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YSTE  作者: 藤村千子
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第二話「危険な荷物」

「見えるか?」


「……馬車が一台。それと護衛で馬に乗ってる奴が二人。こっちに向かって来てる」


 シルヴィオという男から高額の依頼を受けた翌日の早朝。二人は首都から馬で南に数キロ離れた山道にやって来ていた。切り開かれ、歩きやすくなっている道を小高い斜面の上で草木に紛れて地に伏している。空はまだ薄暗く、身を隠すのに申し分ない環境だ。森の中は閑寂としており、葉のさざめき程度しか聞こえない。


 片目で携帯型の望遠鏡を覗いているのは金髪の青年ライル。襟に毛皮の付いたマントに黒の編み上げブーツを身に着けている。両大腿部には番を為す短剣が一本ずつ皮のベルトで装備し、腰にもまた二丁の拳銃がホルスターに収められていた。双剣銃士。それが彼の戦闘スタイルだ。


「なんだ、意外と楽勝そうじゃねえか」


「正直拍子抜けだな。さっさと終わらせて、さっさと帰ろうぜ」


「確認しておくが全員は殺すなよ。一人だけは残して、情報を引きだすこと。いいな」


「分かってるよ」


 シルヴィオから詳しく聞いた話によると、数日前、南から首都に向かう途中にある検問所で武装した不審な集団が通りかかった。その場に居た民兵が身元の確認を行おうとしたところ、重傷した一人を除いて全員殺されたという。なんとも物騒な話である。そんな危険な集団を相手にする以上、彼らも最小限に無力化する必要があるのだ。


「しっかし、一体何を運んでるのやら」


「人身売買とか?」


「にしては大袈裟だろう。もっとヤバいものが積んであるに違いねえ」


「まあ、それもこれも。今から確かめれば全部分かる」


「そりゃそうだ」


 集団が近づいてくる。お喋りはここまでだ、と互いに口を噤んだ。心地よい緊張に心臓が高鳴る。二人は目標が自分達の目の前を通過するまでの距離を頭で計算し、数を数え始めた。充分に引きつける。隠密に体勢を屈んだ状態にし、いつでも突撃可能にする。ライルは後ろに手を回し、右手に銃を取った。集団のやや目の前に狙いを付け――


「今だ、いけ」


 囁くようなブライトの合図とともにライルは発砲した。しかし、白銀の銃身から放たれたのは流線型の鉛玉ではなかった。手に乗る大きさしかない小さな火球。風を裂く音が遅れて地面に着弾すると、大きな爆音が辺りに響く。


 魔導銃。それは実弾を用いる型とは一線を画した魔力を利用した兵器。基本的な形状は同じだが、引き金は無く、箱形の弾倉は弾の代わりに魔力を豊富に含有する鉱石アダマントを加工したものが使用されている。


 主な利点としては、魔法に割く集中力の分散を軽減することと弾の装填回数が少ないことが挙げられる。しかし、量産性が高くないために高額であり、そもそも魔法が得意な者でなければ実弾を撃った方が良いので現場で使用される数は決して多くない。


 そもそも魔法とは何か。それは意志によって引き起こされる奇跡。使用するにあたって重要となるのは術者の想像力で、いわば才能だ。そして、より明確な意思の形成を補助するものとして詠唱と魔方陣が存在する。が、低級の魔法に限っては培った練度により不要となる。そうしてライルは容易に繰り出したのだ。


「なっ、敵襲!? うわっ!」


 軽装備で馬車の護衛をしていた男は面食らい、慌ててその場から離れようとする。しかし、乗っていた馬も驚いており、手綱が取れない。


「こいつはおまけだぜ!」


 そう言ってブライトは瓶のようなものを集団の前に投げおろした。刹那、眩い閃光が彼らの視界を潰す。護衛の二人は馬から転げ落ちた。既にライルは腕で目を覆いつつ斜面を駆け下りており、ブライトも剣を抜いてそれに続く。



「こ、このぉッ!」


 殆ど見えていない片目を開きながら、馬から転げ落ちた男はライルを迎え撃たんと構える。幸い、向かってくる敵の方向だけは分かっていたので渾身の力を込めて横に剣を薙いだ。


「――カッ」


 一か八か。その想い儚く、男の刃は空を切った。殺される――死を直感した瞬間、逆手に持たれた短剣が彼の頸動脈を掻っ切っていた。乾いた断末魔と共に派手な血飛沫が上がり、一人が崩れ落ちる。


「おおおおぉぉぉっ!」


 更に一人、と狙いを付ける前に視界が早く回復したのか、剣を振りかざす男が迫っていた。ライルは双剣を順手に持ち直し、交差することで剣筋を受け止める。とはいえ、勢いの乗った振り下ろしだ。立場的に不利な状況にいるライルはじりじりと押される。


「――ふっ!」


 突然ライルは後退し、鍔迫り合いを解いた。左手の剣をその場に投げ捨て、ベルトの銃を取ろうとする。


「やらせるかよ!」


 男は下がった腕を素早く引いた後、顔を狙って刺突を繰り出した。魔力を練っている隙も与えずに仕留める。そのつもりだった。男が目の前の現実を理解するまでは。


「なっ、嘘だろ――!?」


 腕に衝撃が伝わる。剣先は確かにライルの顔を一直線に目指していた。だが、ライルの抜いた一丁の銃で刀身を横殴りにされ、刺突は僅かに耳を掠めていったのだ。馬鹿げている、男は彼の理解しがたい行動に恐怖すら覚えた。最悪、自分は銃撃を受けるが、相手も顔に一撃を貰うことになる。そう考えていたからだ。


