第三話「立ち込める暗雲」
「さて、落ち着いて話が出来る場所まで来たわけだし、洗いざらい秘密を吐いてもらうぜ」
「……」
「おい、おっさん。ここにきてだんまりなんて、勘弁してくれよな」
爆発が起こった場所から首都へ向かう山道の途中、ライル達三人は見知らぬ誰かの山小屋に立ち寄っていた。使用される頻度が少ないせいか、中は少し埃っぽい。気絶から目覚めた時には両手をきつく縄で拘束されていた男は深く溜息を吐いた。どう足掻いても追われる身となった今、この状況を受け入れるしかない、と悲壮感を漂わせる。
「分かってる。話すよ……俺達は荷物を運ぶために首都へ向かっていた。真っ直ぐ行った方が断然近いのに、港からやや南よりにわざわざ迂回してだ。気取られたくなかったんだろう」
男が今言った港とは、アレイスト国内で唯一、西のレムリア海に面するマリアンナという名の都市を指していた。他国との海運貿易と漁業で有名であり、首都に引けを取らない発達振りを見せている。
「秘密裏に動くつもりだったなら何で検問所の兵士を殺したりしたんだ。逆に目立つってことぐらい分からないわけじゃないだろう」
「あれは俺らにも予想外だった。連れの内の一人が突然暴れ出して、殺しやがったんだ。おかげで俺らも被害をこうむる破目になった……くそっ」
「はんっ、大方危ない薬でもやってたってとこか。らしいぜ」
「まあそれはいい。そもそも誰に頼まれたことなんだ?」
「分からない」
「はあ?」
「これは本当の事だ。何に使うかなんてことも教えちゃくれなかった」
元々全てが明らかになることを微塵も期待してはいなかった二人だが、悪い方の予想が当たったところで落胆するのは同じだった。
「ただ」
「ん、ただ?」
「俺達は使いっ走りってことを一緒にいた奴から聞いたんだ。それで他に動いてる方が本命だって」
「まじかよ」
これが本当ならいよいよ怪しい。誰が武器を持った人間を動かしているのか。本命とやらが、この男のように金次第で何でもする傭兵の集まりであるのなら、物騒な事になるのは容易に想像がつく。今のアレイスト王国でそんな事が起こりうるとしたら。
――反乱。
咄嗟にその言葉がブライトの脳裏を過った。思い至ったライルも自然と顔が険しくなる。
「穏やかじゃないねえ。そいつらの居場所は?」
「やろうってのか……場所は首都から北西のルアルカ遺跡だ。だが、悪いことぁ言わねえ。いくらあんた達の腕が立つからって、これ以上この件に首を突っ込むのは止めときな。聞いた話だと相手は小隊規模、いやそれ以上って噂だ」
小隊とはおよそ五十の兵で構成された組織だ。恐らく傭兵の殆どが北出身だろう、とライルは予測していた。アレイスト王国北部、というより国境沿いに連なる山脈の一帯は国内屈指の危険地域である。
その最たる理由は周辺に生息する人外が一際凶暴であり、それを狩る荒くれ者が集うからだ。個々の実力は王国直属の騎士団等と比較しても全体的に高く、ブライト達ですら油断ならない者が潜んでいる可能性も充分にある。日々死地に生を見出す彼らは戦いの練度が高い。
しかし、そのような武力集団が裏で蠢いていると知ったにも拘らず、ライルは一笑に付した。まるで当たり前の事を聞かれ、小馬鹿するかのように。
「はっ、ますます無視できないね。それにこちとら伊達や酔狂で賞金稼ぎの名前背負ってないんだよ」
「……兄ちゃん、アンタ、根っからの愛国者って目でもねえ……生き急いでいるのか?」
ライルを不思議そうに男は眺めた。色の深い赤の瞳には血に染まった殺戮衝動ではなく、別の強い意志が沈んでいる。街の路地に水晶を抱えて佇む怪しい気な占い師でもないのに、何故か男はそんなことを思ってしまっていた。しかし、そんな心中もいざ知らず、ライルは適当に肩を竦めて「まさか」と答えるだけだった。
◆
それから程無くして。一行は首都にまで帰ってきた。詰めている門番が訝しげに話しかけてきたが、手短に身の潔白を示すと意外とあっさり引き下がってくれた。これも彼らの日頃の功績の賜物だろう。見上げる高さを誇る石造りの城門を潜り抜ける。
