#13「深紅の鎖、ふたりの距離」
アリシアの部屋。
朝の光を浴びながら、ダガー《ルージュの杯》が燦然と輝いている。
「今日も麗しい朝ですわね、リリィさん」
アリシアはダガーを手に、窓辺に立つと微笑む。だが、その目はどこか遠く、狂気の香りを孕んでいた。
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一方、リリィは学園の図書館で一人、分厚い古書を開いていた。
“失踪”に関する記録。
“過去の魔術災害”――そして、“学園内の異常死”。
アリシアのことを疑いたくない自分と、それでも心に積もる違和感がせめぎあう。
(どうして…アリシア様の手が、あのときナイフのように見えたの…)
ページをめくる手が止まる。
古い記事には、最近“行方不明者が続出している”と記されていた。
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その夜。寮の自室に戻ったリリィのもとに、匿名の手紙が届く。
「魔術学園内で人が消えている。『紅の目』に気をつけろ」
震える手で手紙を読み返すリリィ。
(紅の…目?)
思い出すのは、夜の礼拝堂で見たアリシアのあの目――血のように、真紅に染まっていた瞳。
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アリシアの寮室。
「リリィさん、今日はお疲れではありませんでしたか? 今夜は、わたくしの部屋で紅茶でも――」
ふいにリリィの目が逸れる。
アリシアは、その一瞬の“距離”を見逃さなかった。
「……あら? もしかして、誰かとお話しでも?」
「い、いえ……そんなこと……!」
アリシアは優雅に微笑んだ。
だが、その笑みに潜む“熱”は、もはや抑えきれない。
「そう……では、これを。お守りですわ」
彼女は赤いリボンで結ばれた小箱を差し出す。
中には、見覚えのある宝石――リリィの瞳と同じ色のペンダントが入っていた。
「わたくしの気持ちが、いつもそばにありますように」
その声は甘く優しいのに、背筋が凍るほどの“執着”が込められていた。
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その頃。学園の外では、ある冒険者パーティが森で倒れていた。
「クソッ……もう二人やられた……!」
「撤退だ! 奴には勝てない……っ!」
彼らは学園に送り込まれた探索チーム。貴族が私費を投じて雇った“腕利き”のはずだった。
だが、彼らの前に現れた“何か”は、すべてを無力化した。
「“あの女”は……魔女だ……」
その囁きは、夜闇にかき消されていく。
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一方、アリシアは夜の学園を散歩していた。
ふと立ち止まり、空を見上げる。
「リリィさん……わたくしは、決して手放しませんわ。ええ、何があっても――」
彼女のローズピンクの瞳が、そっと赤へと染まり始める。
その奥に、狂おしいほどの“愛”が煌めいていた。