第七章 ドワーフの鍛冶師
開業から三ヶ月が経った。
「桐生解体事務所」の名は、王都バルゼルとその周辺で、少しずつ知られるようになっていた。
廃墟の解体、廃坑の浄化、危険な魔導具の処分——誰も手をつけなかった仕事を、一つずつ片付けていく。依頼は増え、収益も安定してきた。
だが、問題も生じていた。
「また動かなくなった」
拓海は、召喚したミニバックホウの前に立ち、ため息をついた。
油圧ショベルの小型版であるこの重機は、「重機召喚」スキルで呼び出せる唯一の機械だ。本来なら、解体作業の効率を飛躍的に上げてくれるはずだった。
だが、この三ヶ月で何度も故障を起こしていた。
アームが動かない。キャタピラーが外れる。エンジンがかからない。
原因は、分かっている。
この世界には、重機を修理する技術がない。
召喚で呼び出した重機は、元の世界のものをコピーしている。ガソリンエンジン、油圧システム、電子制御——そのどれもが、この世界では再現できない技術だ。
壊れたパーツを交換する手段がない。だから、使い続けるうちに少しずつ劣化し、最終的には動かなくなる。
「魔力で召喚し直せば、新品に戻るんじゃないですか?」
リーネが尋ねた。
「そうしたいが、一度召喚すると、次に召喚できるまで一日かかる。連続で使えない」
「それは……厳しいですね」
「ああ」
拓海は重機を見つめた。
手作業だけでも、仕事はできる。実際、この三ヶ月、重機が使えない期間はバールと鶴嘴で作業を続けてきた。
だが、効率が全く違う。重機があれば一日で終わる作業が、手作業では三日かかる。依頼が増えれば増えるほど、その差は大きくなる。
「誰か、この機械を理解して、修理できる人間がいれば……」
そう呟いたとき、リーネが何かを思い出したように言った。
「そういえば、王都の外れに変わり者の鍛冶師がいるって聞いたことがあります」
「鍛冶師?」
「ドワーフの。普通の武具は作らなくて、複雑な機械仕掛けのものばかり作ってるとか。ギルドでも変人扱いされてました」
「場所は分かるか」
「調べます」
翌日、拓海はリーネの案内で、王都の外れにある鍛冶工房を訪れた。
工房は、城壁の外、森との境界に建っていた。石造りの頑丈な建物で、煙突から黒い煙が上がっている。周囲には、錆びた金属の塊や、用途不明の機械部品が散乱していた。
「……ここか」
拓海は、扉を叩いた。
返事はない。
もう一度叩く。やはり返事がない。
だが、中から金属を打つ音が聞こえる。誰かがいるのは確かだ。
拓海は扉を押した。鍵はかかっていなかった。
中は、薄暗い工房だった。
炉の火が、橙色の光を投げかけている。壁には無数の工具が掛けられ、作業台の上には分解された歯車や部品が山積みになっている。
そして、炉の前に一人の男が立っていた。
いや、男ではない。
身長は拓海の胸ほど。がっしりした体格に、顔の半分を覆うほどの髭。耳が尖っている。
ドワーフだ。
「おい」
ドワーフは、拓海を見もせずに言った。
「入っていいとは言っとらん」
「扉が開いていたから」
「開いていようが閉まっていようが、招いてない客は客じゃねえ」
ドワーフは槌を振り下ろした。金属が鋭い音を立てる。
拓海は、無言で近づいた。
「何を作っている」
「お前に関係あるか」
「機械は専門外だが、金属の加工には興味がある」
ドワーフは、初めて手を止めた。
ゆっくりと振り返り、拓海を見上げる。深い皺の刻まれた顔。鋭い目つき。
「……何者だ、お前」
「解体屋だ」
「解体? 建物を壊す仕事か」
「そうだ」
「ふん」
ドワーフは鼻を鳴らした。
「壊すだけなら馬鹿でもできる。作る方が難しい」
