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Precious One

作者: 汐野 夢咲
掲載日:2026/03/05

なぜ俺の彼女は、こんなにも残酷な運命をたどらなくてはならないのだろう。彼女の言葉が、脳裏に焼きついて離れない。


ーーこんな彼女でごめんね。私のこと好きになってくれて、傍にいてくれてありがとう。


やっと巡り会えた運命の人。終わりなんてないと、そう思っていたーー


「翔吾、起きて!遅刻するよ!」

母さんが俺を呼ぶ。今日は高校の入学式。絶対遅刻できない。眠い目をこすりながらベッドから起き上がる。リビングへ向かい、朝食を食べる。食べ終えると自室に戻り、制服に着替える。

「よし、行くか」

鏡の前で気合を入れて玄関に向かう。今日から新しい世界へ歩き出す。緊張するけど頑張ろう。

「行ってきます!」

「気をつけてね!」


俺が通う学校は進学校で、電車通学するしかない。満員電車に揺られながら、緊張で鼓動が早くなる。こんな気持ちになるのは初めてだ。電車を降り、学校に近づくにつれ、足取りが重くなる。学校の敷地内に入ろうとしたとき、前から車いすに乗った女子が近づいてきた。後ろから保護者らしき人もついてきていた。俺はびっくりして立ち止まってしまった。

「ついてこなくていいって言ったのに~!」

「トイレのやり方、教えなくちゃいけないでしょ?」

「そっか。ありがとう」

そんな会話が聞こえ、障がい者は大変だなと思った。俺も敷地内に入り、昇降口前でクラスを確認する。靴を履き替え、教室へ向かう。荷物を出していると、さっきの車いすの女子が教室に入ってきて俺の隣の席に停まった。うわ、同じクラスか。しかも、隣の席だし。と思いながら準備を続けた。


入学式を終え、初めてのホームルームが始まった。一人ずつ自己紹介していく。俺の番になった

「滝川 翔吾です。皆さんと仲良くしたいです。よろしくお願いします」

と自己紹介をしていき、どんどん進んだ。そして、車いすの女子の番になった。

「 鍔木 愛奈です。休み時間はトイレに行ったり、移動したりするので、なかなか話せないと思いますが、仲良くしてくれたらめちゃくちゃ嬉しいです!手伝って!と声をかけたら、手伝ってください!よろしくお願いします!」

と言った。障がい者と関わったことなんてないから、どう接したらいいのかわからない。これからどうしよう。と期待と不安が入り混じった。

 授業を終え、帰る準備をしていると、

「翔吾くん!よろしくね!」

愛奈が話しかけてきた。

「お、おう」

返答がぎこちなくなる。

「障がい者だから、どう接したらいいかわかんないんでしょ?」

図星されてなにも返せない。

「普通にみんなと同じように接して。私、特別扱いされるのが一番嫌だから。みんなと違う行動することが多いけど」

「う、うん。わかった、そうするよ。教えてくれてありがとう」

と言うと、愛奈が笑顔になった。それを見た瞬間、胸が高鳴った。この気持ちはなんだろう。朝の感情と違うぞ?これが一目惚れっていうやつなのか?体が熱くなっていくのがわかった。今の俺を誰にも見られたくなくて、そそくさと昇降口に向かった。昇降口で呼吸を整える。そうこうしているうちに、混雑してきた。早く帰ろう、そう思って外に出ると、

