第十三章 伝説の廃墟
汚染地域の浄化が完了した頃、王宮から新たな依頼が届いた。
依頼書を読んだリーネの顔が、見る見るうちに青ざめた。
「これは……」
「どうした」
「魔王城の解体依頼です」
魔王城。
千年前、勇者が魔王を討ち果たした古戦場。
その城は、討伐後も残り続け、今では世界最悪の魔素汚染源として恐れられていた。
「詳しく教えてくれ」
拓海は、依頼書に目を通しながら言った。
リーネは、震える声で説明した。
「千年前、勇者アルベルトが魔王ヴォルガスを討伐しました。これは、子供でも知っている伝説です。ただ——」
「ただ?」
「魔王の遺体は、そのまま城に残されています。誰も処理しなかったんです。勇者は討伐後すぐに姿を消し、後の者たちは城に近づくことさえできなかった」
「なぜ?」
「汚染です。魔王の遺体から漏れ出す魔素が、周囲を汚染し続けています。城の半径十キロは完全な死の土地。魔物も住めないほどの高濃度汚染地帯です」
拓海は、窓の外を見た。
王都の喧騒が、いつもと変わらず聞こえる。
「その城を、俺たちに解体しろと」
「はい。王国は、何度も冒険者や騎士団を派遣しましたが、全て失敗しています。汚染で全滅するか、城の罠で死ぬか、魔物に殺されるか。過去百年で、数百人が命を落としています」
「……」
「断ることもできます。これは、通常の依頼ではありません。国家事業です。断っても、評判に傷はつきません」
拓海は、しばらく黙っていた。
やがて、口を開いた。
「現地を見に行こう」
「え?」
「見もしないで判断はできない。まず、見る。それからだ」
三日後、拓海は魔王城の遠景を目にした。
それは、山の頂に聳える黒い城だった。
五つの尖塔が、曇天の空を突き刺すように伸びている。城壁は黒曜石のように光り、窓からは禍々しい紫色の光が漏れている。
周囲の土地は、文字通り「死んでいた」。木々は枯れ果て、草一本生えず、動物の姿もない。灰色の大地が、城から放射状に広がっている。
「これは……」
シルフィが、顔を背けた。
「近づきたくない。あそこからは、『死』の匂いがする」
「無理に来なくていい」
「ううん、大丈夫。たくみが行くなら、私も行く」
拓海は、「構造看破」を発動した。
【構造看破 発動】
対象:魔王城ヴォルガストゥルム
構造評価:
・主城:五層構造。地下も存在(詳細不明)
・城壁:三重。部分的に崩壊
・尖塔:五基。うち二基は傾斜あり
・全体状態:千年の経過にも関わらず、主要構造は健全。魔法的な補強が施されている
危険箇所:
・城全域:高濃度魔素汚染
・地下:魔王の遺体が安置されている可能性
・各所:古代の罠が稼働中
推定解体難易度:S(最高難度)
推定工期:不明(数年単位の可能性)
「最高難度、か……」
拓海は呟いた。
今まで手がけてきた現場とは、桁が違う。廃坑も、古城も、魔導工房跡地も——この城に比べれば、子供のおもちゃのようなものだ。
だが——
「やるか、やらないか」
拓海は、自分に問いかけた。
答えは、最初から決まっていた。
「やる」
リーネが、驚いた顔で振り返った。
「本当ですか?」
「ああ。ただし、準備に時間をかける。調査を徹底して、計画を立てて、人員と資材を揃えてから着手する。急いで失敗するくらいなら、時間をかけて成功させる」
「分かりました。王宮には、そのように報告します」
拓海は、魔王城を見つめた。
黒い城が、曇天の下で静かに佇んでいる。
千年間、誰も終わらせることができなかった城。
それを、俺が終わらせる。
心の奥で、静かな決意が固まった。




