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3,興味がない、それも興味

 丘の上に立てられた巨大な屋敷が次第にその姿を現した。僕たちの乗った馬車は高くそびえた門をくぐり、庭園の中を走った。

 門から玄関までの距離は、まるで世界の果てから果てへ行くようなものだ。

 途中、豪華極まりないバラ園を突っ切り、ようやく玄関に着いた。

 馬車を降りた僕らを迎えてくれたのは、ボードレール家の執事ジョゼフ・シャルダンという中年男だった。

 長身だが、影が薄く、黒いスーツを禁欲的そうに着込んでいるせいもあるのか、暗闇の中に立たれては、どこにいるのかさえ分からないほどである。

 ルクレールが彼に招待状を見せると、彼は頷き頭を下げた。


「ルクレール様、ようこそお越しくださいました」


 だが、すぐに顔を上げ、ルクレールの後ろに隠れるようにいる僕らに細長い目を向ける。


「そちらは、お連れの方ですか?」


「はい、友人のリチャード・フォークスとジョン・コールです」


「さようですか。では、御二方にも客室を用意させていただきます」


 シャルダンは近くに控えていた侍女を呼ぶ。


「御二方を東棟の客室にご案内しなさい」


「はい」


 ルクレールは顔を顰めた。


「友人たちと近い部屋を用意して頂けないでしょうか?」


「できません」


 シャルダンは彼の言葉をきっぱりと切り捨てた。


「主の命令で、招待状をお持ちの方は西棟の客室を、お持ちでない方は東棟をご用意しております」


 西棟と東棟と言えば、もはや違う屋敷だと言えるほど、かけ離れた距離にある。それを行き来しろだなんて。

 不安げに見上げると、ルクレールは仕方ないさ、と肩を竦めて笑った。


「荷物を下ろしたら、すぐにでもそっちの部屋に行く。 ジャンはともかく、リシャールは絶対、俺に会いにはるばる来てくれそうにないからな」

 そう言って、彼はシャルダンの案内で玄関を去って行った。





▽▲



 フォークスと僕が案内されたのは三部屋続きの立派な客室だった。入ってすぐの部屋は居間のようにくつろげる空間となっており、左右それぞれに寝室が設けられている。

 その造りは学生寮の二人の部屋と同じだが、広さは倍、いや四倍以上で、家具などは全て比べものにならないほど高価なものだ。


「どうぞ、ご自由にお使い下さい」


「ありがとうございます」


 僕らを客室に案内した侍女は、一度、頭を下げて下がろうとしたが、何か思い出したようで付け加え、言った。


「他に何か御必要なものや御用の時には、私、ネリーに何でも言い付けください」


 マニュアル通りのことを言い終わると、ネリーはにっこりして、再びペコリとお辞儀をした。

 彼女は、僕たちとそうそう変わらない年頃の少女で、まだ慣れていない仕事を懸命にこなそうとしている様子が、何ともかわいらしい。そして、元気溌剌として、気持ちのいい娘だ。

 そのネリーが客室から出ていき、その気配が完全になくなってからしばらく、フォークスが不機嫌そうにステッキを振り回し始めた。

 不機嫌な理由は簡単だ。すぐにでもそっちの部屋に行くと言ったルクレールがちっとも姿を現さないからだ。いったいどうしたのだろうかと思いながら、僕はネリーが入れてくれた紅茶を啜る。

