Prologue 星への願い事
ふらふらと足を引き摺りながら、僕は夜の街を歩いていた。あともう少しこうしていたら、心臓が破裂してしまいそうな気がする。
……まあ、今の僕の心臓が機能しているわけはないのだけれども。だから、心臓が破裂するなんてことは決して起こらないのだ。それでもそう感じるほど、胸がキリキリと痛かった。
僕は苦笑し、再び視線を前方に向ける。人間の街がこんなに明るいものだとは知らなかった。もう夜だというのに、街灯に照らされた街を多くの人々が行き交っている。音が辺りに満ち溢れている。並び立つ家からは、暖かな灯りと談笑がこぼれていた。向こうの大きな、マンションというらしい建物は、窓ひとつひとつの灯りが宝石のように輝いている。そして空には、小さな儚い、それでいて強い光が散りばめられていた。
教えられずとも、僕はなぜかその光の名前を知っていた。
ねえ、知ってる? 星に願い事をすると、願いが叶うんだって。
いつか聞いたような、そんなセリフが蘇る。
あんなのに願うだけで。願いが叶うなんてこと、果たしてあるのか。あっていいのか。
そんなの馬鹿らしいと思いつつも……、今の僕は、それを信じてしまいたかった。縋りたかった。そう思いたかった。
足を止めて、星空を見上げる。
願いを叶えてくれるのは、誰なのだろう。星か、それとも「神様」か。
「神様」は、彼らの宿敵、忌み嫌わなければいけない存在らしい。強大な力を持ち、運命を自在に操り、「悪」と自分が判断したものには容赦なく罰を与えるのだという。
僕自身は、星でも神様でもなんでも良かった。ぎゅっと目を瞑り、ちらりと見かけたことがある牧師というらしき人がやっていたように、手を合わせて指を組む。
人混みの中でそんなことをしている僕のことを不審がる者はいない。それも当たり前のことだ。彼らには僕の姿は見えていないのだから。誰かがちらりとでも見てくれさえすれば、少しでも救われるかもしれないのに。
もしも、僕の願いを叶えてくれる存在がいるのならば。
強く、強く、手を握る。手に跡がついて痛みを感じるまで。
強く、強く、願う。
刹那、しんと空気が静まりかえる。さざめいていた音が消える。無音の世界が、僕だけに降りてくる。
「僕に、居場所をください……」
小さな呟きは、無音の世界に響き、こだまし、空へゆっくりと消えてゆく。
僕は息を吐いて、握りしめていた手を解く。
さっきまでは、もう倒れてしまいそうだった。いや、いっそ、倒れて消えていなくなってしまいたかった。何もかも忘れてしまいたかった。
でも、今は、灯りを、星を、僅かな希望にして。どこに辿り着くのかもわからないけど、進んでやろうじゃないか。
「それがお前の運命なんだ。足掻いても無駄だ」
彼らはよくそういった。
大嫌いだ。僕自身の意思も全て無視して僕を操り続ける運命なんてものがあるとすれば、僕は永遠に自分の運命を恨み続けることになるだろう。
だから、運命に逆らうつもりで、僕はひたすら足を動かし続ける。
前へ、前へ……。
ふっと辺りが暗くなる。家や人が少ない路地裏に入ったようだ。
灯りのないここは、寂しい。
はやく抜けようと、歩くペースを早めたとき。
「おい、坊主」
後ろから声をかけられた。
振り向けばそこは、暗い路地裏の中で、唯一、燦々と降り注ぐような灯りが灯った、古い家だった。
その前に立ったゴツい男が腕を組んで、ニヤニヤと僕を見下ろしている。
僕のことが、見えるのか?
一瞬警戒するも、この男からは彼らの気配はしない。
だとすれば、この男はなんなんだ?
「妖の坊主。なんでこんなとこにいるんだ? はあん、逃げてきたのか」
男はニヤリと笑う。
「だったら、俺と同志じゃねぇか。行くとこねぇんだろ? なら俺ンチに住めばいい」
呆然と突っ立つ僕に下手くそなウインクをして、男は踵を返した。
正直何がなんだかだが、僕は慌ててその後ろ姿を追いかけた。




