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YSTE  作者: 藤村千子
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第四話「冷徹なる守護者」

――首都(ティオール)北方の山中 ルカルア遺構


 その日の目的地周辺は猛烈な風雨に見舞われていた。視界は生い茂った木々と暗がりでとても良好とは言えない。地表に溜まった雨水で足元はぬかるみ、依然と降り注ぐ水滴が泥を弾いていた。そんな中、雨音に紛れるようにして、行軍を続ける二つの影。刹那、辺りを照らす雷光が顔を覆うフードの中を明らかにした。金と黒の髪をした男の二人組である。


 彼らがこの地に赴いた目的はただ一つ。観光などと暢気なものではなく、敵勢力の調査とその排除に他ならない。二人は寄り添わず、敢えて互いに距離を取って、歩哨の存在の有無を確認しながらただの一言も発せず進んでいた。開けた場所を避け、草木を掻い潜っていく。彼らにとって、悪天候は寧ろ好条件であった。


「――」


 止まれ、とやや先行していたライルは斜め後ろに身を潜めている相棒に手振りで指示する。数秒経つと、今度は集合の合図を出した。彼らの目の前にはランタンを手にゆっくりと歩く男が二人。足元を気にしながら、何やら話をしている。こちらには全く気付いている様子はない。入り口まで案内してもらうために、ライルとブライトは光源の後をつけることにした。


 いつでも殺すことが出来、探知されない微妙な距離。狙われていることもいざ知らず、歩哨の二人は世間話を続ける。


「しっかし、ひっでえ雨だな。明日もこんな雨なんて勘弁してほしいぜ」


「ああ全くだ。わざわざ大雨の中、こっから移動しなきゃならんなんて」


「でもまあ雇い主さんのご命令とあれば仕方ねえわな」


「頭金だけであんだけ羽振りのいい奴なんだ。せいぜい期待するとしようや」


「くくっ、そうだな」


 やはりこの近くには彼らと同じく金で雇われた人間が集まっている。二人の中で疑いが確信に変わった。それも、国に混乱を巻き起こすことに何とも思わないような下卑た連中ばかりだ。しかし、ブライトが渋い顔をする傍ら、ライルは彼らの在り方に嫌悪感を覚えることはなかった。今回に限っては少々愛国心が混じっているが、自分達も金で動いている人形にすぎないからだ。


 話に夢中で警戒している素振りすら見せない歩哨をしばらく尾行していると、ライル達は大きな影が目前に迫っていることに気が付いた。歩哨の持つランタンの他に、明かりが燈っていることも確認する。


「(これがルカルア遺構か)」


「(ああ。なんともその手の人間が好みそうな風情があるな)」


 長方形に切り出された石で造られた外壁には苔やら蔦が這いまわり、知的好奇心をくすぐるような佇まい。四角錐状の巨石建造物がそこにそびえ立っていた。よく辺りを見回してみると、巨石建造物を中心に四方に一本ずつ尖塔もある。どれもかなりの築年数が経っている筈なのだが、酷く欠損した個所は見当たらない。


「(しかし、そろそろ始末しないとまずい。ブライト、右をやってくれ)」


「(おう。じゃ、いくぜ……三……ニ……一!)」


 向こう側の灯りの近くにいる見張りに帰ってきたことを悟られる前に、二人は隠密を解き、獣のような俊敏さで背後に襲いかかった。


「何だ――おまっ――!?」


「――ぐっ!?」


 頭を片腕で抱え込んで力ずくで顎を引かせる。この時点で抵抗を始めようとしても何の意味も無い。顎を引いたことで、喉の肉が弛み、大量の血液が通る大動脈が表出する。後は、ナイフの刃を軽く滑らせるように裂くだけだ。力は要らない。瞬く間に血が噴出し、体を小刻みに痙攣させながら歩哨の二人は息を引き取った。


