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その先の景色を僕は知らない 2  作者: マン太


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22/25

22.歓声

「千尋!」


 狭い会場が揺れるほどの大歓声の中、レフェリーが千尋の腕をとって掲げて見せた。天井のライトが目に眩しい。

 二ラウンド目、相手は千尋のパンチでノックアウトされ、立ち上がれなくなった。それで、勝敗が決する。千尋の勝ちだ。

 試合は勝ち抜き戦となっている。千尋は最終戦、決勝は朗とだ。因縁の対決。

 俺は半ば崩れるようにしてロープによりかかった千尋の身体にタオルをかけ包み込む。


「お疲れ様。次の試合まで時間があるから、休もう」


「──ん」


 ロープの間を抜け、リングを降りる千尋に手を貸す。

 触れる腕や身体はかなり熱い。汗も滝のようだ。唇の端に血が滲むのは切ったせいで。相手のパンチが入った証拠でもある。

 けれど、致命的なそれではなかったようで。疲れてはいるようだが、足取りはしっかりとしていた。


「朗に勝つ…」


 絞り出すように、それでもはっきりとそう口にした。


「うん。大丈夫。──今の千尋ならいける」


 俺は笑みを浮かべ答える。今日の千尋は絶好調で。俺の中でやられる姿は想像つかなかった。

 椅子に座らせ、水を飲ませる。

 試合は十五分後。殴られた頬や顎に氷嚢をあてて冷やした。冷たい雫が頬を滑り落ちていく。

 リングの反対側では先に試合を終えていた朗が休んでいた。

 イスにどっかりと座り背もたれに寄りかかっている。あちらもかなり体力は削られているようだった。

 体重や体格からも、朗に分がある。けれど、機敏さは千尋が上だ。相手の攻撃を避けた隙を突けば行ける気がする。

 とにかく、まともに攻撃を受けないことが大事だ。

 こんなこと、言わなくとも千尋は分かっている。それに、セコンドで指示役のオーナーが、もっと的確に同様の内容を伝えていた。

 だから、俺は別のやり方でそっと千尋を応援する。

 オーナーが席を外したあと、見計らったようにバサリと頭の上からタオルをかけ、千尋の頭を覆う。まるでテントの中の様に、二人だけの空間となったわずかな間。


「千尋…」


「拓人…?」


 千尋は何ごとかと僅かに視線を上げる。

 俺はえいやとばかり、意を決して血の滲む唇に、そっと触れるだけのキスをした。本当に一瞬だ。

 千尋が、ピクリと身体の動きを止めて反応する。


「…応援してる。頑張って」


「……」


 俺は直ぐにタオルを外して、汗ばむ千尋の身体を拭きだした。それで、二人きりの空間は終わったが。

 千尋はしばらく黙っていたけれど。


「…拓人」


「うん?」


 目を伏せ答える俺の頬は真っ赤だろう。


「絶対に勝つ。勝ったら──また拓人からして欲しい」


 こちらを見つめてそう口にした千尋の目はかなり熱い。俺はしどろもどろになりつつ。


「うん…」


 そう答えた。



 それから。

 朗との対戦が始まる。三ラウンド経たのち。

 レフェリーが、満身創痍の二人の間に立って、千尋と朗の手首を取る。


「勝者─…!」


 天井のライトが眩しく目に映った。



「拓人さん!」


 ジムに向かう途中、弾む様な声に振り返れば、朗が軽くかけるようにしてこちらに向かって来るところ。


「あれ、朗。早いね」


「そ。今日はバイト入れてないし。拓人さん、ジム行くなら一緒に行こう」


 追いついた朗は、そう言ってするりと俺の二の腕に腕を絡めて来る。


「こら。くっつかない」


 俺はすかさず、ツッコミを入れるが。


「いいじゃん。千尋、どうせ遅れるんだろ? 見られないって」


 朗は悪びれない。


「そう言う事をいってるんじゃないよ。ほら、離して──」


 言いかけたところへ、二人の間に割って入るように人が現れた。


「…離れろ」


 キラキラした金髪が目の前を掠める。千尋だ。どうやらいつもより早めに上がれたらしい。朗は嫌そうに顔をしかめ。


「せっかくの拓人さんとの時間、邪魔すんなよ。だいたい、いっつも独占してんだろ? 少しは譲れっての」


「そう言う問題じゃない。譲るものでもない…。拓人は俺だけのだ。誰かと共有なんてしない。──特にお前とはな」


 千尋はきっちり、俺と朗の間に割って入るとそう口にした。


「あー、ヤダヤダ。独占欲丸出し。拓人さん、面倒くさいでしょ? だから俺が勝って千尋から乗り換えて欲しかったのに…」


「千尋が勝っても負けても、それはない。だいたい、それ含めて一緒にいるから。ほら、前見て歩かないと、また──」


 ビクッと朗は肩を揺らして立ち止まり、足元をキョロキョロと見回した。俺は思わず吹き出す。


「あ! 引っ掛けたんすか?」


 朗はムスッとして睨んでくるが。そんな様子に千尋は首をかしげる。


「んだ?」


「条件反射なんだ。手をださないように、躾した」


「…拓人さん。意地悪いっす」


 俺は声をあげて笑った。

 そう。千尋は朗との決勝戦を制し、ジム主催のトーナメント戦でみごと優勝を果たした。しかも階級無視のトーナメントだ。

 朗との身長差は十センチ以上。体重も違う。

 それなのに勝ち抜けたのは、千尋の持ち前のセンスが発揮されたからに他ならない。

 改めて千尋の能力を再確認したオーナーは、何とか千尋をプロにしたいらしいが、やはり千尋に頑なに断られ。

 ふとこちらに顔を向けて、拓人くん、アマチュアから初めて見ない? と言われた。


 勿論冗談と分かっているけれど。


 俺がやれば、千尋も本気でやり出す──とでも言うのだろう。

 どう転んでも、俺がキックボクシング選手を目指すことはないため、千尋が考えを変えない限り、プロを目指すことはないのだろう。

 そうして、賑やかに三人でジムへと向かった。

 夏にしては涼しい風が、抜けるような青空のもと、吹き抜けていった。




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