国の中心地だけあって、ここの守りは堅い。それを象徴するのが王室の擁する騎士団と首都全域を囲い込む城壁である。門は東西南北に一つずつ設けられ、有事の際に攻めにも守りにも重要な役割を果たす。
そして、どの門から入って来ても、まず目に付くのが王族の住まうヴェルデ城だ。白い外壁に青い煉瓦の屋根という優雅な佇まいは市民だけでなく、他方から訪れる人をも魅了している。一度でいいから中に入ってみたいと思う者は少なからずいるが、特別な用事でもない限り門に近寄ることすら出来ない。
丁寧に舗装された石畳の大通りでは多くの人々が行き交い、道の両端には木造の建物が寄り添うようにして幾つも並んでいる。飲食店や武器を扱う店もあるため、大体の用事であれば、大通りで済ませることが出来る。
勿論それだけでなく、大通りから外れて路地を進んで行けば、そこは広大な建物の迷路だ。後々から作られた建物が多いためか、奥に進むにしたがって細く、複雑になっている。住んでいる人間でも迷うことがあるぐらいで、大半が居住区であるために観光客が迷い込むことはあまりない。隠れた名店とやらがあるらしいが、数年暮らしているライルでも未だに全てを把握し切れてはいない。逆にブライトは大方知っているが。
今一度、ライルは自分達の姿を見る。依頼がほぼ完了したわけだが、お世辞にも今の一行は土埃を被って綺麗とは言い難かたい。彼自身に至っては、返り血で外套が赤黒く染まっている。こんな状態でシルヴィオの元へ報告に出向くのは流石に如何なものかと思い、借りた馬を返してから、二人が普段根城にしている家で水を浴びるよう、彼はブライトに提案した。返答は即断で承認。
彼らの住居は大通りから少しだけ離れた場所にある。ごく一般的な二階建てだ。必要最低限というわけでもなく、それなりの快適さを提供する広さとなっている。ただ、一階の日当たりはよくないため、物置と客間の用途が主で、二人とも私室は二階を使用していた。
手早く用事を済ませ、楽な格好に二人は着替える。その間、捕虜の男は客間の長椅子に寛がせておいた。当然のことながら、一人ずつが交代で見張り目を離さないようにし、予め武器となりそうな物は全て取り上げている。
「これから行くわけだが……ライル、お前は残れ。俺はこいつの処遇も含めて色々聞いてくる」
ブライトは言った。手には依頼主であるシルヴィオの住所が書かれた紙を持っている。酒場で貰ったものだ。
「……わかった」
ライルは捕虜の男の向かい側の長椅子に肩肘をついて寝転がっている。興味無さ気にひらひらと手を振ってブライトを送り出した。
◆
「何度見ても良い所に住んでやがる」
二人を残して家を後にしたブライトは、まず四つ折りになった紙を広げて目的地を再確認した。記されている住所は富裕層の屋敷が集まっている区域である。そこに居を構えているということはシルヴィオも力のある身分だということだ。しかし、然程彼を羨ましいとブライトは思わなかった。何故なら、周辺は屋敷ばかりで面白みがないからである。
内面下らない事を考えていた彼だが、一張羅のスーツを着込み、身嗜みは至って真剣である。目的地までは歩いて行ける距離なので、近道を利用しつつ進んで行く、が。
「あらぁ、ブライト。お仕事中?」
「ああ、これからちょっと大切なお話がな」
「頑張ってね。応援してるわ」
このように道行く先で女性の店員に声を掛けられて話をしていたせいで、短縮した時間は見事に相殺していた。数えること六回。だが、結果的に足しになっているので彼の中では全く問題ない。寧ろ、より多くの見知った女性と出会うために寄り道を脳内で組み立てているぐらいだ。
喧噪と静寂を行ったり来たりと縫うように歩を進める。そして、大通りほどではないが、幅の広い道にまで出るとブライトは一旦足を止めた。
「思いの外早く着いたな」
