表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

2/28

#02 わたくしだけが、壊していいのですわ

 アリシア=フィオレット=グランヴェールは、今日も笑顔で教室の扉を開けた。


「ごきげんよう、皆さま。朝の空気、とっても清らかですわね♪」


 その言葉と同時に、教室の空気がぱっと華やいだ。

 花の香りがしたとさえ、誰かが呟いた。


 ただ一人、リリィ=エインズだけが――その微笑みに、言いようのない“冷たさ”を感じ取っていた。


◇ ◇ ◇


 あの夜から、リリィの中で何かが変わっていた。


 上級生がまた一人、突如として学園から姿を消した。

 教師たちは「実家の事情で退学した」と発表したが、信じる者はいなかった。

 それでも、生徒たちは口を閉ざした。誰も、本当のことを口にしようとはしなかった。


 ――あの笑顔に、触れてしまったから。


 リリィは、あの裏庭で見たものをまだ知らない。

 でも、何かが起きているのは、確信していた。


「リリィさん、こちら、ご一緒してもよろしくて?」


 放課後、アリシアはまるで日常の延長のように声をかけてきた。


「え……ええ、もちろん……」


 ぎこちなく頷くリリィの手を、アリシアはそっと取る。

 その指は柔らかくて、温かくて、なのにどこか――鉄の冷たさに似ていた。


◇ ◇ ◇


 二人は校舎の外れにある温室へと向かった。

 普段は使われていない、生徒でも滅多に立ち入らない場所。


 アリシアは小さな白い花を摘みながら、穏やかに語りかけた。


「この子たち……花言葉、ご存知かしら?」


「えっと……純潔、とか?」


「正解ですわ。ふふ……リリィさんって、やっぱり素敵ですのね」


 その言葉に、リリィは頬を赤らめる。

 胸の奥が、苦しくなるほど高鳴る。


 でも、その瞬間だった。


「……あの上級生のこと、どう思われまして?」


 アリシアの声が、ふと低くなった。


 リリィは息を呑む。

 ――なぜ、その話を?


「リリィさんは、お優しい方ですもの。あのような、弱き者を傷つける方が許せませんでしょう?」


「……それは、まあ……」


 返事に詰まるリリィを、アリシアはじっと見つめた。

 その瞳は、まだ淡いローズピンクだった。

 けれど、ほんの少しだけ。ほんの一瞬だけ。


 紅が滲んだ気がした。


「わたくし、どうしようもなく思ってしまいますの」


「え……?」


「“壊してしまえば、楽になれるのに”って」


 アリシアは、笑った。

 まるで、恋を語るように。まるで、祈るように。


「でも……あなたは、違いますわ」


「……わたし?」


「あなたは、壊したくないんですの。だから、お願いです――」


 アリシアは、手の中から一振りのナイフを取り出した。

 どこに隠していたのか、それはあまりにも自然に、あまりにも優雅に、彼女の手に収まった。


「この子が“欲しがって”しまう前に……わたくしに、“あなたのもの”になってほしいの」


 リリィの息が止まる。


「……“わたくしのもの”になってくださる? それとも、切り落としましょうか♡」


◇ ◇ ◇


 その夜。

 誰もいない温室に、一輪の白い花が落ちていた。


 そしてその隣には、紅い雫が、一滴だけ――


 けれど、それは血ではなく。

 ナイフに咲いた“微笑”の名残だった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