第一話「賞金稼ぎ」
この世の大抵のものは金で買える。だから俺は金が好きなのだ、という相棒の言葉をライルは反芻していた。
「おい、ぼさっとしてんじゃねえ!」
不意に横から野次が飛んでくる。声の主はライルの相棒であり、金の亡者ことブライト・レイランド。長身に黒の外套を纏った青年で、十九歳のライルより七つ上になる。
現在、彼らは近隣の森で仕事の真っ最中であった。仕事と言っても、店を開いて商品を売買したり、ろくでもない裏稼業に顔を利かせているわけではない。見合った報酬と引き換えに依頼を達成する職業――賞金稼ぎ。それが彼らの仕事だ。
注意を促されたライルは意識を眼前の目標に向ける。体長が大人二人分はあろうかという程巨大な熊。それの討伐が今回の依頼だ。どういうわけか、手負いの状態で暴れまわっているところを発見されたとのことだ。情報通り、体には銃創等が散見され、左目は潰れている。
だがしかし、どのような経緯があろうと二人には関係ない。今はやることをこなすだけだ。
――GUOOOOOOOO!!
隆々と筋肉で盛り上がった右腕がライルに襲いかかる。それはまるで丸太の一撃。破城槌のよう。直撃すれば鋭利な爪が肉を容易くごっそり削ぎ落とし、内臓はおろか骨すら粉砕は免れないだろう。だが――
「ふっ!」
ライルは地面を横に転がり、寸でのところで回避する。くすんだ金髪が揺れた。
「今楽にしてやるぜ!」
ライルは体勢を立て直して立ち上がりつつ、胸元から何かを抜き取ると熊に向かって投擲した。好機を逃がすまいと攻めに固執していた熊は正面から直撃を受ける。右目に一本の小型ナイフが突き刺さっていた。
――!?
両目の光を失い、熊の視界は完全に闇に閉ざされる。その理解が遅れ、一瞬だけ動きが固まった。最大の好期。彼らがそれを見逃すはずもない。やれ、とライルは相棒に視線を送った。
上段に振り上げられる剣。両刃を持ち、軽そうな外見であるが頼りなさは感じられない。研ぎ澄まされた一閃、そう評するに相応しいのがブライトの得物である。
「――わりぃな」
そう彼は申し訳なさそうに呟くと、袈裟懸けに剣を振り抜いた。
◆
――アレイスト王国、首都ティオールにて。
「ったく、胸糞悪いぜ」
その日の報酬金を受け取った後、ライルとブライトは行きつけの酒場のカウンターで飲んでいた。依頼を終えた後はこうしてここで一杯やるのがお約束になっているのだ。不満を口にしながらブライトは蒸留酒をあおる。同じ酒が入ったグラスの中で氷が溶ける様を眺めていたライルは「何が?」と聞きかけて止めた。
思い当たる節は依頼のことだ。今日暴れていた種の熊は巨体の割に本来臆病な性格で、人を感知した場合、向こうから積極的に襲ってくることはほぼない。大きなストレスを抱えている場合か、以前に人を襲った経験のある場合の二択である。
今回は自分達を見るなり、一直線に襲ってきたと二人は記憶している。しかし、心の中で引っ掛かっているのは、まるで人に対する恐怖を取り除くための自衛本能が働いているかのように思われたことだ。
「どうせ、物好きな誰さんが暇潰しに痛めつけたってとこだろ」
「それにあの傷の数、一人や二人じゃない」
ライルの言う通り、あの巨躯に悪戯で戦いを挑んだのなら正気の沙汰ではない。どうであれ、彼らの懐へ金が入り込むことになったにも拘らず、ブライトは不愉快そうだった。一方ライルはこれ以上の判断材料は無く、特に興味も無かったのでグラスを手に周りに聞き耳を立てる。
――なあ、次の国王はやっぱりエテルナ様になるのかな。
――順当にいけばな。でも王室内は結構揉めてるって噂だぜ。
「……」
「どうかしたか――って、ああ」
ブライトはさりげなく後ろに目を向ける相棒の視線を追い、合点がいった。彼らと同様に酒を飲みながら世間話をする中年の男が二人。