目的地周辺の富裕層が暮らす区域である。これまでの賑やかな雰囲気とは一変して、辺りは静かで落ち着いている。まだ昼間であるが、歩いている人の数は少ない。ここまで来れば、後は簡単だった。ブライトは紙に記された住所を頼りに探す。
それから、しばらく。ブライトそれらしき屋敷を発見した。鉄製の門は内側に開けられたままで、玄関扉の両脇には手入れの行き届いた庭があった。花壇には小さく可愛らしい色とりどりの花が咲き乱れている。彼は最初に庭を見回してみたが誰も見つからなかった。仕方ないので扉まで歩み寄り、取り付けられている丸いノッカーを二回叩く。
「はい」
やや間があって、声と同時に扉が開いた。見知らぬ初老の男性だった。燕尾服にクロスタイ、と意図的に外した格好していることから執事が何かであることが分かる。老人はブライトを見るとにっこりと笑った。
「これはこれは。ブライト・レイランド様でいらっしゃいますね?」
「……ああ、そうだ」
初対面の筈だが、縁の無さそうな人物にまで名前を知られていることにブライトはやや驚いた。が、シルヴィオに教えられたと考えれば不思議なことではない。老人の片眼鏡から覗く瞳は聡明な光を放っている。
「お待ちしておりました。私、ここで長年執事として主人の身の回りのお世話をしております、クロードと申します」
クロードと名乗った老人はゆっくりとお辞儀をする。ただ一礼しただけであるのに、気品が滲み出ていた。良い家柄に生まれたのだろう。相手を不快に思わせない余裕もあった。
「俺が来たのはシルヴィオさんに会うためなんだが、今大丈夫か? 依頼の件と言えば分かるはずだ」
「はい。存じております。ご主人でしたら今日出かける予定はないので問題ありませんよ。どうぞお入りください、私がご案内いたします」
言われるままにブライトはクロードに続いて、屋敷の中へ入った。
「へえ……」
外観に劣らず、内部も様式美の高い作りとなっていた。鮮やかな赤色の絨毯が敷かれ、奥に向かったその先には二階に上がる階段が左右の二手に分かれている。屋根まで吹き抜けとなっている天井からはシャンデリアが釣り下がっていた。
広間ではエプロンドレスを着た給仕の女性が二人で作業をしていた。来客の存在に気付くと、きっちりと決められた角度でお辞儀をする。その横を通り過ぎ、ブライトは並んで歩くクロードに誘導され、階段を上った。それから廊下の一番奥の扉の前まで来ると、軽くノックをする。
「シルヴィオ様。レイランド様がお見えになりました」
「入りたまえ」
やや遅れての返答。
「失礼します」
「どうも」
通されたのは静謐な書斎。背の高い本棚は分厚い背表紙で埋め尽くされ、並んでいる題名をざっと眺めたところ、多くが土地に関する資料を纏めたもののようであった。商人らしい顔ぶれである。シルヴィオは窓際に置かれた横長い書斎机に両肘をついて待っていた。
「こんにちは。依頼の件で報告に参りました。それと貴方にお聞きしたいことが幾つか」
「待っていたよ。とりあえず、そこに掛けてくれたまえ」
「はい。では」
歩み寄る来客に対してシルヴィオは立ち上がり、机の前に置かれている皮張りのソファに座るよう言った。ブライトはそれに従って対面するようにして座る。何か用事でもあるのか、クロードは一礼した後、静かに部屋を出て行った。
「良い屋敷ですね。とても住み心地が良さそうだ」
「ありがとう。ボクも気に入っている。この屋敷は父から譲り受けたものでね。商人として成功したのも、父の代からなんだ。そして、父はきっかけを作ってくれたヨハン国王に感謝している」
「なるほど。間接的ながら恩人というわけですね」
「ああ。まだまだボクは父ほど優秀な人間ではない。けれど、こうしてここに座っていられるのは、父と国王のお陰なんだ。感謝してもしきれないよ。でも父はもうこの世にいない。だからボクはボクなりに、国のために奔走しているつもりだ」
先代国王の政策により、以前より地方からの物資の流通がより円滑になった。地産地消に止まっていた地域からも交流が行われるようになり、経済の安定化が進んだ。物が動けば金も動く。特にその恩恵を受けたのが、シルヴィオの父親のように多くの地方に伝手のある人間だったのだ。彼らは率先して流通経路を形成し、自らも富を築き上げた。
