第二十一章 故郷の記憶
ある夜、拓海は一人で月を見上げていた。
ギルドの屋上。王都の喧騒は遠く、夜風が心地よく吹いている。
ふと、日本での生活を思い出した。
解体現場の朝。缶コーヒーの匂い。重機のエンジン音。先輩たちの怒鳴り声。汗と埃にまみれた一日の終わりに飲むビールの味。
あの崩落事故の日。何が起きたのか。自分は本当に死んだのか。あの世界では、どう報道されたのか。誰かが悲しんでくれただろうか。
「考え事?」
声がして、振り返ると、シルフィが浮かんでいた。
「ああ。少しな」
「どんな?」
「……昔のことを、思い出していた」
シルフィは、拓海の隣に降り立った。
「前の世界のこと?」
「ああ」
「どんな世界だった?」
「……魔法はなかった。代わりに、機械がたくさんあった。空を飛ぶ乗り物とか、世界中の人と話せる道具とか」
「すごいね」
「そうかもな。でも、根っこは同じだった。人が生きて、働いて、笑って、泣いて。古いものが壊されて、新しいものが作られて。その繰り返し」
拓海は、月を見上げた。
「帰りたいか、と聞かれることがある」
「……」
「正直、分からない。あの世界には、思い出がある。でも、この世界にも——」
拓海は、言葉を切った。
「——居場所が、ある」
「そう」
シルフィは、静かに微笑んだ。
「私は、たくみがここにいてくれて、嬉しい」
「……ありがとう」
「だって、たくみがいなかったら、私の森は、汚れたまま放置されてた。私も、消えてたかもしれない」
「……」
「たくみは、終わりを綺麗にしてくれる。それは、新しい始まりを作ることなんだって、私、今は分かる。だから——」
シルフィは、拓海の手を握った。
小さな、温かい手だった。
「——ここにいてね。私たちと一緒に」
拓海は、シルフィの顔を見た。
月明かりに照らされた、透き通るような顔。
「ああ」
拓海は、頷いた。
「ここが、俺の居場所だ。もう、迷わない」