「翔吾!」

と呼ぶ声がした。反射的に振り向く。

「バイバイ!」

愛奈だった。愛奈はお母さんが迎えにきているみたいで、隣に立っていた。出会った初日に呼び捨てって。と思いながら、大声で、

「バイバイ!またあしたな!」

と返した。

 帰りの電車の中でも、家までの道でも、体は熱いままだった。家に帰ると、母さんと妹の小春こはるが迎えてくれた。

「翔吾、顔赤いよ。熱ある?」

俺は恥ずかしくて、

「大丈夫」

と返してその場から立ち去ろうとする。すると、小春が

「一目惚れ、したんでしょ」

と言ってきた。俺は

「ちげーよ!」

と言って、自室に戻った。

 ふと、スマホを見る。愛奈からラインが届いていた。

【いきなり追加してごめんね。グループラインから追加しちゃった!】

そう。入学初日からクラスのグループラインができたのだ。この気持ちが落ち着くのはいつなのだろう。

【全然大丈夫だよ!】

【ありがとう。私、今日、めっちゃ緊張してたんだ。みんなに受け入れてもらえるのかなって。でもみんながいっぱい話しかけてくれて嬉しかった】

【俺もめちゃくちゃ緊張してたよ】

【私のこと、話してもいい?隣の席だから、手伝ってもらうこと多いと思うからさ】

【いいよ】

【私、中学だけ養護学校に通っててさ。一人だけ普通の教科の勉強してて、友達もいなかったんだ。だから、翔吾と仲良くなりたいんだ】

【そうだったんだ。辛かったな。教えてくれてありがとう。俺も愛奈ちゃんのこと、もっと知りたいし、仲良くなりたい。俺のこと頼っていいからな。これからよろしくな】

【ありがとう】

その日から愛奈と話すようになった。愛奈は休み時間は先生とトイレに行ったり、次の授業のために移動したりしている。移動のときは、俺が愛奈の荷物を持ってあげる。その時間が一日の中で一番楽しい。愛奈は俺の初恋の人だ。


「翔吾はなにか部活入るの?」

とある日の下校前、愛奈に聞かれた。この日は、新入生に向けての部紹介があった。俺は今まで部活に入らず、勉強ばかりやってきた。高校でも入る気はない。

「愛奈ごめん。俺、勉強頑張りたいから、入る気ないんだ。愛奈は?」

「合唱部、入ろっかなって。私、スポーツも楽器もできないし、歌うの好きだから」

「そっか。頑張れよ」

俺はそれしか言えなかった。すると、愛奈が、

「そっか。翔吾は真面目だもんね。でも、息抜きも大事だよ?翔吾がいてくれたら私、めっちゃ楽しいと思うんだけどな~」

と言った。そんなこと言われたら、入らないという選択肢はないだろ!

「前言撤回!俺、合唱部入るよ」

「本当に⁉めちゃくちゃ嬉しいんだけど!」

愛奈の笑顔が眩しい。

「でも、家帰って、母さんと父さんに聞いてからな」

「うん!私もそうする!」


家に帰って、部活に入りたいことを話した。二人とも、翔吾がやりたいなら。と了承してくれた。小春からは、どうせ、好きな人が合唱部なんでしょ?と図星された。俺はなにも言えなかった。

私は帰りの車の中で部活に入りたいことを話した。お母さんもお父さんも泣いて喜んでくれた。

【合唱部、入っていいって!】

お互いに連絡し合った。

【これから頑張ろうな!】

【うん!】


合唱部に入部した俺たちは、毎日が充実していった。最初は楽譜すら読めなかった。フラットやシャープがついた楽譜は普通の音階と違う読み方のため、読解が困難だった。先輩方に助けてもらいながら、なんとか解読した。できたときは二人でハイタッチして喜んだ。合唱には男声と女声があり、それぞれ二つのパートに分けられる。最初は俺はテノール、愛奈はソプラノにいくことになった。途中で変わる可能性があるので、どちらのパートも完璧にできるように練習しろと顧問の原嶋先生は言った。最初は階名で歌って、リズムを叩き込む。揃ってきたら歌詞で歌ってみるの繰り返し。テノールとソプラノは主旋律を歌うことが多く、リズムは取りやすいが、高音が出ないといけないのが難点だ。合わせると他のパートにつられるのでやり直しになる。途中でパートが変わることが日常茶飯事だ。愛奈はずっとソプラノがやりたかったらしいのだが、音程がなかなか合わず、アルトにいくことに。愛奈は悔しくて泣いていた。俺も先輩と一緒に慰める。するとそれを見ていた原嶋先生が、