 持て余された時間は、じれったいほどゆっくりと過ぎていった。






▽▲




 他者とまったく変わらないつくりのタキシードを着ていても、生まれ持った顔立ちの違いで、まるで違った印象を持たせるものだ。

 色白の肌に、漆黒の髪。長身ではないが、明らかに胴よりも脚の方が長い。

 そこらの少女たちよりも細身で、よほどきれいな顔造りをしているフォークスは、普段から着慣れているかのようにタキシードをうまく着こなしていた。


 対して、僕はどう贔屓目で見ても、似合っていない。

 平均的な体型はまず良しとしても、パサパサの茶色い髪や童顔はどうしようもない。しかも、フォークスの隣にいると、彼のいい引き立て役になってしまうのだ。

 不服な顔をフォークスに向けた僕だったが、すぐにその顔を凍りつかせた。――と言うのも、彼がある一点を世にも恐ろしい形相で睨み付けていたからだ。

 僕はフォークスから素早く目を逸らし、見なかったものとし、彼が睨んでいる先を探した。


 するとそこには、真っ白いタキシードを優雅に着こなす少年の姿があった。

 まるで王冠でも被っているかのようなプラチナブロンド。サファイヤを埋め込んだかのような瞳。すらりと伸びた背。バランスの良い身体。

 なぜ、こんなにも人目を引く存在がこの世に存在するのだろうか。僕は神の不平等さを呪いたくなった。

 この少年の名前をいちいち言う必要はないだろう。アルベール・ルクレール。彼だ。

 彼はフォークスの鋭い視線に気付き、着飾った少女たちの熱い視線をその身に受けながら、駆け足で僕らの元にやって来た。

 彼が自分の前を素っ気なく通り過ぎてしまうと、少女は物言いたげな表情を浮かべ、そして、悔しそうな、悲しそうな表情を浮かべる。

 やはり彼は、贔屓目でも何でもなく、誰の目から見ても格好いいのだ。僕はため息を漏らした。

 だけど、そんなため息など吹き飛ばしてしまうような罵声がすぐ隣から発せられる。


「君は約束も守れない最低な奴だったのか!」


 フォークスは手にしていたステッキでドンドンと床を突いた。


「帰る! 君に振り回されるのはたくさんだ!」


 くるりと背を向けたフォークスに、ルクレールは慌てて彼の前に回り込み、押し止めた。


「まあ、待てって。落ち着けよ、リシャール。言い訳を聞いてくれ」


「言い訳だって?」


 疑わしそうな顔をしたフォークスの肩を抱いて促し、僕について来るように目配せをすると、ルクレールはダンスホールの片隅に寄った。

 彼は壁に背を預けると、前髪を掻き上げる。


「鍵を掛けられたんだ」


「鍵?」


 間抜けに繰り返した僕にルクレールは頷く。


「あの執事、案内した部屋に俺が入ったとたん、バタンってな。扉を閉めて、鍵まで掛けたんだ。まあ、一応俺はジゼル殺しの容疑者なわけだから、それが当然の扱いだとは思うが」


 ――当然だなんて!

 僕は左右に頭を振った。

 容疑を掛けられているだけでもひどい話なのに、部屋に鍵までされても、尚、何てことないようにへらへら笑う彼を、なんだか怒鳴りたくなってきた。

 僕は口を開きかけた。だが、僕の耳に怒鳴り声は、意外なところから発せられ、聞こえてきた。


「君は、そんなことが言い訳として通用するとでも思っているのかい? 鍵を掛けられ、閉じ込められていただって? 君が? 鍵くらいなんだい? ぶち破ってでも出て来れば良かったじゃないか。そのくらい君にできないってことはないだろ!」


 ――む、むちゃくちゃだ!

 簡単にぶち破れて、外に出られるような鍵なら、掛ける意味がないじゃないか!

