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その先の景色を僕は知らない 2  作者: マン太


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6.雲行き

「拓人、今来たのか?」


 外から戻って来ると、ロッカールームから千尋が出てきた所に鉢合わせた。どうやら話しているうちに、入れ違ったらしい。


「うん…」


 曖昧に返事をすると、千尋は首をかしげる。


「…どうした?」


「ううん。…なんでも。──それより、千尋、疲れてない? 仕事、長引いたって」


「まあ、な…。でも、ここで発散したほうが疲れも吹き飛ぶし。──やっぱ、なんかあっただろ?」


 千尋はそう言うところに敏感だ。俺の様子がいつもと違うと感じたらしい。


「課題が多く出されてさ。もううんざり。俺の方が疲れてんのかな? ──ほら、中行こう」


 笑顔を作って誤魔化す。

 蒼衣のことは話せなかった。来たことを言えば、何を話したか聞かれる。

 今、千尋とその話をする勇気がなかった。


「うん…」


 どこか納得しないようでもあったが、そんな千尋の背を押すようにして練習場へと向かった。



 千尋はいつものように、トレーニングマシーンで身体を鍛えた後、練習生相手にスパーリングする。

 横でオーナーが見ていて、指示をだしていた。本当はセコンドがその役をやるのだが、流石にそれは俺に出来ない。身の回りの世話を焼くのがせいぜいだ。

 オーナーは千尋にふられてからも、ずっと目をかけている。

 本当は真剣にプロを目指して欲しいのだが、千尋にそのつもりはない。もったいないとはオーナーの口癖だった。

 家具職人としても、徐々に力をつけてきている。まだまだ駆け出しで、先輩の手伝い程度だが、丁寧な仕事が認められつつあるのだ。

 俺としては家具職人を推したいけれど、もし、本気で千尋がプロになりたいのなら、阻むつもりはなかった。


 選ぶのは千尋だ。俺じゃない。


 千尋の人生の邪魔はできなかった。そこで、ふと思う。


 邪魔、か──。


 スパーリングする千尋を目で追いながら、誰にも聞こえないほどの、小さなため息を漏らした。

 先ほどの蒼衣の言葉が胸に刺さる。自分は千尋の選択の幅を、狭めているのではないかと。

 


「──拓人、やっぱり何かあったろ?」


 ジムを出て、帰途に就き。

 夕食後、お風呂に入って、布団に潜り込んでから、千尋がそう尋ねてきた。枕に頭を乗せこちらを見つめてくる。

 正直困った。蒼衣に言われたことを、聞く勇気はない。子どもが欲しいのかと。

 その先に待っている答えが怖くて──。

 悩んだ挙句、


「千尋は…小さい頃、寂しかった?」


「うん?」


「ほら、両親のこととか、色々あっただろ? 俺はそれでも、母親や兄貴がいたからなんとかなってたけど…」


「小さい頃は、な。──でも、今は拓人がいる。だから寂しくない」


「そう…」


「それが悩みか? ずっと、ここにしわが寄ってた…」


 そう言うと、眉間を指先でつついてきた。くすぐったい。俺は首をすくめると。


「…うん。千尋のこともっと知っておきたいなって思ってて…」


「俺は今、充分幸せだ。──拓人が別れるって言わない限りは」


 ついドキリとしてしまった。


 『別れてやりなよ。千尋が好きなら』


 蒼衣の言葉が蘇ったからだ。


「そんなこと…言わない」


 言いたくない。俺だって、千尋が好きなんだ。

 

 その思いは誰にも負けない。腕を伸ばし、千尋にぎゅっと抱きついた。


「…千尋。好きだよ」


 すると、くすと笑んだ千尋が、


「わかってる…」


 そう言って、キスとともに抱き返してきた。それが合図となって千尋が覆いかぶさってくる。

 千尋の重みや体温を、ずっと感じていたかった。



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