第十一章 騎士との対立
秋も深まった頃、王国騎士団との衝突が起きた。
きっかけは、王都近郊の汚染地域をめぐる管轄争いだった。
その地域は、かつて魔導工房が建ち並んでいた場所だ。大規模な事故で壊滅した後、五十年以上放置され、今では周囲数キロにわたって魔素汚染が広がっていた。
王国は、この地域の浄化を決定した。
担当を任されたのは、王国騎士団「浄化部隊」。そして——桐生解体事務所だった。
「なぜ、民間の業者が?」
浄化部隊の隊長、クレア・ソルヴェイグは、不快感を隠さずに言った。
二十代半ばの女性騎士だった。金色の髪を短く切り揃え、鎧の上からでも分かる引き締まった体つき。目は氷のように冷たく、口元は常に引き結ばれている。
「これは国家の仕事です。下賎な……失礼、民間の業者の出る幕ではありません」
「命令は王宮から出ています」
リーネが、冷静に応じた。
「桐生解体事務所は、廃墟解体と魔素汚染処理の実績を評価され、正式に委託を受けました。騎士団との合同作業という形ですが、対等な立場です」
「対等?」
クレアは、拓海を見た。
その目には、明らかな軽蔑があった。
「剣も持てない、魔法も使えない、ただ建物を壊すだけの……そんな者と、我々が対等だと?」
「……」
拓海は、黙ってクレアを見つめた。
反論はしなかった。しても意味がないことは、経験上分かっていた。
この手の相手には、言葉ではなく結果で示すしかない。
「とりあえず、現場を見よう」
拓海は、汚染地域に向かって歩き出した。
魔導工房跡地は、想像以上に荒廃していた。
崩れた建物、錆びた機械、散乱した瓦礫。そして、全てを覆う灰色の粉塵。大気中の魔素濃度が高く、長時間滞在すると体調を崩す危険がある。
「ひどい……」
シルフィが、顔をしかめた。
「空気が汚れてる。これじゃ、風を操っても苦しい」
「できる範囲でいい。無理はするな」
「うん……」
拓海は「廃棄物鑑定」を発動し、汚染の分布を把握した。
汚染源は複数ある。工房の残骸に残された魔導炉、地下に染み込んだ廃液、そして——中央の大きな穴。かつての事故で爆発が起きた場所らしく、そこから最も強い魔素が漏れ出している。
「まず、外側から片付ける」
拓海は、作業計画を立てた。
「汚染が弱い周辺部から解体して、徐々に中心に向かう。中央の穴は最後だ。魔物が出る可能性があるから、騎士団に警備を任せる」
「我々に指図するつもりか」
クレアが、鋭い声を上げた。
「浄化部隊のやり方は決まっている。聖なる炎で焼き払う。それが最も効率的だ」
「焼き払う?」
「そうだ。汚染された物質は、聖なる炎で燃やせば浄化される。分別などという面倒な手順は不要だ」
拓海は、眉をひそめた。
「待ってくれ。燃やしたら——」
「何だ」
「燃やしたら、魔素が大気中に拡散する。汚染が広がるだけだ」
「何を根拠に」
「経験だ。俺の世界でも、有害物質を焼却処理して、大気汚染を引き起こした事例がいくつもある。ここの魔素も同じだ。燃やせば消えるわけじゃない。形を変えて、広がるだけだ」
クレアは、拓海を睨みつけた。
「あなたの『世界』の話など、知ったことではない。ここはテルミナだ。聖なる炎による浄化は、教会が認めた正式な手法だ。それを否定するつもりか」
「否定はしない。ただ——」
「ならば、黙っていろ」
クレアは、部下たちに命じた。
「準備を始めろ。明日から浄化を開始する」
翌日、浄化部隊による「浄化」が始まった。
騎士たちは、聖なる炎——教会から授けられた特殊な魔法火——を用いて、汚染された建物を次々と焼き払っていった。
炎は確かに、目に見える汚染物質を消し去った。崩れた建物は灰になり、錆びた機械は溶けて消えた。
だが——
「見ろ」
拓海は、風下に立つシルフィに言った。
「何が見える」
「……煙」
シルフィの顔が曇った。
「黒い煙。魔素を含んだ煙が、風に乗って流れていく」
「どこへ?」
「南へ。あっちには……村がある」
三日後、報告が入った。
南の村で、原因不明の体調不良を訴える者が続出している。症状は魔素中毒に酷似しているという。
「これは……」
報告を聞いたクレアの顔から、血の気が引いた。
「なぜだ。聖なる炎で浄化したはずなのに……」
「言っただろう」
拓海は、静かに言った。
「燃やしても、魔素は消えない。形を変えて、広がるだけだ」
「……」
「騎士団のやり方は、見た目には効果がある。だが、問題を別の場所に移しているだけだ。根本的な解決にはならない」
クレアは、拓海を睨んだ。
だが、その目には、先日までの軽蔑はなかった。代わりに、困惑と、かすかな疑問があった。
「では、どうすればいい」
「俺のやり方でやらせてくれ」
「……」
「時間はかかる。手間もかかる。だが、汚染を広げずに処理できる」
長い沈黙の後、クレアは小さく頷いた。
「分かった。やってみろ」




