魔力ゼロ聖女は理屈で奇跡を起こす
私、ミア・クロフォードには、前世「日本」の記憶がある。
転生先は、辺境の貧乏公爵家。
せっかく貴族になったのに、貧乏…うう、辛い。
でも、この世界には、「魔法」があった!
(魔法を使って無双とか?!きゃー、転生チートとかきっとあるよね、楽しみ!)
幼い頃はそりゃぁいつ魔法に目覚めるかとワクワクしていた。
「私が聖女になって、みんなを救うの!」
「勇者になってドラゴンを倒して見せる!」
と宣言したり、浮かれきっていた。
が、5歳の時、教会の魔力検査で判明した事実は残酷だった。
『魔力ゼロ』
この世界では、魔法は神の御業と呼ばれ、一般市民でも火種程度の魔力は持っている。
ゼロというのは、神に愛されない存在、欠陥品扱いだった。
幸い家族は、貴族にしては珍しく愛情深く、私を変わらず愛してくれた。
しかし前世知識から魔法への憧れが人一倍強かったこと、そして魔力無双を散々宣言していた黒歴史が重くのしかかり、しばらく立ち直れなかった。
私が7歳になった年、領地を未曾有の冷害と飢饉が襲った。
作物は枯れ、領民たちは痩せ細り、父様と母様は金策に走り回って過労で倒れそうだった。
見ていられない。
私に魔力があれば何か役に立てるかもしれないのに…
いや、魔法がダメでも…私には前世「高校の化学教師」の知識がある!
私は領主の娘だ。
目の前で領民が苦しんでいるのを、指をくわえて見ているなんてできない!
私は父様の書斎に忍び込み、領地の土壌データを盗み見た。
(……やっぱり。連作障害と、酸性土壌。これじゃ作物が育つわけがない)
私は行動を開始した。
台所から草木灰を盗み、家畜小屋から骨粉(リン酸)を集め、弟のカイル(当時5歳・すでに魔力の片鱗を見せていた天才児)を捕まえた。
「カイル、お姉ちゃんと実験しましょう?」
「うん! なにすゆの?」
「この空気中の窒素を、アンモニアに変えるのよ。ハーバー・ボッシュ法の真似事よ!」
私はカイルの魔力を触媒代わりに使い、簡易的な窒素肥料を生成した。さらに石灰岩を砕いて土に撒き、酸性度を中和した。
毎晩毎晩、泥だらけになって畑を改良した。
そして、収穫の時期。
周囲の村が全滅する中、私たちの管理した畑だけが、黄金色の小麦で埋め尽くされたのだ。
「奇跡だ……! 神の祝福だ!」
「ミア様が、毎晩畑で祈りを捧げておられたのを見たぞ!」
「あの方が歩いた後から、麦が蘇ったんだ!」
領民たちが泣きながら私を拝む。
違う。これは窒素とリン酸とカリウムの黄金比のおかげだ。
そう説明しようとした時、父様が青ざめた顔で私の口を塞いだ。
「……ミア。誰にも『化学』の話をしてはいけない」
「えっ、どうして?」
「この国で、神の御業たる魔法以外で理りを変える行為は異端とされる。……お前がやったことがバレれば、教会に処刑されるぞ」
詰んだ。
領地を救った英雄から、一転して火あぶりの異端者へ。
生き残る道は一つ。
「これは女神様から授かった聖なる奇跡です」
嘘をつき通し、聖女として振る舞うことだけだった。
それから10年。
私のついた「嘘」は、雪だるま式に膨れ上がり、私はいつの間にか「王国の筆頭聖女」として王都の大聖堂に君臨していた。
民衆の希望に満ちた目を見るたび、胸と胃が痛むと同時に、「絶対に失敗できない」という覚悟が決まる。
夜。公爵邸のリビングにて、緊急家族会議が開かれていた。
「……ミア。今日の『聖水による疫病退散』の儀式だが」
父様が胃薬を水で流し込みながら呻く。
「はい、お父様。井戸水を煮沸して、殺菌作用のあるハーブを入れただけです」
「民衆は『聖女様が水に口づけをした瞬間、光り輝いた』と言っているが?」
「あ、それは演出です。懐中電灯(カイルに作らせた魔道具)で下から照らしました」
母様がオロオロと涙を流す。
「ミアちゃん、もうやめましょう? 毎日綱渡りよ……お母様、貴女が断罪される夢を見て、白髪が増えそうなの」
「ごめんなさいお母様。でも今引退したら、『聖女がいなくなったから国が亡びる』ってパニックになるわ。引くに引けないの」
そして、ソファーの端で死んだ魚のような目をしているのが、弟のカイル(15歳)だ。