「そんなことで泣くな!泣いてる暇があったら歌え!」

と言った。愛奈は涙を拭いて歌い始めた。その日から俺たちは、本気で合唱と向き合った。部活のときは、他のパートも聴くように心がけ、家に帰ってからは自主練をしていた。俺はそれなりに歌えるようになった。一方、愛奈は一向にうまくならず、部員から陰口を言われるようになってしまった。

「愛奈がいるから、全部ズレる」

「愛奈なんていない方がいい」

愛奈は深く傷ついた。でも部活は休まなかった。一回でも休めば、みんなに追いつけなくなるからだ。必死に練習する。自分の音も、周りの音もよく聴いた。それでもダメだった。


「翔吾、私、そんなに下手?」

ある日の部活終わり、愛奈に聞かれた。

「俺は・・・」

なにも言い返せない。本当は、愛奈が一番頑張ってる。って言いたいけど、言えない。なぜなら先輩や同級生たちが言っていることに同感だからだ。愛奈が誰よりも頑張っているのは事実。少しでも認めればいいのに。と思うところもあるけど、うまくなってないのも事実。

「帰ってからラインしていい?ごめん」

俺は初めて愛奈から逃げた。絶対愛奈を傷つけたくない。愛奈が合唱部を辞めたら、俺が入った意味がなくなってしまう。自分自身で愛奈を止めるしか方法はない。覚悟を決め、スマホのロックを解除する。ラインを開き、愛奈を探す。鼓動が早くなるのがわかった。

【愛奈】

そう送って次の文面を考える。すぐに既読がついた。愛奈を傷つけないように細心の注意を払いながら考える文面は、打っては消し、打っては消しの繰り返し。すると愛奈から返信が。

【私のこと傷つけるとか気にしなくていいから、正直に言ってほしい】

正直に言ってほしい。その言葉に胸が締めつけられる。正直に言ったら、愛奈は明日から部活にこなくなるんじゃないか。部活も辞めてしまうんじゃないか。もしかしたら学校も辞めるんじゃ……いろいろな考えが頭の中で渦巻く。愛奈が部活を辞めたら俺も辞めよう。そう決意し、文面を考えた。俺は愛奈の言葉を信じることにした。

【愛奈、俺はな、愛奈が合唱部の中で一番頑張ってると思う。部員が言ってることも事実だし正論だと思う。だけど、俺は愛奈が頑張ってるの知ってる。愛奈は絶対うまくなるから。俺と一緒に練習しよう。努力は絶対報われるから】

俺の正直な気持ちを伝えた。

【ありがとう。一緒に練習しようって言ってくれてめちゃくちゃ嬉しい。いくら練習しても全然うまくならなくてさ。みんなに迷惑かけてるなって思ってる。でも、みんなの陰口には傷ついてないんだよ?】

絶対ウソだ。俺だったら傷ついて即退部してる。愛奈は繊細な心を持っているから傷つきやすいのだ。

【俺には正直に言えよ。なんでも聞いてやる】

好きな人が辛いとき、傍にいてやりたいのは、当たり前の感情だと思う。

【ありがとう。じゃあ、翔吾にだけ話すね。正直悔しい。みんなに、下手、愛奈なんていない方がいいって言われて、めちゃくちゃ腹立って、辞めようって思った。でも……】

と返信があった。意味深に終わっている文面。愛奈はなにを言いたいのだろう。すると、


翔吾がいるから頑張れるんだよ


とまさかの返信が。俺のおかげ?と目を疑ったが、その言葉がすごく嬉しかった。

【ありがとう。そう言ってもらえて嬉しい。それじゃあ、明日から俺と一緒に練習しよう?】

【わかった。ありがとう。歌ってつられないかな?】

【そのために練習すんだろ?】

【そうだね!明日からよろしくね!】

俺はこのとき、愛奈をもっと好きになった。


次の日から、暇さえあれば二人で必死に練習した。土日は部活後に愛奈の家に行って練習。最初はうまく歌えなかったけど、歌っていくうちに愛奈はメキメキ上達していった。その成果を部活でも発揮し、原嶋先生や部員から、一目置かれる存在になった。愛奈に笑顔が戻って俺まで嬉しかった。

