第三章 使えないスキル
村は、草原の緩やかな丘を越えた先にあった。
二十軒ほどの家屋が、小川に沿って点在している。壁は木と土で作られ、屋根には灰色の板が敷かれている。煙突から上がる薄い煙が、夕暮れの空に溶けていく。
中世ヨーロッパの農村、というのが拓海の第一印象だった。電線はない。舗装された道路もない。行き交う人々は、麻や革でできた質素な服を着ている。
拓海は村の入り口で足を止めた。
自分の格好を見下ろす。汚れた作業着、安全靴、片方だけの手袋。明らかに浮いている。
だが、今さら変えようもない。拓海は意を決して、村の中へ足を踏み入れた。
すぐに視線を感じた。
畑仕事をしていた男が手を止め、こちらを見ている。井戸端で水を汲んでいた女が、怪訝そうに眉をひそめている。子供たちが、遠巻きにこちらを指差してひそひそ話している。
敵意はない、と拓海は判断した。ただの好奇心と警戒心だ。見慣れない人間が、見慣れない格好で現れれば、当然の反応だろう。
「あの、すみません」
拓海は、近くにいた中年の男に声をかけた。
「ここは、何という村ですか」
男は無言で拓海を見つめた。しばらくして、ゆっくりと口を開く。
「……ラウエル村だ。お前さん、どこから来た」
言葉が通じる。拓海は内心で安堵した。転生特典か何かだろうか。理屈は分からないが、コミュニケーションが取れるだけでありがたい。
「遠くから、旅をしてきました。道に迷って」
「そうか」
男は疑わしげな目で拓海の服装を見た。だが、それ以上追及はしなかった。
「宿はあるか聞きたいが」
「宿屋なんざねえよ。村長に話を聞いてみな。あの大きい家がそうだ」
男が指差した先に、他より一回り大きな家屋があった。拓海は礼を言い、その方向に歩き出した。
村長は、白髪に日焼けした肌の老人だった。名をゴルドンという。
「異国から流れてきた、ということか」
囲炉裏を挟んで向かい合い、拓海は自分の状況を——嘘と真実を織り交ぜながら——説明していた。
「記憶が曖昧で、どうやってここに来たのかも、よく覚えていません」
「ふむ……」
ゴルドンは顎髭を撫でながら、拓海を観察するような目で見た。
「冒険者の類か」
「いえ、戦いは苦手です。どちらかというと、建物を壊したり、物を分解したりする仕事を、以前はしていました」
「壊す仕事?」
「解体工、と言います。古くなった建物を取り壊し、素材を分別して、再利用できるものは再利用する。そういう仕事です」
ゴルドンは怪訝そうに首を傾げた。
「聞いたことのない職業だな。この辺りでは、古い建物は放置するか、火を放って焼くかだ。わざわざ壊す者などおらん」
「放置……ですか」
「ああ。手間がかかる上に、危険だからな。下手に触れば崩れてくるし、ものによっては魔物が棲みつく」
拓海は、神と名乗った存在の言葉を思い出した。この世界には、「処理する」という発想がない、と。
「村長、一つお聞きしたいのですが」
「なんだ」
「この村は、何か問題を抱えていませんか。例えば、近くに放置された建物や、坑道や、そういったものが」
ゴルドンの表情が、わずかに曇った。
「……どうしてそれを」
「勘です」
「勘、か」
ゴルドンはしばらく黙り込んだ。囲炉裏の炎が、パチパチと音を立てて揺れる。
「確かに、問題はある」
老村長は、重い口調で語り始めた。
「この村の北に、古い廃坑がある。百年ほど前、魔石鉱として栄えた坑道だ。だが、掘り尽くして放棄された。それから数十年は何事もなかったが、十年ほど前から、様子がおかしくなった」
「おかしい、とは」
「作物が育たなくなった。井戸水が変な味になった。病人が増えた。特に子供が、原因不明の熱を出すようになった」
拓海は眉をひそめた。
「それは……」