 そして、視界の端で倒れる仲間のように、彼もまた声にならない声を上げて地に倒れ込んだ。


「さて」



「おい、こいつで死にたくなかったら今すぐ武器を捨てろ!」


「あれまぁ。中にもいたのか」


 襲撃を受けたことで馬車の中から新たに一人が飛び出してくるのを見て、ブライトは大して驚いた様子も無く言った。そのままライルに加勢するつもりだったが、そちらに向き直る。相手は既に銃を構えており、続けてブライトに言った。


「もう一度だけ言う。これは警告だ。今すぐ武装を解除しろ」


「ははっ。おいおい、俺達は襲った側なんだぜ? 何で降参しなきゃならん」


 陽気に笑うブライトが踏み出した足の数だけ、じりじりと男は後退して距離を取る。相当腕に自信があるのか、それともただの考えなしか。


「ぐっ、あと一歩でも近づいたら撃つ……!」


「おお、いいぜ。でもなあ、(そいつ)じゃ俺は殺せねえ」


「けっ、じゃあ、確かめてやるよ――!!」


 殺気。瞬時に察知したブライトは外套を翻し、男に急接近する。迅い。まるでそれはまるで猛威を振るう一陣の疾風。すかさず剣を横に薙ぎ、銃身を捉えられた男の得物は発砲すらすることなく、男の手から弾き飛ばされる。一瞬の出来事であった。


「な、だから言ったろ?」


「ひぃっ!」


 何が何だか理解の追いつかない男は首筋に当てられた刃の冷たさに、反射的ともいえる速度で両手を高々と上げる。ブライトはそれを降伏の意と受け取ると剣を下ろした。


「あ、あんたの腕は分かった。降参する。何が知りたい。知ってることは何でも吐くさ」


「おーけー。賢明な態度を俺は笑わないぜ? とりあえずティオールまで来てもらう」


「ブライト、こっちは片付いたぞ」


「おお、こっちもだ。こいつを連れて後は戻るだけさ」


 馬車の影からライルは短剣に付着した三人分の血を払いながら、二人に合流する。と、彼の姿を見るなり、捕虜の男の顔から血の気が失せ、病人のようになった。


「お、おい。もしかして、馬車の前側に乗ってた奴も殺したのか……?」


「あ? 見ての通りそうだが」


「――っ! い、今すぐここから離れてくれ! 頼む!」


「どうしたんだよ、おっさん。血相変えて」


「爆弾だ! 運んでる間に御者が死んだら自動的に爆発するようになってるんだよ!!」


『はあああああああ!?』


 それを聞いてライルは馬車の荷台へと飛んでいく。乱暴に垂れ下がっている(ほろ)を押しのけ、中へ踏み入った。左右には木箱が積まれ、空いている箱の一つの中には球形をした爆弾を確認した。他の箱にも、全部似たようなものが入っているのだろう。それより彼の目を引いたのは足元の板に輝く魔方陣だった。


「くそったれ!」


 火系統の魔法を扱うライルはそれが何なのか理解するのに時間は要らなかった。というより、本当に時間を掛けている場合ではなくなったからだ。


「爆発する! 斜面の上まで行くぞ!」


「マジかよ。おい、あんたも来るんだ!」


「は、はひぃ!」


 左右は斜面に挟まれ、身を隠せるような場所は無い。だが、その斜面の上なら幾分かましだろう。脱兎の如く駆ける。死に物狂いで登りきると、ブライトは丁度三人は入れそうなくらいの浅い窪みを発見すると大声で指差した。


「よし、あそこに飛び込むんだ!」


「おっさん、一番乗り譲ってやるよォッ!」


「げふうっ!?」


 親切とも思えない口振りのライルに思い切りブーツで尻を蹴飛ばされ、捕虜の男は海老反りのまま窪みに転げ落ちた。その上に二人は先客がいることにも拘らず、容赦なく飛び込んだ。直後、後ろで凄まじい轟音が鼓膜を叩く。上級魔法でもこれほどの威力はそうそう出せないだろう。暴風は埃を巻き上げながら斜面を登り、這いつくばる彼らの頭上を掠めて行った。


 爆風はすぐに止んだ。安全を確認するためにライルとブライトは立ち上がる。幸い、地に着くほどに顔を伏せていたので、無傷だった。辺りに火が燃え移って、山火事を引き起こす様子も無い。


「ちっ、大地の女神とキスしちまったぜ。顔も埃塗れでいい男が台無しだ」


「木端微塵よりマシだろ。それより、おーい、生きてるか?」


「……」


 捕虜の男は窪みの下で虫のように痙攣して青い顔している。ころころ顔の色が変わって大変だなと、ライルはどうでもいいことを思った。


「返事が無い。気絶してるなこりゃ」


「馬にでも乗っけとけばその内目が覚めるさ」


 意識の無い男は馬までブライトが背負うことにした。


「うし! じゃあ戻りますか!」


「ああ、落っことしてやるなよ」


 普段の調子で言葉を交わす二人だったが、その心中穏やかではなかった。誰かが何かを企んでいる。戦争でも始める気なのか、と。しかし、今は敢えて何も語らない。


――まずはこの男から手繰っていこう。


 それが先決だ。


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