#18 迫る違和感、紅き刻印
──彼が戻らない。
ライルが、夜の見回りに出たまま、寮に戻ってこなかった。
何度もナナは部屋の前で足音に耳を澄ませたが、扉が開くことはなかった。
(なにかが、起きてる……)
寮の規則を破ってまで、ナナは夜の資料室へと忍び込む。
目的は、学園内で起きた“失踪”に関する記録。ライルが消えた理由を掴むため──
埃をかぶった過去の記録簿をめくる。
報告されていない“失踪”が年に数件ずつ起きていることに気づいた時──
彼女の視線は、あるページで止まった。
『紅の杯に魅入られし者、再び現れん』
「……紅の杯?」
呟いた言葉が、室内の空気をわずかに揺らす。
その瞬間、背後に気配を感じた。
誰かがいる。
ゆっくりと振り向くと、そこには誰の姿もなかった──
だが、窓の外。月明かりの中に、一瞬だけ“何か”が揺れたような気がした。
◆ ◆ ◆
翌朝。
ナナはリリィの姿を見かけた。だが声はかけなかった。
(今はまだ……話すわけにはいかない)
ナナの視線は、学園の中央で無邪気に笑うアリシアを捉えていた。
紅茶を片手に、穏やかに談笑するその姿は、昨日の気配とまるで結びつかない。
──けれど、ナナにはもう確信があった。
(この人が、“紅の杯”とつながっている。ライルが消えたのも、絶対に……)
静かに拳を握りしめる。
(……見つけてみせる。証拠も、正体も──全部)
そして、ナナは再び、調査の記録を手に取った。