第四章 最初の解体
三日間、拓海は廃坑の周辺を徹底的に調査した。
スキル「廃棄物鑑定」と「構造看破」を駆使して、坑道の構造を把握する。魔素汚染の分布を推測する。危険箇所を特定する。
同時に、村人たちからも情報を集めた。廃坑が現役だった頃の話。当時使われていた道具。坑道の配置。何が採掘され、何が放棄されたのか。
断片的な情報が、少しずつ繋がっていく。
「なあ、あんた本気で言ってるのか」
村長の家の前で、若い村人の一人——マルクスという名の農夫——が、呆れたように言った。
「廃坑を『片付ける』だと? そんなこと、どうやってやるんだ」
「順番を決めて、一つずつやる」
拓海は、地面に描いた簡易的な図面を指差した。
「まず、坑道の入り口付近を確保する。崩落の危険がある箇所を補強するか、除去する。次に、浅い部分から順番に汚染源を特定して、回収する。深い部分は、様子を見ながら進める」
「魔物はどうする。中にはゴブリンの一家が棲みついてるって話だぞ」
「そこは……」
拓海は言葉に詰まった。
戦闘能力がない。それが最大のネックだった。
この三日間、何度か小さな魔物——スライムと呼ばれるゼリー状の生き物——と遭遇した。村人たちによると、最弱の部類らしいが、それでも拓海は逃げるしかなかった。
戦えない。
だが——
「俺一人でやるとは言ってない」
拓海は、集まった村人たちを見回した。
「手伝ってくれる人を、募りたい」
沈黙が落ちた。
やがて、一人の老人が口を開いた。かつて廃坑で働いていたという、元坑夫のベルグだ。
「……わしが出ようか」
「ベルグ爺さん、あんた足が悪いだろう」
「足は悪いが、頭はまだ動く。坑道のことなら、誰よりも知っとるよ」
もう一人、中年の女が手を挙げた。
「私も手伝うわ。うちの子が、あの廃坑のせいで熱を出した。何かできるなら、やりたい」
ミレーナという名の、村長の娘だった。
少しずつ、手が挙がり始める。
最終的に、拓海を含めて八人の「作業班」が編成された。
戦闘要員はいない。だが、拓海にはある計画があった。
翌日の早朝。
作業班は廃坑の入り口に集合した。
全員が、農作業用の道具を手にしている。鶴嘴、シャベル、籠、ロープ。拓海が指定したものだ。
「よし、始めよう」
拓海は全員を見渡した。
「最初に言っておく。今日やることは、『解体』じゃない。『調査』と『準備』だ。無理はしない。危険を感じたら、すぐに撤退する。いいな」
全員が頷いた。
「まず、坑道の入り口周辺を片付ける」
廃坑の入り口は、長年の放置で瓦礫と雑草に覆われていた。拓海たちは、それを一つずつ取り除いていく。
作業を進めながら、拓海は「分別解体」のスキルを発動させた。
【分別解体 発動】
対象:坑道入口堆積物
構成要素:
・岩石(花崗 ite系):60%
・腐敗木材:25%
・金属片(鉄、銅):8%
・不明物質(魔素汚染土壌):7%
推奨分解手順:
表層の腐敗木材を除去(発火・飛散注意)
金属片を磁性で選別回収
岩石を粒度別に分類
汚染土壌を最後に回収、密閉保管
「こっちの木材は腐ってる。触るときは手袋をつけろ」
「この石は汚染されてない。向こうの山に積んでくれ」
「鉄くずはまとめて籠に入れろ。後で売れる」
拓海は指示を出し続けた。
最初は戸惑っていた村人たちも、徐々に要領を掴んでいく。言われた通りに分けていけば、確かに作業は効率よく進む。
「すごいな、あんた」
マルクスが、汗を拭きながら言った。
「何がどこにあるか、全部分かってるみたいだ」
「スキルのおかげだ」
「スキル? 鑑定系か。珍しいな」
「そんなところだ」
三時間ほどで、入り口周辺の片付けが完了した。
崩れた岩を取り除き、朽ちた木材を撤去し、金属くずを回収した。坑道の入り口が、ようやく本来の姿を現す。
「さて、ここからが本番だ」
拓海は、暗い坑道の奥を見つめた。
冷たい空気が、坑道の奥から吹き出してくる。魔素の匂い——と言っていいのか分からないが——独特の、金属と苔を混ぜたような気配が、鼻腔を刺激する。
「まず、俺が入る。安全を確認してから、みんなを呼ぶ」
「一人で大丈夫か」
「大丈夫じゃなかったら、すぐ戻る」
松明を手に、拓海は坑道に足を踏み入れた。
闇が、すぐに拓海を包み込んだ。松明の炎が、湿った壁面を橙色に照らす。
「構造看破」を発動する。
【構造看破 発動】
対象:ラウエル村北部廃坑(浅層部)
構造評価:
・入口〜50m区間:比較的安定。軽微な補修で通行可能
・50m〜100m区間:天井部に亀裂あり。崩落リスク:中
・100m〜150m区間:詳細不明。さらなる調査が必要
危険箇所:
・32m地点:床面陥没(深さ約2m)
・67m地点:支柱腐敗により天井が下がっている
・89m地点:魔素濃度上昇。長時間の滞在は不可
情報が流れ込む。拓海は慎重に足を進めながら、坑道の状態を確認していく。
32メートル地点。確かに、床に大きな穴が開いていた。暗くて底は見えないが、落ちたら無事では済まないだろう。
拓海は持っていた石を一つ、穴に投げ込んだ。数秒後、遠くで石が何かに当たる音がした。
「深いな……」
穴の縁に回り込み、さらに奥へ進む。
67メートル地点。天井を支えていたはずの木製の支柱が、半ば朽ちて傾いている。その影響で、天井の岩盤が下がり、通路が狭くなっていた。
かがまないと通れない。しかし、無理に通れば支柱が完全に折れ、天井が落ちてくる可能性がある。
「ここは補修が必要だ」
拓海は引き返す判断をした。
入り口に戻り、村人たちに報告する。
「50メートルまでは問題ない。それ以上は、補修してから入る」
「補修って、できるのか」
「材料があれば。太い木材と、楔と、ロープがいる」
ベルグ老人が頷いた。
「村の倉庫に、昔使ってた坑木がある。まだ使えるかもしれん」
「それを使おう」
その日の作業は、そこで終わりとなった。
だが、収穫はあった。
坑道の入り口で回収した金属くずの中に、予想外のものが混じっていたのだ。
「これは……」
拓海は、泥に汚れた小さな塊を手に取った。「廃棄物鑑定」が自動的に発動する。
【廃棄物鑑定 発動】
対象:不明金属塊
素材:魔導銅
純度:約78%
価値:高(加工品の素材として需要あり)
備考:魔力を通しやすい希少金属。一般的な銅の5〜10倍の市場価格
「魔導銅……」
「なんだそれ」
「希少金属らしい。高く売れる」
拓海は、塊を手のひらで転がした。
拳ほどの大きさ。これ一つで、村の一月分の収入になるかもしれない。
廃坑には、まだこういった資源が眠っている可能性がある。汚染源として放置されていた場所が、実は宝の山だったというわけだ。
「明日も続けよう」
拓海は塊を籠に入れながら言った。
「俺たちは、掃除をしているんじゃない。宝探しをしているんだ」
村人たちの目に、光が宿った。