国内屈指の魔力量を持つ天才魔導師でありながら、姉の尻拭い専門係である。
「……姉さん。今日の『光る水』、魔力偽装するの大変だったんだよ?」
「あら、さすがカイル! 愛してるわ!」
「愛とかいいから! 僕、王宮魔導師団からスカウト来てるのに、なんで姉さんのために裏工作ばっかり……」
カイルは超絶シスコンであり、私の最大の理解者だ。私の嘘が「保身」だけではなく「他者への献身」から来ていることを知っているからこそ、文句を言いながらも最強のサポートをしてくれる。
「大丈夫よカイル。科学には再現性があるわ。魔法より確実よ」
「その根拠のない自信が怖いんだよ!! 胃薬おかわり!!」
こうして、公爵家一丸となった(胃の痛い)詐欺生活が続いている。
今日は大聖堂での重要イベント「聖火の儀」。
国王陛下も参列する中、私は祭壇の前に立っていた。
私の役目は、聖なる炎を灯し、国の繁栄を占うこと。
普通なら、ここで高位の火魔法を使ってド派手に燃え上がらせる場面だ。もちろん、私には種火ひとつ起こせない。
(ふふふ……準備は万端よ)
私は純白のローブの袖口に、数種類の粉末を隠し持っていた
ローブは母様が手配した、特殊な偏光シルクを使って『勝手に後光が差す』仕様だ。
そして粉末は、カイルを「人間遠心分離機」として酷使し、魔石から抽出させた純度100%の金属粉末だ。
「聖なる光よ、我が祈りに応え、この地に祝福を!」
私は恭しく手を振り上げ、粉末を松明に投げ込んだ。
ボッッ!
瞬間、炎の色が劇的に変化した。鮮烈な赤!深遠な緑(銅)!眩い黄色!
次々と色を変える虹色の炎に、大聖堂がどよめく。
「おおおおお!! なんて美しい……!」
「これぞ聖女ミア様の奇跡!」
「通常の火魔法ではあり得ない色だ! まさに神の御業!」
母様のローブが窓からの光を反射し、私の背後に神々しい後光を作り出す。
完璧だ。これぞ総合芸術。
私は慈愛の笑みを浮かべつつ、内心でガッツポーズ。
(見たか! これが家族の愛と炎色反応よ!)
その時、最前列にいた宮廷筆頭魔導師が、目を細めた。
「……む? 妙ですね。これほどの現象なのに、聖女様から魔力を感じま――」
「ゴホンッ!!!」
突然、来賓席にいた父様が、大聖堂に響き渡るような盛大な咳払いをした。
さらに、手が滑ったふりをして、持っていた杖を派手に倒した。ガシャーン!!
「あ、失礼! 年寄りは喉がイガらっぽくてのぅ!」
父様の大根役者ぶりに、全員の注目がそちらに逸れる。
その一瞬の隙をついて、祭壇の裏に隠れていたカイルが、精巧な魔力波を「フワッ」と放出した。
魔導師が振り返る。
「……おや? 今、高貴な魔力を感じました。私の気のせいでしたか」
セーフ!!父様の必死の攪乱と、カイルの隠密カバー。
頼りない家族の、ギリギリの連携プレーが私を救ったのだ。
(ありがとうお父様! 帰ったら最高級の胃薬をプレゼントするわ!)
そんなある日、王都に最大の危機が訪れた。
伝説級の巨大な赤竜が飛来し、王宮前広場に降り立ったのだ。
「グオオオオオオッ!」
咆哮だけでガラスが割れる。
騎士たちの剣も、魔導師たちの攻撃魔法も、ドラゴンの鋼のような鱗には弾かれる。魔法耐性が高すぎるのだ。
「聖女ミアよ! そなたの『神の雷』で、あの竜を追い払ってくれ!」
パニックになった国王が、私に無茶振りをしてきた。
(ドラゴンに、詐欺聖女が勝てるわけないでしょ!?)
カイルが顔面蒼白で私の袖を引く。
「姉さん、無理だ! 逃げよう! 僕の転移魔法なら、姉さん一人くらい連れて逃げられる!」
私は広場を見渡した。
逃げ惑う人々。泣き叫ぶ子供たち。
……かつての領地で見た光景と同じだ。
ここで私が逃げれば、彼らは焼き尽くされる。
筆頭聖女である私を信じ、彼らは逃げ遅れたのだ。
私はカイルの手を握り返した。
「……いいえ、カイル。逃げないわ」
「姉さん!?」
「私が始めた詐欺(物語)よ。最後まで責任を持つわ」
私は一歩前に出た。
前世の記憶がフル回転する。
相手は火を吐くドラゴン。場所は王宮広場。近くには、炊き出し用の大量の小麦粉が積まれている。
(条件は揃った。……やるしかないわね、一世一代の大実験を!)
