第十八章 最後の仕事
封印が、解けていく。
石棺に巻きついていた鎖が、一本ずつ砕け散る。紋様が消え、魔法陣の光が薄れていく。
そして——棺の蓋が、わずかに動いた。
「今だ!」
拓海とドルグが、棺の蓋に手をかけた。
重い。信じられないほど重い。二人がかりでも、ほとんど動かない。
「シルフィ!」
「分かった!」
シルフィが風を操り、蓋を持ち上げる力を加えた。
ゆっくりと、蓋がずれていく。隙間から、冷たい空気が溢れ出す。そして——
魔王の顔が、見えた。
それは、人間とは似て非なる存在だった。
灰色の肌。尖った耳。閉じられた目。口元には、鋭い牙が覗いている。体は巨大で、棺の中にぴったりと収まっている。
そして——その胸部が、淡く光っていた。
魔核だ。
拓海は、躊躇わなかった。
棺の縁に足をかけ、魔王の体の上に乗り上がった。
「桐生!」
リーネの悲鳴が聞こえた。だが、振り返る余裕はなかった。
魔王の胸部に、「分別解体」を発動する。
【分別解体 発動】
対象:魔王ヴォルガスの胸部
構成要素:
・皮膚層:魔素強化された表皮。硬度は鋼鉄に匹敵
・筋肉層:複数の筋繊維が絡み合った構造。切断には特殊な刃が必要
・骨格:魔導金属が融合した骨。通常の道具では傷つかない
・魔核:心臓の位置に存在。直径約15cm。取り出しには胸骨の切開が必要
推奨分解手順:
皮膚を切開(魔導刃が必要)
筋肉層を分離
胸骨を切断
魔核を摘出
「ドルグ! 魔導刃を!」
「ほらよ!」
ドルグが、腰から小さな刃物を投げてきた。
拓海はそれを受け取った。ドルグが特別に作った、魔導金属製の解体ナイフだ。どんな硬い素材でも切れるよう設計されている。
魔王の胸に、刃を当てる。
切れる。
皮膚が裂け、黒い血が溢れ出す。
その瞬間——魔王の目が、開いた。
『——ッ!』
巨大な手が、拓海を掴もうと伸びてきた。
だが、シルフィの風が、その手を押し返した。
「たくみ、早く!」
「分かってる!」
拓海は、作業を続けた。
皮膚を切り開き、筋肉を分離し、胸骨に到達する。
魔王が暴れている。封印が解けて、徐々に力が戻ってきている。シルフィの風だけでは、もう抑えきれない。
「時間がない!」
エルドランが叫んだ。
「あと数秒で、完全に目覚める!」
胸骨を切断する。
硬い。魔導金属が融合した骨は、容易には切れない。
だが、拓海は諦めなかった。
全身の力を込めて、刃を押し込む。
骨が、軋みながら裂けていく。
そして——魔核が、露出した。
それは、拳よりも大きな、黒く輝く結晶だった。脈動するように明滅し、禍々しい力を放っている。
拓海は、手を伸ばした。
魔核に触れた瞬間、凄まじい衝撃が全身を貫いた。
熱い。冷たい。痛い。心地いい——あらゆる感覚が同時に襲いかかり、意識が飛びそうになる。
だが、手は離さなかった。
魔核を掴み、引き抜く。
ズルリ、と音を立てて、結晶が魔王の体から外れた。
その瞬間——魔王の動きが、止まった。
『……な……に……』
驚愕の声が、頭の中に響いた。
『我の……力が……消えて……』
「終わりだ」
拓海は、魔核を握りしめながら言った。
「お前の仕事は、終わった。もう、眠れ」
『……そう……か……』
魔王の声は、急速に弱まっていった。
『終わり……か。千年……待った……甲斐が……あった……』
「待っていた?」
『ああ……我は……終わりを……待っていた……勇者は……我を……殺せなかった……だから……ずっと……この……中で……』
声が途切れ途切れになる。
『……苦しかった……眠りながら……夢を……見続けるのは……終わりのない……悪夢の……ようだった……』
拓海は、黙って聞いていた。
『……感謝……する……人の子よ……ようやく……我は……終われる……』
そして、声は消えた。
魔王ヴォルガスは、千年の眠りから解放され、真の終わりを迎えた。
魔核を取り出した後、拓海は魔王の遺体を完全に解体した。
骨、肉、内臓——全てを分離し、適切に処理していく。
魔核は、エルドランが用意した特殊な容器に封印された。完全に破壊するには、さらなる研究が必要だという。
遺体の残骸は、聖なる炎で浄化された。クレアたち騎士団の仕事だ。今度は、拓海の分別解体によって危険物質が除去されているため、汚染の心配はなかった。
魔王城攻略プロジェクトは、こうして幕を閉じた。
総工期、二年三ヶ月。
死者、ゼロ。
負傷者、十七名(全員回復済み)。
回収資源、金貨換算で約五万枚相当。
そして——千年間、世界を蝕んでいた魔素汚染が、止まった。