 数ヶ月経って、俺たちはコンクールに向けて練習していた。俺は、このコンクールに並々ならぬ想いで臨んでいた。このコンクールで金賞を獲ったら、愛奈に告白するのだ。だから絶対金賞獲るんだ。部員全員で一つの目標に向かって突き進んだ。


そして運命の日、無事に金賞を獲ることができた。

名前が呼ばれたときは、みんなで抱き合って喜んだ。

反省会を終え、会場から出ようとしたとき、俺は愛奈を呼び止めた。愛奈はお母さんと一緒に帰ろうとしていた。振り返り俺を見つけると、お母さんと話し、こちらに来てくれた。

「ごめんな。帰るとこだったのに」

「ううん。全然大丈夫。どうしたの?」

俺の鼓動が早くなる。

「あのさ、伝えたいことがあるんだ」

「なに?」

「俺、ずっと、愛奈のことが好きです!付き合ってください!」

一瞬、時が止まった。愛奈は目をうるうるさせながら言った。

「私もずっと、翔吾のことが好きでした。ずっと待ってたよ」

俺は愛奈を強く抱きしめた。

「翔吾はずっと隣で支えてくれたよね。本当にありがとう。翔吾がいたおかけで金賞獲れたよ!」

俺たちは恋人になった。

それから三年間、俺たちは同じクラスで過ごした。部活でも三年連続で金賞を獲って、合唱強豪校になった。


高校卒業した俺たちは、お互いに就職して、一年後に同棲を始めた。

それから、半年もしないうち、私の身体に異変が。体調不良の日が続くようになったのだ。

念のため、ヘルパーさんと一緒に病院に行った。そこで詳しく検査をすることになった。その結果、進行性の病気であることが発覚。治療は思っていたよりキツくて、薬の副作用で髪も抜けた。翔吾にバレないようにウイッグを買ってごまかす。治療をしていても身体はどんどん蝕まれていき、余命半年と宣告され、入院が必要な状態になった。でも、私は翔吾に心配かけたくないと、無理を言って家に帰ってきていた。


ある夜、プロポーズしようと俺が愛奈の前で跪いたとき、愛奈の意識がなくなった。

「愛奈?おい!大丈夫か!」

俺は急いで救急車を呼んだ。とりあえず指輪はポケットの中に入れ、必要最低限のものだけ持って、救急車に同乗した。ずっと愛奈の手を握って名前を叫び続けた。病院に到着し、俺は入口で止められた。

「鍔木さんとのご関係は?」

「恋人です。もうすぐ入籍予定で……」

「わかりました。こちらへどうぞ」

俺はそこで、愛奈が病気で、余命わずかであることを知らされた。

「次、目を覚ましたら奇跡です。愛奈さんはあなたに迷惑をかけたくないと、必死に隠していました。私も伝えるように言っていたのですが、彼にだけは絶対言わないでくださいと……」

