優位は彼らにあり、決着がつくのも時間の問題だろう。
「ティア!」
「任せて!」
赤い髪を揺らし、立ち止まった女――ティアが手をかざす。すると彼女の前に魔方陣が展開し、四つの氷柱が発射された。グラムの右肘関節部に命中すると凍り付き、僅かながら動きが止まる。詠唱をしていないにも関わらず、強力な魔術だった。
「エリス!」
「了解!」
呼びかけに反応し、今度はエリスと呼ばれた青い女が力を溜めて膝を曲げると、グラムの後頭部付近まで一気に跳躍する。男と比べても人間離れした見事な脚力だった。
「ふっ!」
そのまま側頭部に横から槍の長い柄で遠心力を相乗させて殴りつける。堅牢な護りに弾かれはしたものの、蓄積した損傷によって再びグラムは揺らいだ。数歩後ろにぐらつくと動きが止まる。
「やったか?」
「いえ、まだ!」
《――頭部ヘノ損傷、甚大。戦闘続行――問題無シ》
抑揚の無いこもった男の声を発するとともに鋼の騎士は体勢を立て直す。亀裂が大きく残る兜からは魔力がばちばちと音を立てて漏れだしていた。
《記憶回路ヨリ術式怒りの剣解凍》
すると、怒りを露わにするかのように眼光が一層強い輝きを放った。それだけではなく、二振りの大剣に膨大な魔力を充填させている。それは三人が思わず身を竦めてしまう程だった。上位の魔術、もしくはそれ以上の何か。
「こ、この魔力量は!?」
「まずいっ。二人とも逃げて!」
止めを刺そうと近くまで迫っていた三人は一斉に最も危険であろう正面付近を避けた安全圏へと駆ける。早くも準備の完了した鋼の騎士は逃げ惑う彼らの中でエリスを最初に補足した。怒りの剣は既に上段まで持ち上げられている。
「――っ!」
しまったと歯を噛み締めるエリス。防御、不可。回避、不可。相殺、不可。直撃、確定。彼女の直感が死を告げる。
「させない!」
グラムの真後ろにいたティアは必死の思いで、今最速で繰り出せる魔術に出来る限りの力を注ぎ込んだ。背後から巨大な氷柱が二本顕現し、攻撃を阻害せんと襲いかかる。だが、腕に着弾するも、無情にも氷柱は砕け散っただけだった。
「やめ――!」
瞬間、全てが悉く破壊される。交差して振り下ろされた斬撃は高速の衝撃波となって地を這い、壁まで突き進んで消えたかと思えば、抉れた溝が爆ぜた。石の床は捲れあがるどころか、形も残らない。
まさに魔剣。そう評するに申し分ない威力を物語っていた。
「……」
咄嗟に腕で顔を飛んできた小さい瓦礫から守っていたティアは目の前に広がる光景を見て膝をついた。手にしていた細剣が高い音を立てて滑り落ちる。恐怖か、それとも喪失感から、わなわなと手が震えていた。エリスが立っていた場所は夥しい量の砂煙で安否を目で確かめることは出来ないが、生きている可能性は限りなく皆無だろう。
《――》
次はお前の番だとグラムがぎょろりとティアの方を向く。勝てるはずがない。あんな隠し玉に太刀打ちできる術を持たないティアは立ち上がることすら億劫に感じていた。
「そういえば、あいつは……!?」
と、エリスに加え、それにもう一人。ブライトといった男の姿が見当たらないことにもティアは気が付いた。逃げた? いや、まさか、巻き込まれたのか――そう不安が過ぎった直後だった。
《――!?》
空を切る音。“上から”何かが飛来し、鋼の騎士の兜に串刺した。グラムの背面の装甲までも貫いたそれは“槍”だった。
「え……」
慌ててティアは小高い天井の方を見た。グラムの丁度頭上から、一組の男女が一緒になって落下してくる。したり顔で見下ろすブライトと、彼に肩を抱かれているのはエリス本人に間違いなかった。
「いくぜぇ……」
ブライトはそっとエリスを空中で手放し、腰の剣柄を掴む。居合の構え。彼は硬直するグラムの左肩に着地した。紫電を伴って、波状の紋様が顔を覗かせる。
「返礼だ! 思う存分受け取れ!」
横薙ぎに一閃。歪な音を立てることも無く、グラムの頭部の上半分が崩れ落ちる。青銅色の騎士は、遂にその一太刀によって引導を渡された。
◆
左腕から流血が止まらない。深くない筈の傷を見ると、どくどくと赤い液体が流れだし続けていた。二の腕から指先にかけてべっとりとした感触が付き纏う。ライルは息を整えながら嘲笑するキザイアを睨みつけた。
(頭を休めるな! 何か……何かあるはずだ!)