「カイル! 風魔法で、あの小麦粉をドラゴンの顔周辺に散布して!」
「えっ、まさか……姉さん、アレをやる気!?」
「そうよ。粉塵爆発。ドラゴンの口内で起爆させるわ」
カイルは一瞬絶句し、それからヤケクソ気味に杖を構えた。
「わかったよ! もうどうにでもなれ! 姉さんと一緒に地獄へ落ちてやる!」
ドラゴンが大きく息を吸い込んだ。喉の奥が赤く発光する。
最強の攻撃「火炎ブレス」の予備動作だ。
「今よ! カイル!!」
カイルの風魔法が、小麦粉の袋を巻き上げ、ドラゴンの鼻先で霧のように拡散させる。
視界が白く染まる。
ドラゴンはそれを気にせず、ブレスを吐くために、さらに深く息を吸い込み――そして、口内で種火を着火した。
その瞬間。
ドォォォォォォォン!!!!!
凄まじい爆発音が轟いた。
粉塵爆発。
一定濃度の可燃性粉末の中に火種が入ることで起きる、急激な燃焼と膨張。
それが、密閉空間であるドラゴンの口と喉の奥で発生したのだ。
硬い鱗の外側からいくら攻撃しても無駄だが、内部からの衝撃波は防げない。
ドラゴンの脳が揺さぶられ、酸素が一瞬で消失する。
「ギャ……ッ!?」
ドラゴンは白目を剥き、ド派手にひっくり返って気絶した。
シーン……と静まり返る広場。
やがて、誰かが震える声で叫んだ。
「み、見ろ! 聖女様が、ドラゴンのブレスを逆流させて爆破したぞ!!」
「手をかざしただけだ! 詠唱なしで、あの竜を!?」
「聖女ミア様万歳ーーッ!!」
カイルが膝から崩れ落ちた。
「……姉さん。これ、絶対バレるって。死刑確定だよ……お父様の胃に穴が空くどころか、首と胴が離れる……」
騒動の後。
私は王宮のバルコニーで、自作の炭酸水(クエン酸+重曹)を飲んで震えていた。
(やりすぎた……。いくらなんでも、物理現象が過ぎる……)
「……見事なカウンター攻撃だったね」
背後から、第一王子アレクセイ殿下が現れた。
銀髪にアイスブルーの瞳。冷徹な頭脳を持つと噂の次期国王だ。
「ドラゴンのブレスの予備動作を利用し、粉塵による連鎖爆発を引き起こす。……魔法では不可能な芸当だ」
殿下は私の手から炭酸水を取り上げ、一口飲んだ。
「……これも魔法じゃないな? シュワシュワする」
ギクリ。終了のお知らせ。
私は覚悟を決めて、土下座の体勢に入ろうとした。
何なら五体投地してもいい。
しかし、殿下はニヤリと笑った。
「実は、僕は魔法が苦手でね。理論的じゃないところが嫌いなんだ。だが、君のやることは面白い。理屈が通っていて、再現性があり、何より……見ていて飽きない」
殿下は私の顔を覗き込んだ。その目は、新しい玩具を見つけた子供のように輝いている。
「教えてくれないか? 君の使う理を。……その代わり、君が魔力ゼロであることは、僕が全力で隠蔽しよう。弟君の胃袋が限界を迎える前にね」
バレてた------!
しかも弟の苦労までお見通しだった。
「で、どうする? 僕の専属教師になるか、断頭台か」
「き、教師をやらせてください!! 何でも教えます!!」
それからというもの。
私は表向き「筆頭聖女」、裏では「第一王子の化学の先生」として、以前にも増して忙しい日々を送っている。
王宮の実験室にて。
「なるほど。この世界は『原子』という粒でできているのか。……君と僕のように」
「殿下、意味わからないこと言ってないで、試験管しっかり持って下さい」
理屈っぽい王子は、化学の魅力にどっぷりハマったようだ。
実家のリビングにて。
弟のカイルが、新たな胃薬の瓶を開けながら叫んだ。
「……で、なんで王子殿下が姉さんに求婚してきてるわけ!?」
「え? 『君という未知の元素と、僕の人生を化学反応させたい』って言われたんだけど、これプロポーズ?」
「どう考えてもそうでしょ!! ああもう、姉さんの周りは爆発物ばっかりだ!」
「これ以上目立つと怖いから、ご免こうむりたいんだけど…」
両親は「王子様が守ってくださるなら安心だわ……(でも胃は痛い)」と、嬉し涙と冷や汗を同時に流している。
魔力ゼロの詐欺聖女と、理屈っぽい王子様。そして、胃痛持ちの愛すべき家族たち。
混ぜるな危険の私たちがくっついたら、一体どんな化学反応が起きるのか。
それはまだ、神様とメンデレーエフのみぞ知る世界だ。
私は白衣(聖衣)を翻し、今日も高らかに宣言する。
「さあ、今日も奇跡(実験)を始めましょうか!」




