第五章 資源の価値
作業は一週間続いた。
毎日、朝から夕方まで、拓海と村人たちは廃坑の解体作業を進めた。
入り口から50メートルまでの区間は、三日で片付いた。崩れた岩を取り除き、腐った支柱を新しい坑木に交換し、床の穴には丸太を渡して仮の橋を作った。
危険区間の67メートル地点は、ベルグ老人の知恵を借りて補強した。傾いた支柱を新しいもので支え、天井の岩盤が落ちないよう楔を打ち込む。地道で、時間のかかる作業だったが、手順さえ守れば危険は最小限に抑えられた。
そして、七日目。
拓海たちは、ついに汚染源の場所まで到達した。
坑道の奥、約120メートル地点。かつての採掘場だったらしい空間に、それはあった。
「これが……」
ミレーナが息を呑んだ。
壁面に露出した、青白く光る鉱脈。
魔石の原石だ。
だが、その輝きには毒々しさがあった。脈動するように明滅する光。周囲の空気は重く、呼吸するだけで体が重くなるような感覚がある。
「廃棄物鑑定」が自動的に発動した。
【廃棄物鑑定 発動】
対象:未処理魔石鉱脈
素材:魔石(不安定)
総量:推定45kg
危険度:B+(高濃度魔素放出中。長時間曝露で魔素中毒の可能性)
価値:S(適切に安定化処理すれば極めて高価。現状では危険物)
安定化処理の推奨手順:
鉱脈を小分けに切り出す
切り出した塊を浄化水(聖水など)で洗浄
遮蔽容器(鉛または魔導金属製)に密封
専門業者に引き渡し
「これが、村を苦しめていた元凶か」
マルクスが、恨めしそうに鉱脈を睨んだ。
「昔の坑夫たちは、なぜこれを放置したんだ」
「品質が悪かったんだろう」
ベルグ老人が答えた。
「不安定な魔石は、加工が難しい。下手に触ると暴発する。だから、価値がないと判断して、掘り残した」
「価値がない、か」
拓海は鉱脈を見つめた。
確かに、このままでは危険物でしかない。だが、適切に処理すれば——
「価値はある」
「え?」
「この魔石、安定化させれば売れる。しかも、かなり高く」
村人たちが、拓海を見つめた。
「やり方を知っているのか」
「スキルが教えてくれる」
拓海は壁面に近づき、魔石の塊を観察した。
不安定とはいえ、即座に暴発するほど危険ではない。慎重に扱えば、切り出しは可能なはずだ。
「道具が必要だ。鶴嘴と、水を入れた桶と、あとは——」
拓海は作業の段取りを頭の中で組み立てた。
まず、鉱脈の表面に水を打って、魔素の放出を抑える。次に、鶴嘴で慎重に周囲の岩を砕き、魔石を露出させる。そして、小さな塊ごとに切り出し、すぐに水を張った桶に入れて冷やす。
手順は「分別解体」のスキルが示してくれる。あとは、それを忠実に実行するだけだ。
「よし、始めよう」
作業は三日かかった。
魔石の切り出しは、拓海が一人で行った。他の村人には危険すぎる。
代わりに、切り出した塊の運搬と、水の補給を彼らに任せた。
拓海は、一つ一つの塊を丁寧に切り出していく。スキルが示す手順に従い、決して急がず、焦らず。
この感覚は、アスベスト除去に似ている、と拓海は思った。
危険物を扱うとき、最も大切なのは手順を守ることだ。近道をしない。手を抜かない。一つ一つの工程を、確実にこなしていく。
最終的に、約40kgの魔石が回収された。
それらは水に浸けた状態で、臨時の保管庫に運び込まれた。完全な安定化処理には専門の設備が必要だが、ひとまず魔素の放出は抑えられている。
「終わった……」
拓海は汗まみれの顔を手で拭い、坑道の入り口に座り込んだ。
体中が痛い。この一週間、ほとんど休みなしで働き続けた。前世でも相当な重労働だったが、今の体は訓練されていない。筋肉痛と疲労で、指一本動かすのも億劫だ。
「あんた、大丈夫か」
ミレーナが、水の入った革袋を差し出した。
「大丈夫。ちょっと疲れただけだ」
「ちょっとじゃないだろう。一週間、ほとんど寝てないじゃないか」
「……まあな」
拓海は水を受け取り、一気に飲み干した。
冷たい水が、乾いた喉を潤す。体の奥から、少しずつ力が戻ってくる気がした。
「それにしても、すごいな」
マルクスが、保管庫に積まれた魔石の塊を見ながら言った。
「本当にやり遂げるとは思わなかった。正直、途中で諦めると思ってた」
「諦める理由がなかった」
「理由?」
「この廃坑は、片付ければ資源になる。片付けなければ、村を滅ぼす。やるかやらないか、選択肢は一つしかない」
拓海は立ち上がり、体についた土を払った。
「さて、次は商人を呼ばないとな。この魔石、いくらで売れるか」
商人が村に来たのは、その三日後だった。
近隣の町で商売をしているという中年の男。名をヴァンといった。
ヴァンは、保管庫に積まれた魔石を見て、目を丸くした。
「これは……不安定魔石か。どこで手に入れた」
「廃坑から回収した」
「回収? こんな量を? 誰が処理を」
「俺が」