と、途轍もない破壊音にライルは気を取られた。遺構全体を揺らす振動に数歩ふらついた。横を見れば、人形が手負いの獣となって暴れているが、生憎今は助けに行ける余裕は彼には無かった。
「血が止まらなくて辛そうね。でも、すごくいいわ。跡形も無く壊したくなる程に」
「は、俺はまだ物足りないね。次はどんな出し物を見せてくれるんだ?」
「ふふ、それは私の台詞でしょう。私がここで本気を出しても面白くないもの。理解できる?」
「……」
「まさか、もう手詰まりかしら?」
投げかけられる言葉を意識を余所に周囲を見回していたライル。ふと、床に落とすキザイアの影の形が人型でないことに気が付いた。輪郭に沿って象られる通常の代わりに、たった一筋の影がへその緒のように伸びて部屋の隅の影に繋がっていた。
(試してみる価値は、ある!)
一縷の望みを賭けて、行動を起こす。
「っ、どうかなァッ!」
「……何処を撃っているのかしら」
唐突にライルが二丁に持ち替えた魔道銃の狙いは滅茶苦茶だった。明らかに的を外したと思えば、正確に飛んでくるものもある。だが、雑な上に威力も下級。牽制にすらならない。
「ふう」
理解が出来ない。自棄になったのか。キザイアは疑問を一瞬抱くが、どの道目の前の少年の不利な状況は揺らがない。羽虫を追い払うが如く、片手で魔弾を掻き消す。嘆息。やはり人間など、この程度でしかない。彼女の中で、ライルに対する興味はもう無くなっていた。
「――もういいわ。絶望する間もなく死になさい」
企みなどいざ知らず、冷たく言い放った言葉に従い、彼女の足元に魔方陣が展開する。
「“かつて大いなるものども座せり。ここかしこに。あるものは戒めの鎖で縛し、あるものは人々を抑え、あるものは戦慄を刻せり”」
描かれた術式の一つ一つが循環する魔力によって、紫に染まって鳴動する。どくどく、と何かの鼓動が早まる。しかし、ライルは――嬉々として嗤っていた。彼は何度目になるか分からない火球を放つ。やはりそれはキザイアに当らず、横に外れる。しつこい。そう彼女が眉をひそめた瞬間、たった一発の火球は背後で複数の爆発を巻き起こしていた。
「!?」
驚愕に詠唱が中断を余儀なくされる。そして、キザイアは瞬時に理解した。今当に自分に突っ込んでくる少年は、“繋がれた影が力を供給している”というからくりを暴いてみせたのだと。そして、源動力を失った“彼女”は反撃する術も無い。
「どうやら大当たりだったみたいだな!」
「……ふふ」
胸元に深く突き立てられる刃。血は流れない。だが、消滅を免れない“彼女”は止めを加えられたことで、体も衣服も霞み始める。表情は穏やかだった。ライルの頬に冷たい手が触れる。彼は少し驚きはしたものの、最早この女に敵意も力も残っていないと、邪険に跳ね除けはしなかった。
「今回は貴方の勝ちということにしておいてあげる、坊や」
「そうかよ」
また何処かで会いましょう。そう言っているような顔で魔女は跡形も無く消えた。
◆
「う、あ」
キザイアが消えた後、眩暈にライルはその場にしゃがみ込んだ。完全に忘れていたが左腕の出血は止まっていなかった。どれだけ血を流したのか分からない。戦闘中は興奮でぬめり程度しか気にならなかったが、緊張の糸が途切れると久しぶりに命の危機すら感じた。
「おいライル!」
「……あ?」
やや間があって、彼を呼ぶ声が響いた。騒々しい音はもう聞こえない。向こうも無事勝利を収めたのだとライルは安堵の息を漏らす。しかし、もう首を上げるのも億劫で、三人が駆け寄っていることだけを俯いたまま感じ取っていた。
「お前、随分派手にやったなあ」
「……るっせぇ」
上から降ってくる声に対して、なお反抗的な態度を崩さないライルだがいつもより語気は力無い。男の子だねえ、とふざけた口調でブライトは大袈裟に肩を竦めた。
「……あら大変!」
「ちょっと! 貴方血塗れじゃない!」
一人元気の無い彼を心配し、遠目に見ていたティアとエリスの二人も合流する。傷を見るなり、ティアは強引に彼の腕を取った。彼女には治癒術の心得もあったからだ。
「私が診るわ。ちょっと腕借りるわよ」
「いづっ」
「我慢して――傷はそんなに深くないわね。これは、呪い、かしら」
「なんとかなるのか?」
「ええ。この程度なら解呪できると思う。とりあえずやってみるわ」
左腕の傷には死をもたらさんとする念が蝕んでいた。こんなものを操るなんて――あの女は絶対に狂っている、とティアの顔は険しくなった。人は心の在り様で、容易く人を辞めることが出来る。そして、それが如何なる結果を生むのかは考える必要も無い。
