第二話 影
町はずれの石畳の通りを、黒いサングラスの男が歩いていた。仕立てのいいスーツに身を包み、片手には重そうなアタッシュケース。夕暮れの光に長く伸びる影が、町並みに不気味な線を刻んでいた。
父は初め、ただの通りすがりと思った。だが、隣に立つ夫と思しき男の顔色が瞬時に蒼白に変わったのを見て、ただ事ではないと悟った。唇が震え、足元が崩れそうに揺れている。
「……知り合いか?」
父が問いかけても答えは返らない。恐怖に縛られ、男は声を失っていた。
サングラスの男は家の前で立ち止まり、無言でアタッシュケースを置くと、夫の腕を掴んで強引に引き倒した。抵抗は一瞬で潰され、石畳に鈍い音が響く。男の体はぐったりと力を失った。
そのままサングラスの男は父に視線を向け、低く命じた。
「――開けろ」
震える手で留め金を外すと、中には黒光りする長物が収まっていた。金属の冷たい輝きと、異様な重み。引き金に指をかければ即座に撃てるよう準備されたそれは、日常の風景には決してあり得ないものだった。
――従えば次は自分が撃たれる。
直感に突き動かされ、父はその得体の知れない銃を取り上げ、ほとんど反射的に引き金を引いた。轟音が狭い路地を震わせ、火花と硝煙が散る。
サングラスの男も即座に身を翻し、応戦してきた。乾いた衝撃音が互いの間に交錯し、石畳が削れ、壁に火花が弾ける。娘の悲鳴が遠くに聞こえた。
数度の撃ち合いの末、父の銃は不意に沈黙した。弾切れだった。
刹那、肩に焼けつくような衝撃が走る。視界が揺れ、膝が崩れる。娘の叫びと、無表情で銃を構え直すサングラスの男。その影が父に覆いかぶさっていった。