「冒険者ギルドに調査を依頼した。結果、廃坑から『魔素の澱み』が漏れ出しているという。坑道の奥に、処理されていない魔石の残滓が溜まっていて、それが少しずつ地表に染み出しているらしい」
「魔素の澱み……」
「毒のようなものだと思えばいい。濃い魔素は、人体に害をなす。長く浴びれば、体を壊す」
拓海の頭の中で、別の言葉が浮かんだ。魔素汚染。環境汚染と似たようなものだろう。
「対処は、されていないんですか」
「金がない」
ゴルドンは苦々しく言った。
「冒険者ギルドに頼もうにも、この程度の依頼では報酬を出せん。村の年間収入の数倍はかかると言われた。かといって、領主に訴えても、辺境の村一つのために動いてはくれん」
「だから、放置している」
「……そうだ」
沈黙が落ちた。
拓海は、この数時間で得た情報を整理した。
魔素という未知のエネルギー。それが循環を崩し、環境を汚染している。この村では、廃坑がその原因になっている。しかし、対処する金も人もない。
神が言っていたことは、どうやら本当らしい。この世界には、「終わらせる」専門家がいない。
「村長」
拓海は口を開いた。
「その廃坑を、俺に見せてもらえませんか」
「見て、どうする」
「もしかしたら、俺に何かできることがあるかもしれません」
ゴルドンは訝しげな目で拓海を見た。
「お前さん、さっき戦いは苦手だと言っただろう。廃坑には魔物も出る。危険だぞ」
「中に入るとは言っていません。外から見るだけです。まず、状況を把握しないと、何もできませんから」
「……変わった男だな」
「よく言われます」
翌朝、拓海は村の若者に案内されて、廃坑の入り口を訪れた。
そこは、村から北に歩いて半刻ほどの場所にあった。丘の斜面に開いた暗い穴。周囲の草は枯れ、土は灰色に変色している。汚染の影響が、目に見える形で現れていた。
拓海は廃坑の入り口に近づき、じっと観察した。
そのとき、視界に薄青い光が現れた。
【廃棄物鑑定 発動】
対象:ラウエル村北部廃坑
構造:魔石採掘坑。深度推定50m、総延長約300m
汚染源:未処理魔石残滓(推定量30kg)、腐敗した坑道支柱(木材)、崩落した岩盤
危険度:C(局所的な魔素汚染。人体への影響あり。魔物出現可能性:中)
資源価値:B(未採掘魔石、金属くず、木材。適切な分別により有価資源化可能)
情報が、頭の中に流れ込んでくる。
スキルだ。あの神から与えられた力が、実際に機能している。
「こいつは……」
拓海は呟いた。
汚染の原因は、坑道の奥に残された未処理の魔石残滓。おそらく、採掘時に価値が低いとして放置されたものが、長い年月をかけて魔素を放出し続けているのだろう。
対処法は、シンプルだ。汚染源を特定し、除去し、適切に処理する。解体工事でいうところの、内装解体と分別処理と同じ手順。
問題は、それを実行する手段だ。
廃坑の中に入るには、魔物への対処が必要だ。しかし、拓海には戦闘能力がない。
試しに、自分のステータスを意識してみた。
【ステータス】
名前:桐生拓海
種族:人間(異世界人)
レベル:1
HP:45
MP:32
筋力:8
耐久:10
敏捷:7
魔力:5
幸運:6
スキル:分別解体Lv.1、廃棄物鑑定Lv.1、重機召喚Lv.1、構造看破Lv.1
数字の意味は分からないが、直感的に、これが「低い」値であることは理解できた。レベル1。おそらく、この世界の住人の中でも最低クラスだろう。
戦えない。
だが、見える。
廃坑の構造が、危険箇所が、そして資源の在処が、スキルを通じてはっきりと見える。
拓海は、改めて廃坑の入り口を見つめた。
崩れかけた坑道。枯れた草。灰色の土。
これを、どうやって片付けるか。
手元の俺に、何ができるか。
考えろ。
現場を見て、手順を考えて、一つずつ片付けていく。
それが、俺の仕事だ。