 この、フォークスの身勝手な発言に僕は怒鳴る言葉を忘れ、ルクレールに目だけを向けた。

 すると、彼はあれだけフォークスにむちゃくちゃ言われたというのに、まだへらへらと笑っているではないか。しかも、実に楽しそうに、嬉しそうに。

 だが、さすがの彼も、いつまでもフォークスを不機嫌のままにさせておくのはまずいと思ったらしい。


「ほら、リシャール。あそこを見ろ」


 ルクレールはフォークスの怒りを逸らそうと、壁から背を離し、人々の集まる中心を指さした。


「彼がマルキード・ボードレールだ」


 白いものが頭に目立つ、初老の男だった。 どんなに立派なものを着重ねていても、やつれ果てた体は隠せていない。こけた頬、骨のような手足はカマキリを思わせた。


「彼の横にいるのは、息子のセルジュ。ジゼルの弟だ。それから……」


 ルクレールの目がホールを泳ぐ。そして、他の誰よりも華やかなドレスに身を包んだ女性の元に行き着いた。遠目で見るが、かなりの美女だ。


「マルキードの妻、リリアーヌだ」


「ふーん、彼女が」


「ん?」


 何やら納得したフォークスに、ルクレールと僕は怪訝な顔を向けた。フォークスが女性に関心を持つなど、今までにないことだった。

 僕らの視線に気付いて、フォークスは肩を竦め、苦笑した。


「さっきから、チカチカしたものが動いているな、って思っていたんだ」


 ――まっ、フォークスのことだ。そんなところだろう。

 これが、さっきから美しい女性がいると思っていたんだ、などと言われた日には驚きのあまり凍りつくところだ。

 僕がほっと胸を撫で下ろした時、マルキードの隣で客人と挨拶を交わしていたセルジュが僕らに気が付いて、こちらに近付いてきた。


「アル!」


 セルジュはルクレールの名前を呼んだ。どうやら彼ら二人は親しい仲らしい。


「来てくれると思っていた」


「当然だ」


 手を握り合った後で、セルジュは僕らに気が付いてルクレールに紹介を求めた。


「友人のリチャード・フォークスとジョン・コールだ」


「ああ。彼があの……。僕はセルジュ・ボードレール。こんなパーティーだが、パーティーであることには変わりない。楽しんで欲しい」


 そう言うと、セルジュは淡く微笑んで別の客の元へと去っていった。

 ――こんなパーティー。

 確かに、このパーティーは、ジゼルを殺した犯人を捜すためのパーティーだ。そして、死んだはずのジゼルの誕生日を祝うもの。主役のいない奇妙なパーティーに違いない。

 ところで、と僕はルクレールに振り返った。


「君の他に招待状を受け取った者は、何人いるのかい?」


「正確には知らないが、数人の顔と名前は把握している。あそこにいる男、アレクサンドル・ロラン。それから、あそこにいる少年、アンドレ・ラマルディーヌ。それから、アントワーヌ・ラプラス」


 ルクレールは視線だけで彼らを指して、僕に教えてくれる。

 それから、ルクレールの視線は少女たちに移動して、アンリエット・ランボー、 オーギュスト・ラシーヌの名前を告げる。僕は深く息を吐いた。

 ――この中に犯人がいるのだとしたら、いったい誰なのだろうか。いや、そもそも本当に犯人なんて者がいるのだろうか。

 まずは、夜な夜な歩き彷徨うというジゼルの死因について調べる必要があるのではないだろうか。

 不意に、視界が暗くなった。

 驚いて辺りを見渡すと、暗くなったのは僕の視界だけではないと分かった。ホール全ての明かりが一瞬で消え、その場、全体が暗くなったのだ。


 ――なんだ?

 おそらく全ての者がそう思い、ざわめき始めた時、何者かが、あそこを見ろ、と、そのざわめきを消し去るほどの大声で叫んだ。

 声につられるようにして、大きく開け放たれたガラス張りの扉を見る。すると、やけに大きい丸い月と、その光を背に受け佇む長身の男の姿があった。

 逆光位置のため、男の顔は全く見えないが、タキシードにシルクハットという正装姿に、足首まであるマントを夜風になびかせている姿が、ぼんやりと見える。

 皆が呆気に取られていると、その男は右手をかざした。とたん、どこからともなく、強い風がホールに吹き込んできた。

 バラの花びらが舞う。その甘い匂いと、勢いよくと舞う白い花びらに思わず目を閉じる。

 ――いったいこれは何の余興だろう。

 その場にいた者たちは皆、おそらくマルキード以外の者たちは、これはきっと屋敷の主が用意させた余興に違いないと思っていた。

 だが、皆が再び目を開けた時、先程の男の姿はなく、他に何が起こるわけでもなかった。

 静まりかえったホールにようやく明かりが戻った。磨き抜かれたホールの床に散りばめられた白い花びらが妙に鮮やかに、眩しく目に飛び込んできた。

 ――いったい何が起こったのだろう?


 僕が眉を歪ませながらフォークスを振り返ると、彼は肩についた花びらを不機嫌そうに振り払い、顎で上を指した。

 見ると、花びらとは違う白いものがヒラヒラと空を舞っている。

 ――紙? カードだ!

 僕はそれを目で追った。それはゆっくりとマルキードの足下に落ちていく。マルキードは怪訝な顔で、それを拾い上げ、そして叫んだ。


「なんだと!」


 その叫び声で今晩のパーティーは、急遽、お開きとなった。


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