「時に、貴方はこの国の事をどう思う? 好いているかい?」
「それは勿論。賞金稼ぎにも愛国心というものはあります。ただ、未来を見据えるに差し当って、我々には解決すべき問題があります」
「問題、か。では、世間話もこれくらいにして本題に入ろう」
「分かりました。まずお受けした依頼の件から。我々が接触した運び屋の荷物――それは荷台一杯に積まれた爆薬でした」
「爆薬……」
シルヴィオには思い当たる事があった。しかし、顎に手をやって考えるが、どうにも奥で引っ掛かって頭に浮かんでこない。ただの思い違いなのかもしれない、と一度隅に置いておく。
「それはどうしたのだね?」
「確保しようとしたのですが相手は有事の事まで考えていたらしく、派手に山道で消し飛びましたよ。危うく巻き込まれるところでした」
「そうか。無事なら何よりだ」
「あれは久しぶりに冷や汗ものでしたね。ですが、問題はここからです。捕らえた一人に聞いた話だと、爆薬はここに運ばれてくる手筈らしかったのですが、それは本命ではないと。どうやら北西の遺跡に勢力が集結しているようです」
「……ルアルカ遺構か。それに、事態は思っている以上に深刻なのかもしれない」
「ええ。早急に対策案を考えるべきでしょう。後、捕虜の男はどうします? 今はライルと家に待機させてあります。特に何も無ければ、我々が近くの牢屋に放り込んでおきますが」
「いや……王国親衛隊に我々の関与がばれる可能性がある。ボクが後日、そちらに使いを送ろう。目の届かない地方まで飛ばす」
押し殺すように慎重な声でシルヴィオが言った。
王国親衛隊とは、アレイスト王国の擁する軍隊で首都の警備、時には少数で地方の巡回を行っている武装組織のことである。現在、総員数は約二万人で、エリファス・バークレイという齢三十五歳の男が頂点に君臨している。
「彼らの目を忍ぶということは、親衛隊が怪しいと睨んでいるのですか? 忠誠を名誉とするような集まりを」
ブライトは敢えて自分に対する信頼を問うことはしなかった。騎士道を志す親衛隊とは逆に、賞金稼ぎは金が念頭にくる人間が多い。受ける依頼にもよるが、大体が危険を冒す故の考えに基づいている。所詮金で動く身には変わりない。誰かに買収されてしまえば信頼を切り捨て、裏切りが発生することは十分に考えられる。
しかし、ある程度の信頼を寄せられているとブライトはシルヴィオの目を見て、そう感じた。だから、質問をするのは彼に対する侮辱だった。そして彼もまた、危険に踏み込もうとしている。国を守りたいという思いと父から継いだこの立場を守れるのかという危惧。二つの感情に板挟みとなって、シルヴィオの表情は険しかった。
「ボクはそう推測している。憶測でものを言うことは良くないと分かっているのだけれどね。そのためにこちらでも調査は続ける。ただ、彼らの中に軍備拡大の声を上げた者は少なくないはずだ」
「分かりました。明日にでもライルとルアルカ遺構へ向かいます」
「今回も二人で、かい? よければ私の方でも優秀な人物を同行させることが出来るが」
しばし、ブライトは悩む素振りをした。
「……いえ、それには及びません。その方はいざという時、いつでも貴方を守れる位置に着かせておくのが適切です」
「そうか。なら、そうさせてもらおうかな」
「せっかくの提案ですがすいません。必ずしも、人数が多ければ良いというわけではありませんので」
「いや、気にすることは無い。現場をよく知る君達なら問題ないだろう。頼んだよ。今回の分の報酬金はクロードに持たせてある。受け取り忘れないように帰りたまえ」
話が纏まったところで、二人は立ち上がり、力強く握手を交わす。
「はい。貴方もお気を付けて」
そう言って、ブライトは書斎を後にした。
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