第一話 再会
その町は国境から離れた小さな集落だった。舗装の剥がれかけた通りに、二階建ての古い家々が肩を寄せ合う。乾いた風が吹き抜け、午後の空は鈍い灰色を帯びていた。
父は旅装のまま、一軒の家の前に立った。そこが娘の暮らす場所だと聞いて、足を運んできたのだ。最後に会ったのは数年前。小さな口論がきっかけで音信は途絶え、それ以来、便りすらもなかった。今日こうして訪ねてきたのは、半ば衝動のようなものだった。
呼び鈴を押すと、ややあって扉が軋む音を立てて開いた。
そこに立つ娘は、少し痩せ、肌は青白い。それでも面影は確かで、父の胸に安堵と痛みを同時に呼び起こした。
「……ひさしぶりだな」
声をかけると、娘はわずかに眉を曇らせる。その表情よりも、父の目を引いたのは彼女の隣に立つ男だった。
見知らぬ顔。年の頃は三十前後、細身で背が高い。人の良さそうな雰囲気だが、どこか挙動が不安定で、落ち着かぬ眼差しをしている。
思わず口をついて出た。
「……結婚したのか?」
娘は冷ややかに答えた。
「父さんが決めたことでしょう。……忘れたの?」
父は息を呑んだ。そんな事実はない。彼女に結婚を強いたことなど、一度も。
だが娘の瞳は確かに恨みを宿し、冗談や錯覚とは思えなかった。
隣の男は柔らかな顔つきをしていたが、二人の会話を聞きながら視線をさまよわせ、指先をいじり、居心地悪げに立ちすくんでいた。その所在のなさが、この家に重苦しい影を落としている。
「……そんなことはしていない。お前が幸せなら、それでいい。ただ心配で――」
言葉を続けると、娘の唇が震え、声が途切れた。
父は家の奥を覗いた。薄暗いリビング、閉め切られたカーテン。陽光が差すはずの昼間なのに、どこか息苦しい。まるでこの家そのものが外界を拒んでいるかのようだった。
そのとき、隣の男が突然、外の通りに目を見開いた。
父もつられて振り向く。
遠くから、一人の男が歩いてきていた。黒いサングラスに仕立てのいいスーツ、片手には重いアタッシュケース。無駄のない足取りで、迷いなくこちらへ向かってくる。
それを見た瞬間、娘の隣にいた男の顔色が変わった。血の気が引き、膝が崩れそうになる。肩が小刻みに震え、唇が青ざめていく。
「……」娘が不安げに彼の名を呼んだ。
だが返事はなかった。男はただ恐怖に縛られたように後ずさり、迫り来る影から逃れようと必死になっていた。
父の胸がざわめいた。
あれはただの通りすがりではない――。