ヴァンは信じられないという目で拓海を見た。
「あんた、何者だ。不安定魔石の切り出しなんて、専門の魔導士でも嫌がる仕事だぞ」
「ただの解体工だ」
「解体工……」
ヴァンは首を傾げたが、それ以上は追及しなかった。商人にとって重要なのは、品物の出所より、品物の価値だ。
「見せてもらっていいか」
「どうぞ」
ヴァンは一つの塊を手に取り、懐から取り出した小さな水晶に近づけた。水晶が淡く光り、ヴァンは何度か頷いた。
「品質は……悪くない。いや、むしろ良い部類だ。安定化処理すれば、十分に使える」
「いくらで買う」
「全部で……そうだな、金貨150枚といったところか」
村人たちがざわめいた。
金貨150枚。拓海にはその価値が分からないが、村人たちの反応を見る限り、相当な額らしい。
ゴルドン村長が、震える声で言った。
「それは……村の三年分の収入に匹敵する」
「三年分?」
「ああ。この村は、良くて年間金貨50枚ほどしか稼げん」
拓海は、改めて魔石の山を見た。
これが、三年分。あの廃坑には、まだ取り残された資源があるかもしれない。坑道の奥には、まだ調査していない区間がある。
「交渉の余地は」
「む?」
「金貨150枚は、安定化処理前の価格だろう。処理費を見込んでいる」
ヴァンの目が、わずかに鋭くなった。
「……そうだ」
「なら、俺たちで安定化処理まで行えば、もっと高く売れるはずだ」
「処理設備があるのか」
「ない。だが、作れる」
拓海は、この一週間で考えていた計画を述べた。
簡易的な安定化炉の設計。村にある素材で代用できる遮蔽容器。必要な工程と、そのコスト。
全て、「分別解体」と「廃棄物鑑定」のスキルが教えてくれた知識だ。
ヴァンは黙って聞いていたが、最後には小さく笑った。
「面白い男だな、あんた」
「買い叩く気か」
「いや。正直に言おう」
ヴァンは腕を組んだ。
「安定化処理済みの不安定魔石なら、金貨250枚は出せる。だが、処理にはリスクが伴う。失敗すれば、全てが無駄になる。確実に150枚を取るか、リスクを負って250枚を目指すか。選ぶのはあんたたちだ」
拓海は村人たちを見回した。
彼らの目には、不安と期待が入り混じっている。
「やる」
拓海は言った。
「処理は俺がやる。失敗したら、俺の責任だ」
「いや」
声を上げたのは、マルクスだった。
「俺たちも手伝う。ここまで一緒にやってきたんだ。最後まで付き合う」
ミレーナも頷いた。
「私も」
「わしも」
ベルグ老人が杖をつきながら言った。
「若い頃、坑夫をやっとった経験が、やっと役に立つ」
拓海は、彼らの顔を一人ずつ見た。
一週間前、この村に来たときは、誰も拓海を信用していなかった。変な格好をした、変な技術を持った、どこから来たか分からない余所者。
それが今、彼らは自分と一緒に働くと言っている。
「……分かった」
拓海は頷いた。
「みんなでやろう」
結果から言えば、処理は成功した。
二週間の作業を経て、全ての魔石が安定化された。
ヴァンは約束通り、金貨250枚を支払った。さらに、回収した魔導銅やその他の金属くずにも追加で金貨30枚が支払われた。
合計、金貨280枚。
村の五年分以上の収入が、たった三週間で手に入ったのだ。
「信じられん」
ゴルドン村長は、テーブルに積まれた金貨を見て呟いた。
「これだけあれば、井戸を掘り直せる。新しい農具も買える。子供たちを町の医者に見せることもできる」
「廃坑の奥には、まだ資源が残っている可能性がある」
拓海は言った。
「調査を続ければ、さらに収益を上げられるかもしれない」
「あんたは……」
村長は、複雑な表情で拓海を見た。
「何者なんだ、本当に」
「ただの解体工です。壊して、分けて、次に繋げる。それだけが、俺にできることです」
その夜、村では小さな宴が開かれた。
拓海は、久しぶりに酒を飲んだ。この世界の酒は、日本のビールより少し甘く、少し重い。だが、労働の後に飲む酒の味は、どの世界でも変わらなかった。
星空の下、村人たちの笑い声を聞きながら、拓海は静かに考えていた。
この一ヶ月で、分かったことがある。
この世界には、「終わらせる」専門家がいない。古いものを壊し、分別し、再利用する——そういう仕事が、文化として存在しない。
だから、廃坑は放置され、魔王城は朽ちるに任され、世界中で「循環の崩壊」が起きている。
俺にできることは、小さい。剣も魔法も使えない、ただの手元工だ。
だが、壊すことならできる。分けることならできる。次に繋げることなら、できる。
それを、一つずつやっていくしかない。
拓海は、夜空を見上げた。
見知らぬ星座が、見知らぬ配置で輝いている。
ここは、もう帰れない場所だ。
ならば、ここで生きていくしかない。
俺の仕事を、この世界で、続けていくしかない。
そう、静かに決意した夜だった。




