6.雲行き
「拓人、今来たのか?」
外から戻って来ると、ロッカールームから千尋が出てきた所に鉢合わせた。どうやら話しているうちに、入れ違ったらしい。
「うん…」
曖昧に返事をすると、千尋は首をかしげる。
「…どうした?」
「ううん。…なんでも。──それより、千尋、疲れてない? 仕事、長引いたって」
「まあ、な…。でも、ここで発散したほうが疲れも吹き飛ぶし。──やっぱ、なんかあっただろ?」
千尋はそう言うところに敏感だ。俺の様子がいつもと違うと感じたらしい。
「課題が多く出されてさ。もううんざり。俺の方が疲れてんのかな? ──ほら、中行こう」
笑顔を作って誤魔化す。
蒼衣のことは話せなかった。来たことを言えば、何を話したか聞かれる。
今、千尋とその話をする勇気がなかった。
「うん…」
どこか納得しないようでもあったが、そんな千尋の背を押すようにして練習場へと向かった。
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千尋はいつものように、トレーニングマシーンで身体を鍛えた後、練習生相手にスパーリングする。
横でオーナーが見ていて、指示をだしていた。本当はセコンドがその役をやるのだが、流石にそれは俺に出来ない。身の回りの世話を焼くのがせいぜいだ。
オーナーは千尋にふられてからも、ずっと目をかけている。
本当は真剣にプロを目指して欲しいのだが、千尋にそのつもりはない。もったいないとはオーナーの口癖だった。
家具職人としても、徐々に力をつけてきている。まだまだ駆け出しで、先輩の手伝い程度だが、丁寧な仕事が認められつつあるのだ。
俺としては家具職人を推したいけれど、もし、本気で千尋がプロになりたいのなら、阻むつもりはなかった。
選ぶのは千尋だ。俺じゃない。
千尋の人生の邪魔はできなかった。そこで、ふと思う。
邪魔、か──。
スパーリングする千尋を目で追いながら、誰にも聞こえないほどの、小さなため息を漏らした。
先ほどの蒼衣の言葉が胸に刺さる。自分は千尋の選択の幅を、狭めているのではないかと。
「──拓人、やっぱり何かあったろ?」
ジムを出て、帰途に就き。
夕食後、お風呂に入って、布団に潜り込んでから、千尋がそう尋ねてきた。枕に頭を乗せこちらを見つめてくる。
正直困った。蒼衣に言われたことを、聞く勇気はない。子どもが欲しいのかと。
その先に待っている答えが怖くて──。
悩んだ挙句、
「千尋は…小さい頃、寂しかった?」
「うん?」
「ほら、両親のこととか、色々あっただろ? 俺はそれでも、母親や兄貴がいたからなんとかなってたけど…」
「小さい頃は、な。──でも、今は拓人がいる。だから寂しくない」
「そう…」
「それが悩みか? ずっと、ここにしわが寄ってた…」
そう言うと、眉間を指先でつついてきた。くすぐったい。俺は首をすくめると。
「…うん。千尋のこともっと知っておきたいなって思ってて…」
「俺は今、充分幸せだ。──拓人が別れるって言わない限りは」
ついドキリとしてしまった。
『別れてやりなよ。千尋が好きなら』
蒼衣の言葉が蘇ったからだ。
「そんなこと…言わない」
言いたくない。俺だって、千尋が好きなんだ。
その思いは誰にも負けない。腕を伸ばし、千尋にぎゅっと抱きついた。
「…千尋。好きだよ」
すると、くすと笑んだ千尋が、
「わかってる…」
そう言って、キスとともに抱き返してきた。それが合図となって千尋が覆いかぶさってくる。
千尋の重みや体温を、ずっと感じていたかった。




