第十章 貴族の依頼
開業から半年が過ぎた頃、初めて貴族からの依頼が入った。
依頼主は、バルテルス子爵という中年の男だった。王都から馬車で一日の距離にある領地を治める、中堅の貴族だ。
依頼の内容は、領地内にある古城の解体だった。
「先祖代々の居城だったのですが……」
バルテルス子爵は、疲れた表情で語った。
「百年ほど前に、新しい館を建てて移り住みました。以来、古城は放置されていたのですが、近年、魔物が棲みつくようになりまして」
「魔物の被害が?」
「直接の被害はありません。ただ、領民たちが怖がって、周辺の農地に近づかなくなりました。作付面積が減り、収穫量が落ちています。このままでは、領地の経営に支障が出ます」
「なるほど」
拓海は、子爵から渡された図面を見た。
城は、小高い丘の上に建てられていた。四角い主塔と、それを囲む城壁。典型的な中世の城塞だ。
「冒険者ギルドには依頼しなかったのですか?」
「しました。魔物の討伐は完了しています。ただ——」
子爵は、言葉を濁した。
「——城自体は、そのままです。討伐しても、また新しい魔物が棲みつく。根本的な解決にはなりません」
「だから、解体を」
「はい。費用は惜しみません。領地の安全のためなら、多少の出費は覚悟しています」
拓海は、リーネと目を合わせた。
貴族からの依頼。それも、「費用は惜しまない」という言葉つきだ。断る理由はない。
「承りました」
翌週、拓海は現地調査に向かった。
古城は、確かに廃墟と化していた。
城壁は半ば崩れ、主塔の屋根は抜け落ち、窓からは蔦が垂れ下がっている。周囲には、かつての庭園だったらしい空間が広がっているが、今では雑草と野生の木々に覆われていた。
「百年放置すると、こうなるのか……」
拓海は「構造看破」を発動した。
【構造看破 発動】
対象:バルテルス旧城
構造評価:
・主塔:石造り。基礎は健全だが、上層部は崩壊の危険あり
・城壁:東側は完全崩壊。西側と南側は部分的に健全
・地下:存在を確認。詳細は不明
危険箇所:
・主塔3階:床が腐食、踏み抜きの危険
・城壁北西角:傾斜あり、いつ倒壊してもおかしくない
・地下入口:封鎖されている。何かが隠されている可能性
「地下……」
拓海は、主塔の足元を見つめた。
確かに、地下への入口らしき場所がある。だが、大きな石で塞がれ、蔦に覆われて、一見すると分からないようになっている。
意図的に隠されている。
それは、何か理由があるということだ。
「どうします?」
リーネが尋ねた。
「まず、子爵に確認する。地下について、何か知っているかもしれない」
子爵の反応は、予想外だった。
「地下? そのような場所は——」
一瞬の動揺。すぐに取り繕う表情。だが、拓海は見逃さなかった。
「——存じ上げません」
「そうですか」
拓海は、それ以上追及しなかった。
だが、心の中にはメモを残した。隠している。何かを。
解体作業は、予定通り進んだ。
まず、崩壊の危険がある部分を優先的に処理した。北西の城壁、主塔の上層部。重機とシルフィの風の力を駆使して、安全に解体していく。
回収された石材は、状態の良いものは建築資材として売却された。鉄くずや銅管も、ドルグが喜んで引き取った。
そして、作業が地下入口に差し掛かったとき——問題が起きた。
「これは……」
拓海は、塞がれていた石を取り除いた先に広がる空間を見下ろした。
階段があった。暗い地下へと続く、石造りの階段。
「廃棄物鑑定」を発動する。
【廃棄物鑑定 発動】
対象:バルテルス旧城地下空間
構造:地下室。推定面積50㎡
内容物:
・金属製の箱(複数)
・書類(大量)
・人骨(少量)
危険度:不明
資源価値:不明
備考:魔素反応なし。物理的な危険も低い。ただし、内容物の性質上、慎重な扱いが必要
「人骨……」
リーネが息を呑んだ。
拓海は、松明を手に階段を降りた。
地下室は、予想よりも広かった。壁には棚が設えられ、そこに金属製の箱がいくつも並んでいる。奥の壁際には、崩れた机と椅子。そして——床の隅に、布に包まれた何かが転がっていた。
布を解くと、白骨化した遺体が現れた。