 足元に転がる死体を横目にライルはナイフの血を払うと、いよいよ内部への侵入を試みるためにまだいるであろう見張りを警戒しつつ外壁に近づいていく。正面以外の入り口を探すために外壁をぐるりと一周してみたが無駄に終わり、高さのある壁によじ登る術も無かったので正面突破せざるを得なかった。


 中距離の間合いを持つ双銃の使い手であるライルが先行する。このような天候だと火力は落ちるが牽制できる分、剣しか持たないブライトよりましと判断した結果である。ライルは門柱から顔だけ半分出し、安全を確認するたびに壁に張り付いて移動した。


 目指すは灯りの見えた巨石建造物。近くなると大きさはかなりのものだった。暗くて頂上までは視認できないが建物に換算すれば、五階相当の高さはあるだろう。富裕層の豪邸など目ではない。


「ここは、一体何のために造られたんだろうな」


「そうだなあ……神殿って感じもするが、墓かもしれない。昔の支配者はとにかく城と墓をでかくする事で権力を示したらしい」


「こんな大袈裟なのが自分の墓だなんて、昔の王様は随分冗談が好きみたいだな」


「俺様もお断りだね――お、どうやらあそこが入り口みたいだぜ」


「……いや、待て。人が倒れているぞ」


 暗闇に身を潜めながらブライトの視線の先には先程見えていた灯りがあった。巨石建造物の一番下の段に一ヶ所だけ更に内部へ通じる穴が開いている。そして、本来ならばここでまた見張りをどうするか作戦を練らねばならない筈だった。しかし、幸か不幸か、その必要は無くなっている。慌てて近寄って息を確かめるも、もう手遅れであった。


「少し前だが死んでる。一体何が……」


 ライルは三つの内、一つの死体に残った傷が目に留まった。正面から穿たれてはいるが、背中の傷穴は比べると小さい。触れてみるとまだ体温はさほど失われてはいなかった。それと、見張りが少なすぎるというのも気になっていた。どうやら認識を改める必要があるらしい。


「仲間割れか、俺達の他にもここに招かれざるお客さんが来ているのかもしれない。とにかく、先に進んで確かめるぞ」


「ああ」


 濡れて重くなった雨避け用の外套を脱ぎ捨て、二人は妙な風が吹き出している内部へ走っていった。



 騒々しい雨音が嘘のように聞こえない内部に入ってみると、そこは延々と下に続く階段が待ち構えていた。薄気味悪い空気は更に濃度を増す中、足音も気にせず、二人は最奥を目指す。朽ちた燭台には小さな炎が揺らめいていた。


(やはり何か予想外の事態があったみたいだな……)


 時折、通路に倒れている傭兵の死体の横をライル達は走り抜ける。無抵抗のままか、それとも成す術も無く殺されたのか。全員一撃の下に屠られていた。中には戦闘用に訓練され、武装した犬の死体も見受けられた。だが、外で感じた時と同様、その数は予想より少ない。


 胸中で違和感が大きくなるのは感じるが、進む以外に選択肢は無い。道中が単純な一本道でまだ考え事をする余裕があったのは幸いだった。と、反響する足音の他に、轟音が混じって聞こえたことにより、二人は足を止める。遺構の崩落を案じたが揺れている様子はない。隙間無く積まれた石造りの壁は堅牢そのものである。


「何だ――?」


 ブライトが疑問を口にしかけて、更にもう一度同じ音が聞こえた。


「奥から聞こえてる」


「誰かがやりあってるんだろ。こうしちゃいられねえ。俺達も早く騒ぎに混ぜてもらうとするか」


「はっ、年なんだから、そう張り切らなくてもいいんだぜ?」


「馬鹿野郎、俺様は現役バリバリだ!」


 年の事を馬鹿にされて少々腹を立てたブライトがあまり見せない速さで走り出した。その後ろを離されないようライルはこっそり笑いながらもしっかりと着いて行く。長かった階段が終わり、今度は真っ直ぐな通路に出ると、音は段々明確に耳に届くようになっていった。


