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魔力ゼロ聖女は理屈で奇跡を起こす

作者: さこ丸
掲載日:2025/12/19

私、ミア・クロフォードには、前世「日本」の記憶がある。


転生先は、辺境の貧乏公爵家。

せっかく貴族になったのに、貧乏…うう、辛い。 

でも、この世界には、「魔法」があった!


(魔法を使って無双とか?!きゃー、転生チートとかきっとあるよね、楽しみ!)


幼い頃はそりゃぁいつ魔法に目覚めるかとワクワクしていた。


「私が聖女になって、みんなを救うの!」

「勇者になってドラゴンを倒して見せる!」


と宣言したり、浮かれきっていた。

 

が、5歳の時、教会の魔力検査で判明した事実は残酷だった。


 『魔力ゼロ』


この世界では、魔法は神の御業と呼ばれ、一般市民でも火種程度の魔力は持っている。

ゼロというのは、神に愛されない存在、欠陥品扱いだった。


幸い家族は、貴族にしては珍しく愛情深く、私を変わらず愛してくれた。

しかし前世知識から魔法への憧れが人一倍強かったこと、そして魔力無双を散々宣言していた黒歴史が重くのしかかり、しばらく立ち直れなかった。 





私が7歳になった年、領地を未曾有の冷害と飢饉が襲った。

作物は枯れ、領民たちは痩せ細り、父様と母様は金策に走り回って過労で倒れそうだった。


見ていられない。

私に魔力があれば何か役に立てるかもしれないのに…



いや、魔法がダメでも…私には前世「高校の化学教師」の知識がある!


私は領主の娘だ。

目の前で領民が苦しんでいるのを、指をくわえて見ているなんてできない!


私は父様の書斎に忍び込み、領地の土壌データを盗み見た。

(……やっぱり。連作障害と、酸性土壌。これじゃ作物が育つわけがない)


私は行動を開始した。

台所から草木灰カリウムを盗み、家畜小屋から骨粉(リン酸)を集め、弟のカイル(当時5歳・すでに魔力の片鱗を見せていた天才児)を捕まえた。


「カイル、お姉ちゃんと実験しましょう?」

「うん! なにすゆの?」

「この空気中の窒素を、アンモニアに変えるのよ。ハーバー・ボッシュ法の真似事よ!」


私はカイルの魔力を触媒代わりに使い、簡易的な窒素肥料を生成した。さらに石灰岩を砕いて土に撒き、酸性度を中和した。

毎晩毎晩、泥だらけになって畑を改良した。


そして、収穫の時期。

周囲の村が全滅する中、私たちの管理した畑だけが、黄金色の小麦で埋め尽くされたのだ。


「奇跡だ……! 神の祝福だ!」

「ミア様が、毎晩畑で祈りを捧げておられたのを見たぞ!」

「あの方が歩いた後から、麦が蘇ったんだ!」


領民たちが泣きながら私を拝む。

違う。これは窒素とリン酸とカリウムの黄金比のおかげだ。

そう説明しようとした時、父様が青ざめた顔で私の口を塞いだ。


「……ミア。誰にも『化学』の話をしてはいけない」

「えっ、どうして?」

「この国で、神の御業たる魔法以外で理りを変える行為は異端とされる。……お前がやったことがバレれば、教会に処刑されるぞ」



詰んだ。

領地を救った英雄から、一転して火あぶりの異端者へ。


生き残る道は一つ。

「これは女神様から授かった聖なる奇跡です」

嘘をつき通し、聖女として振る舞うことだけだった。





それから10年。

私のついた「嘘」は、雪だるま式に膨れ上がり、私はいつの間にか「王国の筆頭聖女」として王都の大聖堂に君臨していた。

民衆の希望に満ちた目を見るたび、胸と胃が痛むと同時に、「絶対に失敗できない」という覚悟が決まる。



夜。公爵邸のリビングにて、緊急家族会議が開かれていた。


「……ミア。今日の『聖水による疫病退散』の儀式だが」


父様が胃薬を水で流し込みながら呻く。


「はい、お父様。井戸水を煮沸して、殺菌作用のあるハーブを入れただけです」

「民衆は『聖女様が水に口づけをした瞬間、光り輝いた』と言っているが?」

「あ、それは演出です。懐中電灯(カイルに作らせた魔道具)で下から照らしました」


母様がオロオロと涙を流す。

「ミアちゃん、もうやめましょう? 毎日綱渡りよ……お母様、貴女が断罪される夢を見て、白髪が増えそうなの」


「ごめんなさいお母様。でも今引退したら、『聖女がいなくなったから国が亡びる』ってパニックになるわ。引くに引けないの」


そして、ソファーの端で死んだ魚のような目をしているのが、弟のカイル(15歳)だ。

国内屈指の魔力量を持つ天才魔導師でありながら、姉の尻拭い専門係である。


「……姉さん。今日の『光る水』、魔力偽装するの大変だったんだよ?」

「あら、さすがカイル! 愛してるわ!」

「愛とかいいから! 僕、王宮魔導師団からスカウト来てるのに、なんで姉さんのために裏工作ばっかり……」


カイルは超絶シスコンであり、私の最大の理解者だ。私の嘘が「保身」だけではなく「他者への献身」から来ていることを知っているからこそ、文句を言いながらも最強のサポートをしてくれる。