成人男性のものと思われる骨格。傍らには、錆びた短剣と、朽ちかけた革袋があった。
「誰だ、これは……」
拓海は、棚の箱を一つ開けた。
中には、古い書類が詰まっていた。黄ばんだ羊皮紙に、細かい文字がびっしりと書かれている。
リーネがその一枚を手に取り、読み始めた。
やがて、彼女の顔色が変わった。
「これは……」
「何が書いてある」
「帳簿です。百年以上前の、バルテルス家の帳簿。そして——」
リーネは、別の書類を広げた。
「——領民への不当な課税記録。脱税の証拠。賄賂の受け渡しリスト……」
「バルテルス家の黒い歴史、か」
「そうです。おそらく、当時の当主がこの地下室に隠していた。そして——」
リーネは、白骨を見た。
「——この人は、秘密を知っていたから、消されたのかもしれません」
沈黙が落ちた。
松明の炎が、壁に揺れる影を投げかけている。
「どうします?」
リーネが尋ねた。
「報告すれば、子爵家は没落するかもしれません。百年前のこととはいえ、これだけの証拠があれば……」
「……」
拓海は、書類と白骨を交互に見つめた。
解体の仕事は、「壊す」だけではない。壊す過程で、様々なものが出てくる。家の主が隠していたもの。忘れられていたもの。見られたくなかったもの。
それを、どう扱うか。
日本でも、解体中に古い写真や遺品が出てくることがあった。それらは丁寧に施主に返した。それが、解体工の礼儀だった。
だが、これは——犯罪の証拠だ。
「子爵を呼んでくれ」
拓海は言った。
「ここで、話をする」
バルテルス子爵は、地下室の光景を見て、顔を青ざめさせた。
「これは……」
「知っていたんですね」
「……」
子爵は答えなかった。だが、その沈黙が、答えだった。
「祖父から聞いていました」
長い沈黙の後、子爵は口を開いた。
「曽祖父の時代、家は借金で首が回らなくなっていた。だから、不正な手段で金を集めた。その証拠は全て、この地下室に隠されている、と」
「この遺体は?」
「帳簿係だったそうです。口封じのために……」
子爵は、膝から崩れ落ちた。
「私は、見て見ぬふりをしてきました。過去のことだと。自分には関係ないと。だから、新しい館に移り住み、この城を放置した。目に入らなければ、なかったことにできると思った」
「……」
「ですが、桐生殿。あなたに依頼した時点で、私は覚悟していました。この城を解体すれば、いつか地下室が見つかると。そのとき、全てが明るみに出ると」
子爵は、顔を上げた。
その目には、諦めと、どこか解放されたような光があった。
「もう、隠し続けることに疲れたのです。この秘密を抱えて生きていくことに。だから——」
「だから、俺に解体を依頼した」
「はい。あなたなら、きちんと終わらせてくれると思いました」
拓海は、しばらく子爵を見つめた。
やがて、口を開いた。
「この書類と遺体、どうするかは、あなたが決めることです」
「私が?」
「俺の仕事は、建物を解体することです。中から何が出てきたかを、外部に報告する義務はない。ただ——」
拓海は、白骨を見た。
「——この人には、弔いが必要だと思います。百年以上、ここに閉じ込められていた。せめて、きちんと埋葬してやるべきです」
子爵は、静かに頷いた。
「……分かりました。全て、私が処理します。書類は王都に提出し、遺体は丁重に弔います。その上で、どのような処分を受けても、甘んじて受け入れます」
「本当に、いいんですか」
「ええ。これで、ようやく楽になれます」
子爵は、深い息を吐いた。
「壊すことは、過去を暴くことでもある。あなたは、そう仰いましたね」
「言いましたか、そんなこと」
「リーネ殿から聞きました。本当に、その通りだと思います」
解体作業は、予定通り完了した。
子爵は約束通り、書類を王都に提出した。結果、バルテルス家には過去の不正に対する罰金が科せられたが、現当主には直接の責任がないとされ、爵位は剥奪されなかった。
帳簿係だった男の遺体は、領地の教会で丁重に弔われた。彼の子孫が見つかり、百年越しの真実を知らされたという。
古城があった丘は、更地になった。
そこには今、新しい農地が広がっている。




