#19 紅の祈り、密やかな口づけ
──その夜、学園の温室。
リリィはひとり、アリシアと待ち合わせをしていた。
整えられた薔薇の花々のあいだ、静かな足音が響く。
「ごきげんよう、リリィさん。お待たせいたしましたわ」
アリシア=フィオレット=グランヴェールが微笑む。
ローズピンクの瞳が、月明かりに柔らかくきらめいていた。
「アリシア様……」
リリィの声は、どこか震えていた。
アリシアの近くにいると安心するはずなのに、胸の奥がざわつく。
「今日は、特別な紅茶を用意したんですの。
ほら、これ……薔薇の花弁を乾かして香りをつけたもの。リリィさんにぜひ味わっていただきたくて」
「ありがとうございます……」
ふたりきりの静かな時間。
けれどリリィの目は、アリシアの仕草のひとつひとつを追っていた。
──その笑顔の奥に、何か隠しているような気がしてならない。
◆ ◆ ◆
「リリィさんは……わたくしのこと、怖いと思いますの?」
アリシアの言葉に、リリィは息を呑んだ。
「え……いえ、そんな……」
「ふふ、そう。なら、よかった」
そう言ってアリシアは、紅茶を一口飲むと、ゆっくりとリリィに近づいた。
「でも──リリィさんは優しいから。もし怖くても、きっと言わないのですわね」
リリィの肩に、そっと手が添えられる。
その手は驚くほど冷たく、そして優しかった。
「アリシア様……」
リリィの唇から、その名が自然に漏れる。
「リリィさん、わたくし……あなたを、とても大切に思っておりますの」
◆ ◆ ◆
その夜。
リリィは部屋でひとり、ベッドに座っていた。
胸の奥に、どうしようもないざわめきが残っている。
(あのとき……ほんの少し、目が赤く光ったような気がした)
──気のせいかもしれない。
でも、あの目に吸い込まれそうになったのも確かだった。
気づけば、窓の外に気配を感じた。
──誰かが通り過ぎた。
けれど、それが幻か現か──今は確かめる術もない。
ただひとつ、リリィの胸には奇妙な“疼き”が残っていた。
それが恐怖なのか、それとも──
甘美な予感なのかは、まだわからない。