「そうだったんですか……」

俺は話を聞き終わると、真っ先に愛奈の部屋に向かった。酸素マスクをしている愛奈を見ているだけで辛かった。

「愛奈……なんで隠してたんだよ……俺は迷惑だなんて一回も思ったことねぇよ……?」

そのとき、愛奈の手が少し動いた。

「愛奈?わかる?」

「しょう、ご?」

俺は涙が溢れた。すぐナースコールを押して先生に診てもらい、治療を継続することになった。

「愛奈。よかった。なんで言ってくれなかったんだよ!」

「ごめん。翔吾に心配かけたくなくて。いつも迷惑かけてるから」

「迷惑なんて思ったこと一度もねぇよ」

「ありがとう」

「あのな。愛奈に渡したいものがあって」

俺は指輪の箱を開けた。

「俺と、結婚してください」

愛奈は涙を流していた。

「こんな私で良ければ、よろしくお願いします」

「ありがとな」

俺は指輪を愛奈の左薬指にはめた。

「ありがとう。めっちゃ綺麗」

「愛奈は絶対大丈夫。俺が支えるから。一緒に頑張ろう」

「ありがとう。翔吾」


次の日から愛奈は治療を再開した。俺は会社を辞め、愛奈の傍にいた。

「ハァ、ハァ、うっ……」

治療はとても辛そうだった。俺は愛奈の手を握るか、背中をさすってあげることしかできなかった。そんな自分が情けなかった。それでも愛奈は、

「私は大丈夫だから……」

と弱音を吐こうとしなかった。

愛奈の病気は、どんどん進行していった。三ヶ月後には酸素ボンベが手放せない状態に。愛奈は入院してから一歩も外に出られていない。

ある日、愛奈が話し始めた。

「私、翔吾とずっと一緒にいたい……もうすぐ死ぬのかな……」

それは、初めて見せた弱音だった。俺は愛奈の頭を撫でながら言った。

「弱音も全部吐いていい。俺の前だからって強がらなくていい。苦しいなら苦しいって言えよ……」

すると愛奈は堰を切ったように涙を流し始めた。

「お母さんとお父さんには絶対言えないけど、私、この身体で産まれてきたことずっと後悔してるんだ。いろんな人に迷惑かけながら生きてきたからさ……でも、翔吾と出会って、産まれてきてよかったってやっと思えたのに、まただよ……なんで私ばっかり、こんな辛い思いしなきゃいけないの……!」

愛奈がずっと抱いてきた思いを知り、俺も涙が止まらなくなった。

「病気になるのが俺だったらよかったのにな……」

つい口に出してしまった。俺が代わってやったところで、愛奈が辛い思いをするのは変わりないのに。

「ごめんね……こんな彼女で……」

「謝るなよ……俺は……愛奈の傍にいれるだけで幸せだよ」

「ありがと、大好き……」

「愛奈、なんかしたいことある?」

俺は愛奈のやりたいことを叶えてやりたいと思った。

「私は翔吾と一緒にいれるだけで、充分幸せだよ……」

そんなことを言うけれど、目にはまた涙が溜まっていた。

「ほんとになんでもいいよ?」

念を押すように言うと、

「デート……したい……」

俺は絶対叶えてやりたいと思い、先生に相談した。

「今の状態で外出することは、とても危険です」

「彼女の夢を叶えたいんです。どうにかなりませんか……?」

「ですが……」

断られても根気強く言い続けた。そしてやっと、

「わかりました。ただ、病院の屋上にさせてください。体調に変化があったらすぐ戻ってきてください」

「わかりました。ありがとうございます」


翌日、

「愛奈!病院の屋上なら出てもいいって!」

「ほんとに・・・?」

「あぁ。行こう!」

看護師と協力して、座位保持車いすに愛奈を乗せて屋上に向かった。

「空って、こんなに、綺麗、だったっけ?」

「ずっと外出てなかったもんな」

俺は車いすを停めて、愛奈の目の前に立った。

「愛奈……」

愛奈の顔を見ると、涙が溢れて止まらなくなった。ごめん。と言って後ろを向く。身体はやせ細り、髪も抜け、辛い治療にも耐えてきた。そんな愛奈のことを思うと自分が情けなくてたまらない。なんでもっと早く気づいてやれなかったんだろう。なんで俺じゃないんだろう。代われるなら代わってやりたい。そう思っても運命は変えられない。だから俺は今日、唯一の心残りを実現するためにここにきた。