エテルナ・ル・アレイスト。亡きヨハン国王の一人娘であり、王位継承権第一位の若き女王候補。亜麻色の長い髪が印象的の可憐な容貌を持ち、人々からはエテルナ様と親しまれている。何度か民衆の前にも顔を出したことがあり、二人も見知っていた。
「お前、どう思う?」
「……いくらうちが世襲制だからって、お姫様に軍事カリスマを期待するのは無理なんじゃねーの? お隣さんが活発なんだし、今はそういう奴の方が必要とされてる」
「だよなあ」
現在騒がれている問題の主な焦点となっているのが西の軍事大国ヴァリアントの存在である。近年周辺諸国を積極的に吸収し続け、勢力を増しているとのこと。しかしながら、先代国王は軍隊の急激な規模拡大を良しとせず、インフラ整備に力を入れていた。当然、軍関係者からは不満の声が上がり、今にまで附けが回ってきている。
「でも惜しいとは思わねえか。女王様だぜ、女王様。俺様の好みからはちょい外れるが美人の部類に入ることは間違いねえ。戦争にでもなった時に敵に自慢できるんだぜ? 『いいだろ、あれがうちのリーダーなんだぜ』ってな」
「あんたの好みなんざ知るか。ま、別に俺は女でもいいさ。度胸と覚悟があるならな」
彼らしい意見だとライルは俗物を見る目で溜息を吐く。ブライトの中では女が金より上位に位置するという話もまた二人の名前と共に広まっていた。女好きな上に金好き。実に情けない話である。行動を共にするライルも動揺なのかと疑われることもあるが、実際はそうでもなく、寧ろその逆。金を稼ぎ、腹を満たす。その“作業”だけで彼は安心し、他の事には特に興味を持てないでいた。
と、会話をしていたところ、ライルは視線を感じた。右隣に視線を寄越す。見れば身なりの良い男がこちらを窺っていた。小奇麗に髪を後ろで結んでいる。無視しようと顔を正面に向ける前に、その男は片手を上げた。
「やあ、君達。もしかしたら、なんだけど……賞金稼ぎで有名なお二人さんで間違いないかな?」
男はやけにフランクに話しかけてきたが、ライルには面識のない人物であった。「こいつ誰」とブライトに尋ねるも彼は肩をすくめる。
「失敬。ボクはシルヴィオ。普段は交易商をやってるんだけど、少し困ったことがあってね。君達に依頼をお願いしたい」
「おお、依頼ですか! ではでは、内容と報酬金を教えて頂けますか」
依頼と分かるやいなや気持ち悪いぐらいに紳士な対応に切り替えるブライト。顔だけ男前見ればではあるのだが、なんとも残念な性格である。さっきまで自棄酒をしていた同一人物とはとても思えない。
「まず報酬金ですが、二十万シグル――」
「受けましょう」
「はあっ!? 待てよ、おい!」
あまりの決断の早さにライルは思わず素っ頓狂な声を上げた。シグルはこの国の通貨単位であり、二十万シグルといえば二人が一ヶ月を優に暮らすことが出来る大金である。これ程の報酬金を用意している依頼には二人の受け口が広いとしても、そうそうお目に架かれない。額面だけならば非常に魅力的であることは間違いなかった。
「ライル、よぉーく考えろ。二十万だぞ! 俺とお前で十万ずつ山分け。俺はキャバクラ、お前は装備に金をつぎ込める!」
「よく考えるのはあんたの方だ! まだ内容も聞いてないのに決めるバカがどこにいる!」
「ここにいるさ!」
馬鹿此処に極まれり。とはいえ、多少困難な依頼でも経験と自身があるため、キナ臭いと思いつつもライルも折れそうになったのも事実だ。当事者であるのに蚊帳の外へ放り出されたシルヴィオは今にも噛みつかんとする勢いで睨み合う二人を仲裁するために落ち着くよう促す。
「そう喧嘩しないでくれ。今から説明するから」
「ああ、すいません。少々動揺してしまいました。性分なもので」
「構わないよ。では、本件の内容だが――」
「ちっ」
どの道やることになるだろう、とライルは話を聞き流して酒をあおる。そして、それから十分後。結局、二人はその依頼は受けることになったのであった。