「大丈夫よカイル。科学には再現性があるわ。魔法より確実よ」

「その根拠のない自信が怖いんだよ!! 胃薬おかわり!!」


こうして、公爵家一丸となった(胃の痛い)詐欺生活が続いている。





今日は大聖堂での重要イベント「聖火の儀」。

国王陛下も参列する中、私は祭壇の前に立っていた。


私の役目は、聖なる炎を灯し、国の繁栄を占うこと。

普通なら、ここで高位の火魔法を使ってド派手に燃え上がらせる場面だ。もちろん、私には種火ひとつ起こせない。


(ふふふ……準備は万端よ)


私は純白のローブの袖口に、数種類の粉末を隠し持っていた


ローブは母様が手配した、特殊な偏光シルクを使って『勝手に後光が差す』仕様だ。

そして粉末は、カイルを「人間遠心分離機」として酷使し、魔石から抽出させた純度100%の金属粉末だ。


「聖なる光よ、我が祈りに応え、この地に祝福を!」


私は恭しく手を振り上げ、粉末を松明に投げ込んだ。


ボッッ!


瞬間、炎の色が劇的に変化した。鮮烈なストロンチウム!深遠な緑(銅)!眩い黄色ナトリウム


次々と色を変える虹色の炎に、大聖堂がどよめく。


「おおおおお!! なんて美しい……!」

「これぞ聖女ミア様の奇跡!」

「通常の火魔法ではあり得ない色だ! まさに神の御業!」


母様のローブが窓からの光を反射し、私の背後に神々しい後光を作り出す。

完璧だ。これぞ総合芸術。



私は慈愛の笑みを浮かべつつ、内心でガッツポーズ。

(見たか! これが家族の愛と炎色反応よ!)



その時、最前列にいた宮廷筆頭魔導師が、目を細めた。

「……む? 妙ですね。これほどの現象なのに、聖女様から魔力を感じま――」


「ゴホンッ!!!」

突然、来賓席にいた父様が、大聖堂に響き渡るような盛大な咳払いをした。

さらに、手が滑ったふりをして、持っていた杖を派手に倒した。ガシャーン!!


「あ、失礼! 年寄りは喉がイガらっぽくてのぅ!」


父様の大根役者ぶりに、全員の注目がそちらに逸れる。

その一瞬の隙をついて、祭壇の裏に隠れていたカイルが、精巧な魔力波を「フワッ」と放出した。



魔導師が振り返る。

「……おや? 今、高貴な魔力を感じました。私の気のせいでしたか」


セーフ!!父様の必死の攪乱と、カイルの隠密カバー。

頼りない家族の、ギリギリの連携プレーが私を救ったのだ。


(ありがとうお父様! 帰ったら最高級の胃薬をプレゼントするわ!)





そんなある日、王都に最大の危機が訪れた。

伝説級の巨大な赤竜が飛来し、王宮前広場に降り立ったのだ。


「グオオオオオオッ!」


咆哮だけでガラスが割れる。

騎士たちの剣も、魔導師たちの攻撃魔法も、ドラゴンの鋼のような鱗には弾かれる。魔法耐性が高すぎるのだ。


「聖女ミアよ! そなたの『神の雷』で、あの竜を追い払ってくれ!」

パニックになった国王が、私に無茶振りをしてきた。


(ドラゴンに、詐欺聖女が勝てるわけないでしょ!?)


カイルが顔面蒼白で私の袖を引く。

「姉さん、無理だ! 逃げよう! 僕の転移魔法なら、姉さん一人くらい連れて逃げられる!」


私は広場を見渡した。

逃げ惑う人々。泣き叫ぶ子供たち。

……かつての領地で見た光景と同じだ。

ここで私が逃げれば、彼らは焼き尽くされる。

筆頭聖女である私を信じ、彼らは逃げ遅れたのだ。


私はカイルの手を握り返した。


「……いいえ、カイル。逃げないわ」

「姉さん!?」

「私が始めた詐欺(物語)よ。最後まで責任を持つわ」


私は一歩前に出た。

前世の記憶がフル回転する。

相手は火を吐くドラゴン。場所は王宮広場。近くには、炊き出し用の大量の小麦粉が積まれている。


(条件は揃った。……やるしかないわね、一世一代の大実験を!)


