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9,死者は黙って寝ているものだ

 

 渡り廊下から中央の建物に足を踏み入れたフォークスと僕は、夜も遅いと言うことで、さすがに一つ一つの部屋を回ることはやめて、誰がどの辺りに位置する部屋を使っているのかだけを確かめながら回ることにした。

 ちなみにこの建物の部屋を使用しているのは、主であるマルキード、その妻のリリアーヌ、彼らの息子のセルジュである。もちろん、ジゼルの部屋もここにあり、執事のシャルダンの部屋も小部屋だが、ある。

 他の使用人たちの共同部屋は地下にあって、パーティーホールやいったい何のために使われるのか分からない部屋も、この建物内にいくつかある。

 それらを見て回った僕らは、次の棟へ行こうとそこへの渡り廊下に向かった。

 その時である。向かう先、西棟の方から悲鳴らしい声が聞こえたのだ。


「フォークス、今」


「ああ」


 互いに目を見交わすと、二人は駆けだした。

 一気に渡り廊下を駆け抜けて西棟へ向かう。悲鳴が聞こえたのはルクレールたち、招待を受けてパーティーにやってきた者たち、つまり、ジゼル殺害の容疑がかかった者たちの部屋がある方からだった。

 再び悲鳴が上がった。今度はさっきより近いところで。そして、また。

 悲鳴が上がる位置が徐々に二人に近付いているようだ。

 そうして、ついに。


「フォ、フォークス。今! 今!」


 悲鳴こそ上げなかったが、僕が大声を上げる番となった。

 僕は口をパクパクさせながら廊下の先の方を指差した。


「見たかい、フォークス。ジゼルだよ。今、ジゼルがあそこを駆け抜けていったよ!」


 それはほんの一瞬だった。

 さぁーっと白いものが僕らのずっと前を横切って行ったのだ。よくよく考えて、その姿を思い出してみれば、その白いものはジゼルだったとしか思えない。

 足首まである真っ白いドレスと腰まである金髪を、ふんわりと風になびかせ駆け去ったモノは、ガラスケースに横たわっていた、あのジゼルだ。


「フォークス、どうしよう。やっぱり噂は本当だったんだよ。ジゼルは夜な夜な生き返って、彷徨っているんだ」


「馬鹿な」


 慌てふためく僕に対してフォークスは冷静だった。


「いいかい、ジョン。あれはジゼルじゃない」


「な、なんでそうだって言い切れるんだよ。ジゼルだったじゃないか」


「君こそ、よくもちらりと見ただけで、そうも断言できるものだ」


 フォークスはさも呆れたようにため息をついた。


「死体が動くわけがない」


「けど、フォークス……」


「ああ、分かった。そうまで君が言うのなら、これからジゼルの部屋に行ってみようではないか」


 言って、フォークスは踵を返した。再び渡り廊下を進む。


「今のあれはあちらに向かった。ジゼルの部屋とは逆方向だ。だから、もしあれがジゼルだったとしたら、彼女の部屋から遺体が無くなっているはずだ。そうだろ?」


「う……うん」


 僕は言葉を呑み込むように頷いた。フォークスの後を追う。







 ▽▲




 ジゼルの部屋の前でイレーヌと鉢合わせになった。彼女も廊下を駆けてきたらしく、肩で息をしている。


「ジゼルの遺体は寝室の中にありますか?」


「私もそれを確かめに。どうぞ、中へ」


 イレーヌは扉を開くと、僕たちをジゼルの寝室に招き入れた。明かりを灯す。


「フォークス」


「ああ」


 僕はガラスケースを覗き込み、フォークスに振り返った。彼は、やはり、と言って息を付く。


「ジゼルはずっとここにいた。当然だ。死体が動くはずかない」


「すると、さっき僕らが見たあれは?」


「おそらく……」


 フォークスは押し黙った。考え込むように俯いた。









 ▽▲








 翌朝、僕が目覚めた時、すでにフォークスの姿はなかった。だけど、けして僕が寝坊したわけではない。思い立った時のフォークスの行動が異常に早いのだ。

 出かける前に一声かけて欲しいとは言わないが、せめてどこに行くのかくらい書き置きしてくれてもいいのではないだろうか。

 そう思い、念のために部屋中を見て回ったが、やはりそのような物はない。

 僕は二人分の朝食が整えられた机を見やり、重々しいため息をついた。

 真っ白いテーブルクロスに大小の銀色の器。テーブルの中央には淡い碧の花瓶が置かれ、数種類の花々がいけられている。まだ湯気のあるコーヒーからは、なんとも香ばしい良い香りが漂う。

 これらをネリーが僕たちのためを思い、用意してくれたのかと思うと、 一人分の朝食が無駄になってしまうことがひどく申し訳ない。

 ――朝一番に出かけないとならないようなことなのだろうか?

 朝食くらい済ませてから出掛ければいいものを。



 一人、部屋でのんびりとくつろいでいると、ネリーが慌てたようにやって来た。どうしたのか、と尋ねると、リリアーヌがフォークスを呼んでいるのだと言う。

 だが、生憎フォークスは出掛けたまま帰ってきていない。僕とネリーは顔を困って、見合わせた。


「とにかく、コール様だけでも奥様とお会いになって下さい」


 おそらくリリアーヌの用とは、怪盗Rのことだ。『セイレーンの涙』は見つかったのかと尋ねてくるに違いない。

 ――ああ、どうしてこんな時に。

 フォークスの不在を恨みながら、僕はリリアーヌの部屋へと向かった。そして、彼女は僕を見るなり言ったのだ。


「ダイヤは見つかりましたか?」


 ――まだです、夫人。

 僕はその場に平伏したくなった。そうして、視野の端のキラキラ輝く物に気が付いた。

 指輪、腕輪、髪飾り、首飾り。ダイヤはもちろんのこと、ルビー、サファイヤ、エメラルド、そして、真珠至るまで、あらゆる宝石が、僕の目の前に並べられている。


「ど、どうされたのですか?」


 店でも開くのか、と、思わず尋ねそうになった。

 リリアーヌは何食わぬ顔でそれらを見やり、口を開いた。


「あなた方のお手伝いになればと思いまして、この家にある宝石をそこに並べてみました。まだすべてではないのですけど……。さあ、ご覧になって下さい。そこに『セイレーンの涙』はございますか?」


 ――そんなこと言われても。

 僕は背筋に冷たいものが流れ落ちるのを感じた。

 万人が知っての通り、僕は宝石商人ではない。こんな風に大量に並べられても、目がチカチカするだけで、分かるわけがないのだ。

 ――だいたい。紫のダイヤなんて聞いたことがない!

 ダイヤと言えば、無色(ホワイト)(ブルー)白色(ホワイト)が普通で、ごくわずかでもイエローやブラウンなど、色味がかってしまうと価値が下がってくる。

 だが、ブルー、カナリー・イエロー、ピンク、グリーンなど色を持つものは、

 変わり(ファンシー・カラー)と呼ばれ、その色の美しさから、むしろ、ホワイトよりも珍重され、高価値だと聞いたことがある。

 無色でないダイヤが存在することは知っているが、紫とは……。

 はたして本当に存在するのだろうか?

 仕方が無く、僕は手袋をはめて、一番近くにあったダイヤを摘み上げてみた。


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