#11「咲くのは紅か、白か」
白いカーテンが揺れる放課後の教室。リリィは無言で差し出された手紙を見つめていた。差出人の名前はない。だが、中に書かれていたのは――アリシア様に関する、信じたくない内容だった。
『彼女の部屋には、誰も知らない“隠し棚”がある』
『先日失踪した生徒の持ち物が、そこから見つかったという噂も』
手紙の端に記された「これ以上関わらない方がいい」という言葉に、リリィは震える指でそれを握りしめる。
(違う……アリシア様は、そんな人じゃ――)
けれど脳裏には、あの日、ダガーを見た時の冷たい感触が残っていた。
次の日の朝。登校してきたリリィに、アリシアがいつもの優雅な笑顔で近づいてくる。
「リリィさん。……今日も、お美しいですわね」
その言葉に微笑みを返そうとしたリリィだったが、どこかぎこちなくなっている自分に気づく。
「……アリシア様。あの、少し、お話が……」
言い終える前に、アリシアがそっとリリィの手を取った。
「ねぇ、リリィさん。……わたくし以外を見てはなりませんわ」
その目は、まるで淡く染まる薔薇のように、やさしく……そしてどこか狂気を孕んでいた。
ほんの一瞬、ローズピンクの瞳が赤く瞬いた気がして、リリィの心が軋む。
(どうして――こんなにも、苦しいの……?)
放課後。学園の回廊で一人座っていたリリィは、ふと膝に置いた手を見つめた。
震えていた。心は、今もアリシア様を求めているはずなのに、なぜか身体が怯えている。
一方、アリシアは月の光が差し込む自室で、ダガー《ルージュの杯》を撫でていた。
「ふふ……やっぱりリリィさんったら、揺れていらっしゃる。わたくしの“愛”に、どう応えるのかしら」
刃がわずかに赤く輝き、アリシアの頬が緩む。
「もっと、もっとあなたの心を暴いて差し上げますわ――リリィさん」
その言葉に応えるように、ダガーが甘く囁いた。
『いいわ、そのまま深く、壊してしまいましょう』
アリシアの微笑みが、夜に溶けていく。