「作ることに興味はない。俺は壊すのが仕事だ」
「だから、お前に何の用がある」
拓海は、懐から取り出したものを見せた。
重機から外した油圧シリンダーの一部だ。
「これを見てくれ」
ドワーフは、その部品を受け取った。
最初は面倒くさそうな表情だったが、部品を観察し始めると、徐々にその目が変わっていった。
「……なんだ、これは」
「油圧シリンダーの一部だ」
「油圧?」
「液体の圧力で力を伝える仕組みだ。この筒の中に油を入れて、ピストンを押し出す」
ドワーフは、部品を様々な角度から見つめた。指で表面をなぞり、内部を覗き込む。
「精度が……異常だな。こんな加工、見たことがねえ」
「俺の世界では、これが標準だ」
「お前の世界?」
「異世界から来た。信じるかどうかは任せる」
ドワーフは、長い沈黙の後、フッと笑った。
「異世界ときたか。馬鹿げた話だ」
「だろうな」
「だが——」
ドワーフは、部品をテーブルに置いた。
「この加工技術は本物だ。どこの馬の骨が持ってきたにせよ、これを作った職人は一流だ。いや、この世界のどの鍛冶師より上だ」
「同じものを作れるか」
「……分からん」
ドワーフは正直に答えた。
「見たこともねえ技術だ。原理は分かる。だが、再現できるかは、やってみないと分からん」
「やってくれるか」
「報酬は」
「払う。金額は交渉しよう」
ドワーフは、再び部品を手に取った。
「名前は」
「桐生拓海」
「わしはドルグ・アイゼンハンマー」
ドルグは、部品を光にかざした。
「てめえの召喚するあの鉄屑……悪くねえ設計だ。誰が作った?」
「俺の世界の、大勢の職人が、長い時間をかけて改良してきた」
「大勢の職人、か」
ドルグは、何かを噛みしめるように呟いた。
「……いいだろう。見せてみろ、その鉄屑とやらを。わしに何ができるか、試してやる」
拓海は、工房の外で「重機召喚」を発動した。
魔力が体から流れ出し、空気が揺らぐ。
そして——ミニバックホウが姿を現した。
ドルグは、目を見開いた。
「なんだ……これは……」
ドワーフの鍛冶師は、生まれて初めて見る「重機」の前で、立ち尽くしていた。
こうして、「桐生解体事務所」は、二人目の協力者を得た。
ドルグ・アイゼンハンマー。
変人と呼ばれるドワーフの鍛冶師は、重機という未知の技術に魅了され、拓海のパートナーとなることを決めた。
油圧システムの再現は困難だったが、ドルグは独自のアプローチで問題を解決していった。
魔導金属を使った代替部品。魔力を動力源とした新型シリンダー。この世界の素材と技術で、重機を「修理」するのではなく「改良」する。
そして、数週間後——
「動いた」
拓海は、修理されたバックホウのコックピットに座り、レバーを操作した。
アームが滑らかに動く。油圧ではなく、魔力で。
「どうだ」
ドルグが、油まみれの手を腰に当てて言った。
「純正品より、むしろ良いかもしれない」
「当然だ。わしが作ったんだからな」
ドルグは不機嫌そうに——しかし、どこか誇らしげに——言った。
「だが、まだ改良の余地はある。アタッチメントをこの世界の素材で作り直せば、もっと効率が上がる」
「頼む」
「報酬は弾めよ」
「分かってる」
拓海はバックホウから降り、ドルグと向き合った。
「ありがとう」
「礼なんざいらん。面白い仕事をさせてもらってる。それで十分だ」
ドルグは背を向け、工房へ戻っていった。
拓海は、その背中を見送った。
仲間が、増えている。
一人で始めた仕事が、少しずつ形になっていく。
まだ、世界を変えるには程遠い。
だが——
一歩ずつ、前に進んでいる。
それだけは、確かだった。




