第六章 解体屋、開業
ラウエル村での成功は、瞬く間に周辺地域に広まった。
廃坑を「片付けて」、しかも大金を稼いだ異邦人がいる。
その噂は、行商人の口から町へ、町から村へと伝わり、二週間もしないうちに、拓海の元には複数の依頼が舞い込むようになった。
「うちの村の近くにも、古い魔導炉があってな」
「先代が建てた倉庫が傾いてきて、壊したいんだが……」
「裏山の洞窟から変な煙が出てるんだ。見てもらえないか」
拓海は一つ一つ、現地を確認し、見積もりを出し、できる範囲で仕事を請け負った。
だが、すぐに問題が生じた。
「一人じゃ回らない」
ラウエル村で手伝ってくれた村人たちは、本業の農作業がある。毎日拓海について回るわけにはいかない。
かといって、冒険者を雇う金はない。そもそも、冒険者は「倒す」のが仕事で、「片付ける」のは専門外だ。
必要なのは、事務仕事を処理してくれる人間と、継続的に協力してくれるパートナーだった。
その両方が、偶然のように、拓海の前に現れた。
最初の出会いは、王都バルゼルでのことだった。
拓海は、「解体業」を正式な職業として登録するため、王都の商業ギルドを訪れていた。
「解体業?」
受付の老人は、眼鏡越しに拓海を見つめた。
「聞いたことのない職種だな。具体的には何をする」
「古い建物や施設を取り壊し、素材を分別して再利用可能な状態にする仕事です」
「それは……建築業か? それとも採掘業か?」
「どちらでもありません。新しく作るのではなく、既にあるものを終わらせる仕事です」
老人は困惑した様子で書類を繰っていたが、結局、「その他の技能職」というカテゴリーで登録することになった。
「事業名は?」
「桐生解体事務所」
「キリュウ……? 変わった名前だな。異邦人か」
「はい」
「まあいい。これで登録は完了だ。正式な営業許可証は後日届く。届け先は?」
拓海が宿泊先の宿屋の名前を告げようとしたとき、背後から声がかかった。
「あの、すみません」
振り返ると、若い女性が立っていた。
亜麻色の髪を後ろで束ね、質素だが清潔な服装をしている。年齢は二十代前半といったところか。
「あなたが、ラウエル村の廃坑を片付けた方ですか」
「……そうだが」
「やはり!」
女性の顔が輝いた。
「私、リーネ・ヴァルトシュタインと申します。冒険者ギルドで受付をしていたのですが——いえ、以前、していました」
「以前?」
「はい。昨日、辞めました」
拓海は眉をひそめた。
「それで、俺に何の用だ」
「単刀直入に言います」
リーネは真剣な目で拓海を見た。
「私を、雇ってください」
「はあ?」
「あなたの事業に、事務員が必要ではありませんか。依頼の取りまとめ、各種届出の作成、交渉、経理——私、その全てができます」
拓海は黙ってリーネを見つめた。
確かに、事務処理は頭痛の種だった。この世界の文字は読めるようになったが、行政手続きや商習慣には不慣れだ。そういう部分を任せられる人間がいれば、助かるのは事実だ。
だが——
「なぜ俺を」
「理由は二つあります」
リーネは指を立てた。
「一つ目。冒険者ギルドで、廃棄物処理の依頼がどれほど放置されているか、私は知っています。儲からない、危険だ、専門外だ——そういう理由で、誰も手をつけない仕事が山ほどある。あなたは、それを解決できる。需要は確実にあります」
「もう一つは」
「二つ目」
リーネの声が、わずかに震えた。
「私の実家は、没落した貴族です。領地に古い砦があり、魔素汚染を起こしていました。農民は逃げ、土地は荒れ、家は没落しました。もし、あの頃にあなたのような人がいれば——」
彼女は言葉を切り、深く息を吸った。
「私は、そういう悲劇をなくしたいんです。だから、あなたを手伝いたい」
拓海は、しばらく無言でリーネを見つめた。
彼女の目には、切実な光があった。打算だけではない、もっと個人的な動機。
「給料は高くない」
「構いません」
「危険な現場にも同行してもらうことがある」
「覚悟しています」
「即決で採用するほど、俺はお人好しじゃない」
「では、試用期間を設けてください。一ヶ月、無給で働きます。それで判断してください」
拓海は、小さく息を吐いた。
「……強引な女だな」
「言われたことあります」
「分かった。一ヶ月、試用期間だ。使えなかったらクビにする」
「ありがとうございます!」
リーネの顔に、満面の笑みが浮かんだ。
こうして、「桐生解体事務所」は、最初の従業員を迎えることになった。
リーネは、すぐにその実力を証明した。
依頼の整理、見積書の作成、許可申請の手続き——拓海が苦手とする事務仕事を、彼女は驚くべき速さでこなしていった。
「この依頼は受けた方がいいです。報酬は低いですが、王都近郊なので移動コストが安い。差し引きで利益が出ます」
「この依頼は断った方がいいです。規模の割に報酬が安すぎます。受けると赤字になる可能性が高い」
「この依頼は保留にして、もう少し条件を交渉しましょう。相手は急いでいるはずです。こちらが唯一の選択肢なら、強気に出られます」
拓海は、彼女の判断に従った。
結果、事業は順調に回り始めた。
一ヶ月後、試用期間が終わる頃には、「桐生解体事務所」は王都周辺で一定の認知度を得ていた。
「正式に雇用だ」
拓海は、リーネに告げた。
「給料は……今の相場が分からん。お前が決めろ」
「それ、雇用主として問題があると思いますが……」
「だから、お前に任せる。適正な額を、お前が決めて、俺に請求しろ」
リーネは呆れたような顔をしたが、最終的には頷いた。
「分かりました。月給、銀貨50枚でお願いします」
「それで足りるのか」
「贅沢をしなければ十分です。それに——」
リーネは、どこか楽しそうに微笑んだ。
「この仕事、面白いですから。お金だけが目的なら、ギルドを辞めていません」
拓海は、そういうものか、と思った。
仕事の面白さ。
解体の仕事を始めた頃、自分も同じことを感じていた気がする。壊すことで見えてくる、建物の構造や歴史。分別することで分かる、素材の価値や可能性。
この世界でも、その面白さは変わらない。
いや、むしろ——
「次の依頼、見せてくれ」
「はい。三件あります」
リーネが書類を広げた。
廃墟の解体、廃坑の浄化、倒壊した橋の撤去。
どれも、この世界では「誰も手をつけない」仕事だ。
拓海は、一つ一つの書類に目を通した。
「全部受ける」
「え? 三件同時は無理では——」
「優先順位をつけて、順番にやる。まず、この廃墟から」
「分かりました。準備を始めます」
リーネは書類を持って、奥の机へ向かった。
拓海は、窓の外を見た。
王都バルゼルの喧騒が、遠くに聞こえる。人々の声、馬車の音、商人たちの呼び声。
この世界で、俺は「解体屋」を始めた。
まだ、何も変わっていない。世界の循環は崩れたままだし、放置された汚染源は山ほどある。
だが、一歩は踏み出した。
ここから、一つずつ片付けていく。
壊して、分けて、次に繋げていく。
それが、俺の仕事だ。
桐生解体事務所、正式に開業。
物語は、ここから本格的に動き始める。