頭を切り替え、ティアは祈りを力に変える。癒しを与え、彼の者を苦しみから守らん、と。傷口にかざした掌が仄かな光を帯びた。
「おお」
「……止まった」
不思議そうに治療痕を眺める男二人。治癒術の世話になった経験の少ない彼らにとって見慣れない神聖な光景だった。数秒の間、光に当てられていただけなのに、あれだけ流れ出していた血はあっけなく止まっている。
「病気になりかねないし、後は縛る布があればいいのだけれど。困ったわね」
「持ってないな……」
「仕方ない。私の服を使うわ」
「いや待て、大丈夫だ。俺が持ってる」
「そう。貸して」
「ん」
ティアが純白のドレスの端を千切ろうとした時、ライルはいつも有事に備えて持ち歩いている装備品の中に包帯があったことを思い出し、慌てて彼女を止めた。幸い、新しく補充したばかりで満足な処置が出来そうだった。
「腕出して。巻いてあげるから」
「あ、ああ」
包帯を渡した時には予想出来たことだが、戸惑いながらもライルは巻きやすいように左腕をぴんと伸ばした。若干痛むが致し方ない。
「……」
「……」
互いに沈黙する。気まずいというか、気恥ずかしい。触れているのに話しかけづらい。まさにそんな空気が漂っている。ライルは手当てをしてくれている彼女をひとまず見てみることにした。純白のドレスに美しく映える紅蓮。ここまで綺麗な赤毛は中々お目に架かれない。顔つきは凛として騎士のようだが、彼と年は近いのだろうか、よく見ればまだ垢抜けない可愛らしさも持っていた。
「何?」
視線が気になったのか、平静を装った様子でティアが聞く。特に何も考えていなかったライルは若干どもった。
「傷を治してくれて助かった。感謝してる」
「それはお互い様よ。お互いの事を知らなかったとはいえ、四人がかりでなければ、あれ以上の苦戦を強いられることになった。これも何かの巡り合わせね」
「そうだな。神様に感謝しないとな」
「貴方、無宗教でしょう? 嘘はいけないわ」
「……」
窘めるような口調にライルはばつの悪い顔をして、そっぽを向いた。すると今度は、まだ名前も知らない大人びた外見を持つ青髪の女と目が合う。上品な仕草でくすりと笑って片手を振る彼女だが、ライルには理由が全く分からない。それよりその横でずっとにやけているブライトの顔面に石でも投げつけたい気分になった。結局視線を足元に戻す。
「言ってみただけだよ。流石に今回ばかりはやばいと思ってさ……なあ、あんた何か知ってるんだろ?」
思えば、まだ大した成果を何一つ手にしていない。今日戦ったような奴らが暗躍していると思うと、ライルは居ても立っても居られなくなった。だが、質問に対してティアはむすっとした。
「ティアよ」
「あ?」
「だから、『あんた』じゃなくて『ティア』。私の名前。ほんとはリーティアっていうんだけど、短い方が良いからそう呼んでもらってる」
「ティア、ね。分かった。俺はライルだ。よろしく」
「ええ、よろしく。さて、応急処置も終わったわ。といっても、あくまで安静にしておくべきね。ちゃんと休めるところまで行きましょう。お互いに聞きたいことはあると思うけど、話はそこで」
ティアの言う休める場所とは、ここから歩いて行ける距離にある小さな集落のことを指していた。農業を営む住民が暮らす何の変哲も無い村。事前に見た周辺の地図でライルも知っていた。休みながらになるかもしれないが、問題無い距離だ。
「ああ。じゃあ早速移動しよう」
「立てる?」
「いや――」
大丈夫だ、と差し伸べられた手をライルは遠慮しようとしたが、途中で言いよどんだ。彼は基本的に他人との交流自体が苦手だった。それも初見の相手。助けを借りることなど言わずもがな。しかし、今回ばかりはそうも言ってられず、迷った末に彼はティアの手を握って立ち上がる。
「っ」
立ったことで再び眩暈が彼を襲い、視界がぐらりと揺れた。咄嗟に肩を抱かれる。
「ちょっと、本当に大丈夫?」
「歩くぐらいならいけるから体はあまり気にするな。それより腹が減って死にそうだ」
「はあ……まったく。危なっかしくて見てられないわよ。ほら、肩貸してあげる」
「ん」
ライルは呆れ顔のティアへと半強制的に寄りかからせられる。身長はさほど変わらないので、思ったよりも楽な姿勢。こんなことになったのはいつ振りだろうか。彼は自分への情けなさが込み上げてくる反面、どこか胸に温かいものを感じていたのであった。




