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#04 刃と微笑の語らい

 夜の静寂が、魔術学園セント・マグノリアの空に降りていた。


 その寮の一室、アリシア=フィオレット=グランヴェールの部屋には、

 小さなランプの光と、ナイフを磨く金属音だけが満ちていた。


 彼女は机の上で、一本のナイフをゆっくりと撫でていた。

 柄に埋め込まれた紅い宝石が、月明かりを反射して妖しく光る。


 それは、彼女の“親友”であり、“ささやき手”であり、

 ――血を啜る呪われた刃、《ルージュの杯》。


『ふふ……アリシア、今日も素晴らしかったわね』


「うふふ、ありがとうございますわ。あの方、最後まで声をあげてくださいましたのよ?」


『絶望の香り、後悔の味……そして罪の音。どれも上等だったわ』


「でも……やっぱり、あの子にだけは使いたくありませんの」


『ああ、リリィという子ね。甘くて、優しくて、震えているのに逃げない子』


「わたくし、壊したくないんですの。初めてですわ。こんな気持ち」


 アリシアはナイフを布で丁寧に拭い、そっと頬に当てた。


「でも、あなたは不満なのでしょう?」


『……正直に言えばね。血の味を想像するだけで、あの子は特別な風味がしそう。

 ――“恋する心臓の鼓動”、試してみたくならない?』


 ナイフの声は甘く、媚びるように、そして微笑むように語る。


『でも、それ以上にアリシアが乱れる姿、わたし……大好き』


「もう……困りますわ。そんなこと言われたら、わたくし――」


 ナイフをそっと伏せ、アリシアは笑った。


 部屋の壁には、リリィと並んだ自分の姿を想像して描いたスケッチが貼られている。

 アリシアが唯一、人に見せない“夢”だった。


『じゃあ、聞かせて。今日はどんな夢を見たい?』


「リリィさんと、手をつないでお散歩を」


『それだけ? 本当に?』


「……それだけ、で済めばいいのですけれど」


◇ ◇ ◇


 翌日。


 リリィはアリシアに誘われて、学園の裏手にある温室に来ていた。

 以前と同じ場所。けれど、雰囲気はどこか柔らかかった。


「今日は……わたくしの“お友達”をご紹介したくて」


「お友達……?」


 リリィが首をかしげると、アリシアはおもむろにポーチからナイフを取り出した。


 リリィはびくりと身を固くする。

 でもアリシアは、優しく笑った。


「大丈夫ですわ。ただのご挨拶ですの。ねえ?」


『こんにちは、リリィさん。あなたの震える心、ずっと見てましたのよ』


 その声は、リリィの耳には直接は聞こえない。

 けれど、アリシアの表情から“何かと話している”のはすぐに分かった。


「この子……とてもお喋りですの。わたくしの心をよくわかってくれますのよ」


「そ、そう……」


 リリィは困惑しつつも、アリシアから目を逸らさなかった。

 その笑顔は、ナイフと話しているというのに、なぜか――とても、幸せそうだった。


「わたくし、この子に“あなたを壊さない”って誓いましたの」


 アリシアはナイフをしまい、リリィの手をそっと取った。


「だから……信じてほしいんですの。わたくしの“壊したくない”という想いを」


 リリィは、震える指で、そっとアリシアの手を握り返した。


「信じる……わ、私、信じたい。あなたのことを」


 その瞬間、アリシアの瞳がかすかに潤んだ。


『ああ……甘い。これは、どんな血よりも甘美……』


 刃が、満たされていく気配を感じながら、アリシアは微笑み続けた。


「ありがとう、リリィさん……わたくし、あなたとなら、“違う世界”を見られる気がしますの」

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