#23 赤き兆し、月影の予感
──月が、赤い。
学園の中庭。夜気を纏った風が静かに木々を揺らす中、アリシアはひとり佇んでいた。
その手には、もちろん《ルージュの杯》。
まるで脈を打つように、刃の中の紅い宝石が明滅している。
「……今夜も、良い夜ですわね。月がこんなにも綺麗で……血のように」
その微笑は、あまりにも無垢で──狂気を孕んでいた。
◆ ◆ ◆
一方その頃。
ナナは、資料室の奥で再び記録を洗っていた。
ライルの失踪、そして紅の聖堂。すべての点が、一本の糸で繋がっていく。
「“杯に選ばれし乙女は、永遠の愛を捧げる”……」
ナナはページの隅に記された古い詩文を読み上げる。
だが、その意味はあまりにも禍々しい。
「愛、ね……そのために、壊して、喰らうってわけ」
ナナの背に冷たい汗が流れる。
その瞬間、資料室の奥から風もないのに本のページが一斉に揺れた。
──視線を感じる。
背後を振り返る。だが誰もいない。
「……アリシア」
ナナは強く名前を噛みしめるように呟いた。
◆ ◆ ◆
翌日、リリィはアリシアに誘われ、学園の温室へと足を運んでいた。
季節外れの薔薇が満開に咲く温室。そこは、アリシアの「お気に入りの場所」。
「リリィさん、ここはわたくしの“秘密の花園”ですの。
小さな頃から、心が落ち着く場所で……大切な人と来たかったのですわ」
「アリシア様……」
リリィは、胸の高鳴りを抑えきれなかった。
けれど、ふと──その花々のひとつが、まるで血を吸ったように紅く染まっているのを見つける。
「この薔薇……」
「“紅の祈り”と呼ばれておりますの。手入れが難しいけれど、好きなんですわ。
……儚くて、そして、強い。まるでリリィさんみたいですわね♡」
リリィは頬を染めながら、返す言葉を探す。
その間にも、アリシアの瞳がほんの一瞬だけ、赤く揺れたことには──気づかなかった。
◆ ◆ ◆
夜。
王都では、王女セレナが出発の準備を進めていた。
「近衛隊、魔術師団、全員に通達を。
我らは魔法学園の内部監査と“潜在的脅威”の排除を行う」
王家の象徴である白馬車が静かに用意され、セレナは銀の剣と拘束呪具《カルマの鎖》を手に取った。
「壊れてしまった心も、愛を語る刃も──わたくしがすべて、受け止めます」
その眼差しは、まっすぐ“アリシア=フィオレット=グランヴェール”を見据えていた。




