第十九章 英雄の名
魔王城攻略の成功は、瞬く間に世界中に広まった。
千年間、誰も手をつけられなかった魔王城。それを、一介の解体工が攻略した。
王都では、拓海を讃える式典が開かれた。
王宮の大広間。貴族、騎士、学者、商人——あらゆる階層の人々が集まり、拓海を「英雄」として称えた。
「桐生拓海殿。貴殿の功績は、永遠に歴史に刻まれるであろう」
国王自らが、拓海の前に立ち、称号を授けた。
「貴殿には、『魔王を滅ぼした者』の称号と、王国騎士爵の地位を授ける」
騎士爵。平民から一代限りの貴族に叙される、名誉ある地位だ。
だが、拓海はその言葉を聞いて、複雑な表情を浮かべた。
「……恐れ入ります。ですが——」
「なんだ」
「俺は、魔王を『滅ぼした』わけではありません。ただ、『解体』しただけです。戦って勝ったわけではない。仕事をしただけです」
大広間がざわついた。
国王は、しばらく拓海を見つめた。
やがて、小さく笑った。
「謙虚な男だ。だが、結果は変わらない。貴殿は、千年間誰もできなかったことを成し遂げた。その事実は、揺るがない」
「……」
「称号を受けるかどうかは、貴殿の自由だ。だが、王国としては、貴殿の功績を正式に認めたい。それだけは、受け入れてほしい」
拓海は、深く息を吐いた。
「分かりました。ありがたく、受けさせていただきます」
「うむ。よろしい」
式典は、盛大に行われた。
だが、拓海の心は晴れなかった。
式典の後、拓海は一人で王宮の庭を歩いていた。
夜空には星が瞬き、噴水の音が静かに響いている。
「考え事か」
声がして、振り返ると、クレアが立っていた。
「ああ。少しな」
「何を考えている」
「……自分が、英雄と呼ばれることに、違和感がある」
拓海は、空を見上げた。
「俺は、戦っていない。魔王と剣を交えたわけでも、魔法で撃ち合ったわけでもない。ただ、体を解体しただけだ。それが、英雄の所業か?」
「……」
「お前たちの方が、よほど英雄にふさわしい。骸骨の群れと戦い、命を懸けて時間を稼いでくれた。俺は、その間に作業をしていただけだ」
クレアは、しばらく黙っていた。
やがて、静かに口を開いた。
「私は、以前、お前の仕事を見下していた」
「ああ、知ってる」
「壊すだけの仕事。誰にでもできる、下賎な仕事。そう思っていた」
「……」
「だが、今は違う。お前の仕事は、誰にもできない仕事だ。終わらせること。片付けること。それは、戦うことと同じくらい——いや、もしかしたらそれ以上に、重要な仕事だ」
クレアは、拓海の隣に立った。
「英雄とは、何も剣を振るう者だけではない。誰もできないことをする者。誰も見ようとしないものを見る者。それも、英雄だ」
「……」
「お前は、英雄だ。桐生拓海。少なくとも、私はそう思う」
拓海は、クレアを見た。
彼女の目は、真剣だった。
「……ありがとう」
拓海は、小さく笑った。
「少し、楽になった」
「そうか」
「ただ——」
拓海は、再び空を見上げた。
「——俺は、英雄になりたいわけじゃない。ただ、仕事をしたいだけだ。壊して、分けて、次に繋げる。それが、俺のやりたいことだ」
「なら、そうすればいい」
「ああ。そうする」
二人は、しばらく無言で夜空を見上げていた。
やがて、クレアが口を開いた。
「次の仕事は、何だ」
「まだ決めていない。でも、依頼は山ほどある。魔王城の成功で、世界中から問い合わせが来ている」
「忙しくなりそうだな」
「ああ。でも、それでいい」
拓海は、拳を握りしめた。
「まだ、終わっていない。この世界には、片付けるべきものが、まだたくさんある。俺の仕事は、これからだ」




