20.帰宅
その後、臣司の手配により、彼らの上役にあたる連中が来て、後始末を引き受けた。
蒼衣の父親が所属する組織の更に上の連中だ。こちらは《《まとも》》だと言う。
眞砂の話を聞き、全て引き受けると言った。もし、警察に突き出したいならそれでもいいと言う。手に負えないバカは、一度、痛い目を見るべきだ、そう口にしていた。
その場では、一旦、保留となる。
「これでもう、奴らが手を出してくることはないだろうが…。問題はその蒼衣って奴だな。やくざもんなら上の言うことも聞くだろうが、聞いた様子じゃただの我儘なガキだ。親の言うこともまともにきかないだろうしな…」
送っていくと言う真砂の車の後部座席に、俺と共に乗った千尋は、まっすぐ前をみつめたまま、
「…真砂さん。頼みたい事がある」
少し考える様にしてそう口にした。
千尋は俺に着ていたシャツを羽織らせ、肩を抱くようにしている。着衣はすっかり整えられていた。
眞砂はそんな千尋を、ルームミラー越しにみやったあと。
「──なんだ?」
「蒼衣に、二度と拓人に手出しはさせない方法だ。さっきの奴らもまとめて…」
それだけで真砂は察したのか、
「…言って聞かない奴にはいい薬だな。──後で話そう」
そう言った切り、真砂はその件に触れてはこなかった。
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自宅に到着し、真砂に礼を言って車を降りた。久しぶりに我が家へ帰って来た気がする。
俺の不明を千尋に知らせてくれたのは朗だった。その朗の連絡を受け、千尋は真砂を頼り、自身も仕事を休み駆けつけてくれ。
皆が連携しなければ、今頃どうなっていたかわからない。身も心もズタボロになっていたのは確かだろう。
男の顎に頭突きした頭や、叩かれた頬は触ると少し痛むが、それくらいで。転んだ時に打った後頭部は大して痛まなかった。
「千尋。その…勝手に家を出て、ごめん」
玄関を入る前に謝る。千尋は玄関の引き戸にかけた手を止め振り返った。
千尋に考える時間を与えるつもりが、結局、改めて千尋が好きなのだと再確認しただけだった。
助けに来てくれた千尋を見て、やはり別れるのは無理だと思ったのだ。
「謝らなくていい…。それより、痛まないか?」
俺は首を振る。
身体にたいしたケガはなかったが、拘束された手首に赤いあざが残っていた。
当分、サポーターでも巻いておかないと、友人らに余計な詮索をさせてしまうかもしれない。
「大丈夫…。ちょっと打った所が痛むくらい。意外に頑丈なんだ」
笑って見せるが、千尋は笑わない。
千尋は手を伸ばすとそっと頬に触れてきた。そこは赤く腫れが残っている。目をスッと細めると、それから首筋から肩、二の腕へと滑らせ。
「…誰にも触れさせたくない。あんな──汚い連中に、一瞬でも触らせたなんて…。俺のせいだ…」
「そんなことない! 千尋はなにも悪くない…。──千尋はいつだって、俺のことを一番に考えてくれる…。なのに、俺は大事な千尋の言葉を聞かなかった。聞こうとしなかった…」
蒼衣や紡の言葉ばかりに意識を取られ。幾ら聞くのが怖かったとは言え、肝心の千尋を無視していたのだ。
「拓人…」
「ごめん──。好きだって言いながら、千尋をないがしろにしてた…。悩む前に千尋に聞けば良かったんだ」
俺は覚悟を決めると、すっくと背を伸ばし、千尋を見つめる。金色の前髪の間に見え隠れする瞳は、ただ真っすぐこちらを見つめていた。
「千尋は──家族が、子どもが欲しいって思う?」
すると、千尋はゆっくり首を横に振って。
「俺が欲しいのは、拓人と二人で作る『家族』だ。他の誰かと作る『家族』じゃない。──二人きりだっていいだろ?」
「──本当に? それでいいの?」
「《《それが》》、いいんだ」
フワリと笑む。
千尋──。
感極まって、腕を伸ばしその首すじに飛びつき抱きしめた。
「──俺、千尋が好きだよ。別れるなんて無理だ──」
千尋もしっかりと俺を抱きとめると、頭を優しく撫でながら。
「小さい頃からずっとひとりが多かった。拓人に出会って、ほかにいないと思った。…拓人となら、一緒に同じ道を歩けるって」
「千尋…」
「もう、どこかに行かないでくれ。…拓人とずっと一緒にいたいんだ」
俺は顔を上げて千尋を見た。千尋の哀しげな眼差しに迷いはない。
──いや。元々、千尋は迷ってなどいなかったのだろう。
迷ったのは、俺だ。
怖くとも、何より千尋の言葉を真っ先に聞くべきだった。俺は千尋の目を見つめると。
「ごめん…。迷ったりして。俺も一緒にこの先もいたい。──いいかな?」
「当たり前だ」
そう言うと抱きすくめられた。
力強い千尋の腕、温もりに、やはり離れることはできないと思う。
「…拓人」
呼ばれて顔をあげれば、キスが唇に落ちてきた。今までの不在を埋める様な、長いキス。
それを終えて、千尋は唇を離すと。
「──おかえり」
「ただいま…」
額をこすり合わせる様にして答えた。
そうして、ようやく玄関から中へと入った。




