#22 揺らぐ心、寄せる声
リリィは最近、眠れない夜が増えていた。
アリシア様の笑顔。触れた指先の温もり。そして──
ときおり、ふとした瞬間に見せる、あの“紅い”瞳。
「……アリシア様……」
カーテンの隙間から差し込む月光の下、リリィは小さく呟いた。
胸の奥が、きゅっと締め付けられるようだった。
恋しさと、恐ろしさ。
そのどちらも、本当にアリシアから受け取ったもの。
◆ ◆ ◆
翌朝、食堂の窓際席。
アリシアはいつものように、ローズピンクの瞳でリリィを見つめる。
「リリィさん、昨夜はおやすみになれました?
今日は、特別な紅茶を淹れましたのよ。お砂糖、少し多めにして……♡」
「ありがとう……ございます」
リリィは微笑み返すが、視線を合わせるのが怖かった。
“もしも、あの目がまた紅く染まっていたら”──そんな予感が拭えなかった。
その視線の揺らぎを、テーブルの向かいからひとり観察している者がいた。
ナナ。
潜入した賞金稼ぎの少女。リリィの寮の隣室で、最近は特に交流が増えていた。
「最近、元気ないね。大丈夫?」
休憩時間。中庭で声をかけてきたナナに、リリィは思わず言ってしまう。
「……ナナさん。私……誰かのこと、信じていいのか、わからなくて……」
ナナの表情がわずかに引き締まる。
それは、任務のための仮面ではなく、心からの戸惑いだった。
「信じたいと思ってる。でも、その人の笑顔の奥に……何かがいる気がして……」
──その瞬間、ナナは確信した。
リリィが言っている相手は、間違いなく“アリシア=フィオレット=グランヴェール”。
だが彼女の言葉は、ただの告発ではなく──
「信じたい」という、純粋な感情の苦しみだった。
◆ ◆ ◆
深夜。貴族の屋敷。
ナナは報告書をしたためながら、ほんの一瞬、ペンを止めた。
「……これで、いいのかな……」
だが、賞金稼ぎとして依頼を果たすこと。
それは彼女がこの世界で生きていくための、たった一つの“誇り”でもあった。
◆ ◆ ◆
王都。セレナ王女の執務室。
「第3王女陛下。件の“アリシア=フィオレット=グランヴェール”に関する続報が届きました」
報告書を受け取ったセレナは、それを静かに開く。
──信じたいという声。
──しかし狂気を孕む微笑み。
──そして、“紅く光る瞳”。
セレナはそっと、窓の外を見た。
「ふふ……これは、無視できませんわね」
白磁のティーカップを静かに戻し、彼女は立ち上がる。
「婚姻前の、最後の責務として──動きましょう」
その瞳には、王族の“慈愛”と“決意”が、静かに宿っていた。