愛奈の方に向き直り、ポケットから箱を取り出す。そして、跪いた。

「愛奈・・・俺と結婚してください」

愛奈の目から涙が溢れる。俺は強く抱きしめた。

「知ってるよね?泣くと苦しくなるって……」

「わかってる。大丈夫だからゆっくりでいいよ」

俺は背中をさすり続けた。

「翔吾。もう大丈夫だから、もう一回跪いてくれる?」

俺はもう一度跪いた。

「私、もうすぐ死ぬんだよ?いずれ話せなくなる。それでもいいの……?」

「いいよ。俺は最期まで愛奈の傍にいるって決めたから」

「ありがとう。こんな 私で良ければ、よろしくお願いします……!」

「ありがとう。はめるね」

愛奈の薬指に輝く指輪。

「指輪、買い直してくれたの?」

「うん。ブカブカだったから」

「ありがとう。私ね、今日が最後のデートだと思ってるから、めちゃくちゃ嬉しい」

お互いに涙が溢れる。俺はもう一度愛奈を強く抱きしめた。

「最後なんて言うなよ……愛奈が死んだら俺、どうすればいんだよ……まだ死ぬなよ……」

「こんな彼女でごめんね。私のこと好きになってくれて、傍にいてくれてありがとう。大好き」

俺は愛奈の鼻のチューブに当たらないよう、細心の注意を払いながら唇を近づけた。ファーストキスの味は涙でしょっぱかった。


あれから一ヶ月後、愛奈は話すことすらままならなくなった。

今日はなんだか嫌な予感がする。愛奈の呼吸がいつもより浅い気がする。デートした日からろくに愛奈の声を聞いていない。覚悟はしているけど、そのときがくるのが怖い自分がいた。

「愛奈の声、聞きてぇな……」

そう呟いたとき、愛奈の唇が動いた気がした。

「……ご」

「愛奈?」

「しょう、ご」

「愛奈!しっかりしろ!」

「だいすき……」

「俺も、大好き。もう喋るな……」

「あいしてるよ、しょうご、、ありが、、とう」

「愛奈!しっかりしろ!愛奈!」

愛奈は眠るように息を引き取った。俺は彼女の名前を何度も叫んだ。亡くなったという現実を受け入れられなかった。信じたくなかった。

彼女の葬儀の間も生きた心地がしなかった。


俺は妻になった彼女に手紙を書いて棺に入れた


愛奈へ

高校の入学式の日、俺は人生で初めて一目惚れをした。障がいがあっても明るく前向きな姿に惚れたんだ。俺が支えたいって。壁に当たったときも、2人だから乗り越えられたんだと思う。愛奈は病気になってからずっと、こんな彼女でごめんって言ってたけど、

俺は、愛奈の傍にいられるだけで幸せだったよ。治療頑張ってくれてありがとう。辛かったよな。よく頑張ったな。ほんとにありがとう。

最後に、俺と出会って、好きになって、結婚してくれてありがとう。ずっとずっと愛してるよ。もし叶うなら、生まれ変わっても一緒になりたいな。愛奈が生きられなかった分も俺が生きるよ。

翔吾より


葬儀が終わって帰ろうとしたとき、愛奈のお母さんに声をかけられた。

「翔吾くん、最後の最後まで愛奈を支えてくれてありがとう。愛奈、翔吾くんと出会ったときからすごく楽しそうだったの。ほんとにありがとうね」

「こちらこそです。俺の方が愛奈に元気もらってました。出会えてよかったです」

俺は話しながら涙を必死に堪えていた。


葬儀の次の日、俺は早起きして空を見上げた。最後のデートと同じ、雲一つない青い空だった。俺は彼女に届くように言った。


愛奈はずっと俺の大切な人だよ。


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― 新着の感想 ―
合唱部で共に金賞を目指した輝かしい日々があるからこそ、その後の闘病の苦しさが胸に迫り、一文字一文字を大切に拝読しました。 特に「ファーストキスの味は涙でしょっぱかった」という描写が切なく、美しかったで…
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