 遺構の最深部。次に彼らが辿り着いた場所は完全な行き止まり。狭い通路とは一変し、地上に達する程の高さで造られた天井を持つ大部屋。そして、一つしかない入り口の前にはとても人力で開けることが不可能にしか思えない巨大な石の扉が鎮座していた。扉に大きく描かれている禍々しい瞳は来訪者を見定めるかのように、爛々と生気を帯びて、今にも動き出しそうである。


 だが、二人は扉より先に注意を引きつけられたのは繰り広げられる死闘だ。ライル達の反対側に立つ一人の女が安全な場所で手を下すことなく見物を楽しんでいた。女の代わりに立ちはだかっているのは一領の騎士甲冑。青銅色のそれは人の体を守るために造られたものではなかった。


 大人二人分の高さに及ぶ巨大な金属の塊。両手に握った大剣を小枝の如く振り回す。兜の隙間から覗く光は一つしかない。使役した者の命令を遂行するだけの人形。疲労とは無縁の存在である人形は対象が完全に沈黙するまで行動を止めない。


 そして、そんな化け物相手に敵意を向けるのはまたしても女。しかし、こちらは二人組である。一人は透き通った空を映した長い青髪。先端に刃の付いた長柄武器を手にし、胸と四肢を防具で部分的に守っている。もう一人は髪も瞳も真紅に燃え盛っていた。


 対照的なのは容姿だけではない。大胆な白いドレスのようなものを着ているだけで、赤い女の体には防具らしきものが何一つ見当たらないのだ。魔術のみならず、火薬を用いた兵器が台頭することによって、重さで動きを制約される重装備の甲冑は確かに廃れていった。とはいっても、ライル達ですら致命傷を避けるために胸に防具を仕込んでいるぐらいで、軽視できるものでもない。


(しかし、割り込むにしてもどっちに加勢するのが正解か……)


 回避に徹する二人が劣勢なのは明らかだった。しかし無理も無い。周囲には石畳を割った痕跡が幾つも残されている。あんなものを受け止めようとすれば、鍔迫り合いの前に得物もろとも両断される結果が見えている。彼女達はどうやら反撃の機会を窺っているようだが、人形相手に消耗戦に持ち込まれるのは得策ではなかった。


 全てを叩き潰す一撃必殺の斬撃。人形の動きは決して速くない。だが、太刀筋を躱したとしても、地面から高速で角礫が飛来してくる。


「くっ――!」


(考えている場合じゃない、か)


 幾度の猛攻を凌いできたであろう彼女達だが、遂にその身を捉えられる。大剣との距離を取りきれず、赤い女が礫の雨の直撃を食らった。腕を交差させたことで、傷は大事には至らない。しかし――


「危ない!」


「――燃え盛る魂の叫び、その身に刻め」


「おまっ!?」


 その一瞬は全てを終わらせるための王手であった。青い女が危機を叫ぶも、赤い女は唇を噛み締める。硬直した彼女を見逃さず、人形は圧倒的な攻撃範囲を誇る大剣を薙ぐだろう。後退して逃れることは最早間に合うまい。上方に跳んだとしても、次の一刀が待っている。格好の的だ。


 傍ら、ブライトが動き出すも早く、その状況を覆さんとライルは詠う。状況がよく分からない以上、強引にでも彼女達に混ぜてもらうことを選んだ。対を成す魔道銃をホルスターから抜き放ち、標準を振りかぶられた大剣――否、兜から覗く光に定める。


(挨拶代わりにデカいのくれてやるよ――!)


 意志は力となり、体を駆け巡る。左右の銃口に集束する魔力は炎として顕現し、掌一杯の大きさはある火球となる。自身が一つの輪になったような感覚。これ程の威力で魔術を行使することをライルは久しく思った。だが、問題ない。いける。


報復の熱傷(フラガラック)!」


 刹那、その呼び声に応答するかのように、爆炎が唸りを上げて射出された。


あとがき

巨石建造物はピラミッドを想像していただければ……うーん。


登場人物の台詞の括弧の使い分けは以下のようにしています

「」:通常

「()」:ひそひそ声

():心の声

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