#10 「少女と紅の秘密」
晴れた休日の午後。
アリシアに手を引かれ、リリィは学園の裏手にある古びた礼拝堂へと足を踏み入れていた。
ここは今では誰も近づかない――かつて“神の声を聞く場所”とされた廃墟。
「ふふ……こちらですわ、リリィさん」
「……あ、あの、アリシア様? ここって……」
「大丈夫ですわ。怖くなんてありません。むしろ、静かで……素敵でしょう?」
色褪せたステンドグラスから差し込む光は、まるで血のような赤に染まっていた。
その光の中で、アリシアは振り返り、どこか懐かしむように微笑んだ。
「昔、この場所では、互いを“誓い合った乙女”たちがいたのですって」
「誓い合う……?」
「ええ。心から想い合った者たちは、この祭壇の前で口づけを交わし、誰にも引き裂かれぬよう誓ったそうですわ」
そう言って、アリシアは壇上へと上がり、指先で埃の積もった古い祈祷台をなぞった。
リリィは――何かが喉元にひっかかったような違和感を覚えていた。
この礼拝堂に立った瞬間、胸の奥がチクリと痛んだ気がする。
そしてその痛みは、アリシアの声にかき消されるように、すぐさま甘い痺れへと変わっていった。
「ここ、なんだか……不思議な感じがします。まるで、何かが今も残ってるみたいで……」
「ふふっ、リリィさんは鋭いのですわね」
アリシアが右手を胸元に当てると、衣の下から、赤く鈍く光るダガーがうっすらと輪郭を現す。
それはリリィには見えない、小さな興奮と魔の兆し。
「ずっと、こうして一緒にいられたら……どれほど幸せでしょうね、リリィさん」
「えっ……?」
言葉の意味を理解するより早く、アリシアはリリィの手を両手で包み、ぬくもりと共にその視線をじっと見つめる。
その眼差しは、優しさと狂気の境界で揺れていた。
⸻
夕暮れ。アリシアはひとり礼拝堂に戻り、静かに祈祷台に座っていた。
「……ねえ、ダガー。わたくし、もう少しだけ待てばいいのでしょうか?」
返事の代わりに、ダガー《ルージュの杯》が熱を帯びてゆく。
「でも、もし……リリィさんが誰かに取られそうになったら……」
小さな舌先が、唇を濡らす。
「その時は、“誓い”をしてもらいましょう。ふふ……この場所で」
闇が礼拝堂を包む頃、アリシアの赤い瞳がほんの一瞬、狂気に染まったように輝いた。