その後1 イス
コトと、言う何かが置かれた音に目を覚ました。うっすら目を開ければ、斜め向かいのイスに千尋が座っている。
どうやら、本を読むうち、うたた寝してしまったらしい。
コトと言う音は、スツールにカップを置いた音だ。中にはコーヒーが揺れている。
眠る前は作業中だったはず。さっき尋ねた時は、まだいいと言っていたから、作業を終えて、自分で淹れてきたのだろう。フワリとコーヒーのいい香りが漂う。
眠る前、俺はイスの一つを引っ張り出し、テラスで読みかけの推理小説を読んでいた。
小さ目のスツールがテーブル代わり。そこへ淹れたばかりのコーヒーをおいて、読みふけっていたのだ。
斜め向かいには千尋の為のイスも用意してあるけれど、今、その姿はない。
作業場で仕事中だからだ。
作業部屋はテラスのすぐ後ろ。俺は、時折千尋の立てる、シュッシュッ、ゴトゴトと言う音に耳を傾けるうち、どうやら眠ってしまったらしい。
「──ごめん、起こしたか?」
千尋が視線を上げる。手元にはめくりかけのインテリア雑誌があった。
いつからいたんだろう。
ひとりだと思っていたのが、実は千尋がいてくれたのだ知って、ホワンと胸の内が温かくなる。
「…ううん」
俺は目をこすりこすり、すっかり背もたれにもたれきっていた身体を起こすと、大きく背伸びした。
「まだ、寝てていい」
「…うん。でも、けっこう寝たから。十分…。仕事、一段落?」
「ある程度」
「今度の、大きいね? ベンチ?」
俺は今はシンとなった作業場を振り返る。座面が長いため、そう思ったのだ。
「ん。二人掛け」
「へぇ。初めてだね?」
「あれは試作だ。だから、完成したら家で使う」
その言葉に、ピョンと跳ねるように身を乗り出すと。
「本当? 何処に置く?」
「…中でも、ここでも」
「やった。二人で座れるね」
「ん…」
千尋も嬉しそうだ。
普通のイスだと、隣り合わせがせいぜい。
でもベンチなら、一緒に座れるし、何かしていても隣に千尋がいる、と言う事もあるわけで。
「楽しみ」
嬉しくてにこにこと笑んだ。
✢
そうして、数週間後の休日、昼下がり。
ようやく完成したベンチを、拓人に手伝ってもらい、テラスへと置いた。
取り敢えず、今は季節がいいからと──拓人の強い要望もあって──外へ出したのだ。
二人揃って座ってみる。すると拓人はぽすりと、頭を千尋の肩へもたれさせ。
「…ひっつけるの、いいね」
ヘヘっと笑って見せた。
かわいくて、どうしようかと思った。
拓人はそのまま目を閉じ、読もうと持ってきたらしい本も膝の上に伏せてしまう。
暫くして寝息を立て出した。
緑の庭からは、ゆるく涼やかな風が吹き抜けていった。それが拓人の少しクセのある前髪をそよと揺らす。
穏やかな時が流れる。千尋が望んだ景色がそこにあった。
何が起こるでもない。けれど、大切な人と過ごす、ささやかだけれど、幸せな時間。
ベンチ、作って正解だったな。
すっかり眠り込んだ拓人の寝顔を見つめながらほくそ笑む。
千尋の思惑通りだった。
ー了ー