「カイル! 風魔法で、あの小麦粉をドラゴンの顔周辺に散布して!」

「えっ、まさか……姉さん、アレをやる気!?」

「そうよ。粉塵爆発。ドラゴンの口内で起爆させるわ」


カイルは一瞬絶句し、それからヤケクソ気味に杖を構えた。

「わかったよ! もうどうにでもなれ! 姉さんと一緒に地獄へ落ちてやる!」


ドラゴンが大きく息を吸い込んだ。喉の奥が赤く発光する。

最強の攻撃「火炎ブレス」の予備動作だ。


「今よ! カイル!!」


カイルの風魔法が、小麦粉の袋を巻き上げ、ドラゴンの鼻先で霧のように拡散させる。

視界が白く染まる。

ドラゴンはそれを気にせず、ブレスを吐くために、さらに深く息を吸い込み――そして、口内で種火を着火した。


その瞬間。


ドォォォォォォォン!!!!!


凄まじい爆発音が轟いた。

粉塵爆発。

一定濃度の可燃性粉末の中に火種が入ることで起きる、急激な燃焼と膨張。

それが、密閉空間であるドラゴンの口と喉の奥で発生したのだ。


硬い鱗の外側からいくら攻撃しても無駄だが、内部からの衝撃波は防げない。

ドラゴンの脳が揺さぶられ、酸素が一瞬で消失する。


「ギャ……ッ!?」


ドラゴンは白目を剥き、ド派手にひっくり返って気絶した。


シーン……と静まり返る広場。

やがて、誰かが震える声で叫んだ。


「み、見ろ! 聖女様が、ドラゴンのブレスを逆流させて爆破したぞ!!」

「手をかざしただけだ! 詠唱なしで、あの竜を!?」

「聖女ミア様万歳ーーッ!!」


カイルが膝から崩れ落ちた。

「……姉さん。これ、絶対バレるって。死刑確定だよ……お父様の胃に穴が空くどころか、首と胴が離れる……」




騒動の後。

私は王宮のバルコニーで、自作の炭酸水(クエン酸+重曹)を飲んで震えていた。


(やりすぎた……。いくらなんでも、物理現象が過ぎる……)


「……見事なカウンター攻撃だったね」


背後から、第一王子アレクセイ殿下が現れた。

銀髪にアイスブルーの瞳。冷徹な頭脳を持つと噂の次期国王だ。


「ドラゴンのブレスの予備動作を利用し、粉塵による連鎖爆発を引き起こす。……魔法では不可能な芸当だ」


殿下は私の手から炭酸水を取り上げ、一口飲んだ。

「……これも魔法じゃないな? シュワシュワする」


ギクリ。終了のお知らせ。

私は覚悟を決めて、土下座の体勢に入ろうとした。

何なら五体投地してもいい。


しかし、殿下はニヤリと笑った。

「実は、僕は魔法が苦手でね。理論的じゃないところが嫌いなんだ。だが、君のやることは面白い。理屈が通っていて、再現性があり、何より……見ていて飽きない」


殿下は私の顔を覗き込んだ。その目は、新しい玩具を見つけた子供のように輝いている。


「教えてくれないか? 君の使うことわりを。……その代わり、君が魔力ゼロであることは、僕が全力で隠蔽しよう。弟君の胃袋が限界を迎える前にね」


バレてた------!


しかも弟の苦労までお見通しだった。


「で、どうする? 僕の専属教師になるか、断頭台か」

「き、教師をやらせてください!! 何でも教えます!!」




それからというもの。

私は表向き「筆頭聖女」、裏では「第一王子の化学の先生」として、以前にも増して忙しい日々を送っている。


王宮の実験室にて。

「なるほど。この世界は『原子』という粒でできているのか。……君と僕のように」

「殿下、意味わからないこと言ってないで、試験管しっかり持って下さい」


理屈っぽい王子は、化学の魅力にどっぷりハマったようだ。


実家のリビングにて。

弟のカイルが、新たな胃薬の瓶を開けながら叫んだ。


「……で、なんで王子殿下が姉さんに求婚してきてるわけ!?」

「え? 『君という未知の元素と、僕の人生を化学反応させたい』って言われたんだけど、これプロポーズ?」

「どう考えてもそうでしょ!! ああもう、姉さんの周りは爆発物ばっかりだ!」

「これ以上目立つと怖いから、ご免こうむりたいんだけど…」


両親は「王子様が守ってくださるなら安心だわ……(でも胃は痛い)」と、嬉し涙と冷や汗を同時に流している。


魔力ゼロの詐欺聖女と、理屈っぽい王子様。そして、胃痛持ちの愛すべき家族たち。

混ぜるな危険の私たちがくっついたら、一体どんな化学反応が起きるのか。

それはまだ、神様とメンデレーエフのみぞ知る世界だ。


私は白衣(聖衣)を翻し、今日も高らかに宣言する。


「さあ、今日も奇跡(実験)を始めましょうか!」

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