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その先の景色を僕は知らない 2  作者: マン太


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19.救出

 朗から連絡を受けたのは、仕事場で紡に指導している時だった。

 紡は父沢木が知り合いから請け負った仕事を回された。初めての一人での制作だ。力試しと言うところか。

 小さなスツール二脚だったが、それでも気は抜けない。注文相手は沢木の娘が作る事を了承済みだ。

 千尋はその工程を、紡と共にひとつひとつ確認しながら、作業を進めていた。そこへ朗から連絡が入ったのだ。

 拓人の送迎を頼んだ時点で、連絡先の交換はしてあった。だが、向こうからも、こちらからも連絡しあったことは一度もない。


「──どうした?」


 朗は今、拓人についてはいない。連絡をしてくる理由がなかった。幾分怪訝な声で問えば。


『拓人さんが、行方不明になった』


 そう告げられた。

 拓人から、実家から大学に向かうことになったから、もう送迎は必要ないと言われたのだが、どうしても気になって、帰る時刻に大学へ様子を見に行ったのだと言う。もちろん、連絡も先に入れて。

 そうすれば、連絡もつかず、姿も見えない。それならと構内を探そうとした所で、拓人の友人達生と出会い。

 一緒に探して回れば、講義棟の裏道に、拓人の荷物が放り出されていた。端末も財布もそこにはいったまま。


「…事情はわかった。面倒をかけて済まなかった。お前はもう帰っていい。ジムに行く時間だろう?」


『けど…!』


「大丈夫だ。後は俺がなんとかする…」


 そう言って通話を切った。

 プロのキックボクサーとして活躍しだした朗を、これ以上、巻き込むことはできない。

 直ぐに臣司に連絡をとり協力を仰ごうとすれば、すでに臣司は異変に気付き、拓人の居場所も掴んでいた。

 千尋にそこへ向かわないと言う選択肢はない。無理をいって沢木に休みを取り、仕事場を後にする。

 事情を知らない紡は驚いた様子で。


「千尋? どこいくの? いてくれないとこれ以上、進められないよ」


「すまない。後は谷先輩が見る──」


「千尋!」


 谷には先ほど面倒を見てほしいと頼んである。

 紡の幾分非難めいた呼び声も、足を止める理由にはならなかった。



 肌寒さを感じて目が覚めた。

 間近で聞き覚えのない男の声がする。うっすらと目をあけると、目の前に無精ひげを生やした目つきの悪い男の顔があった。煙草のヤニ臭いにおいが鼻をつく。

 顔には見覚えがある。あの時、講義棟裏の道ですれ違った男だ。


「!」


 はっとして身を引こうとしたが、身動きが取れない。腕が頭の上で拘束されているのだ。

 とたんに今の状況を把握する。下着以外、着ていた衣服をすべて脱がされ、素肌がさらされていたのだ。

 横たわっているのはベッドの上のようだが、寝乱れシーツもろくにかえていないのか、汗と体臭が入り混じった、甘くすえた匂いがする。


「めんどくせぇな。起きちまったよ…」


 拓人に体重をかけるようにして覆いかぶさっていた男が、顔をにやつかせてそう口にした。


「いつも張ってる場所を通らねぇから探したって。仕方なし、大学に入って正解だったな。危うく、蒼衣にどやされる所だったぜ」


 男は拘束された腕を掴むと、俺の顔を覗き込みそう言って笑う。


「っ!」


「これも命令だ。悪く思うなよ? 蒼衣にはさからえねぇからさ。運が悪かったな? おまえもこれに懲りて、あいつのお気に入りからは離れるんだな。──でないと、今日撮った映像、ばらまくからな。それはイヤだろう? …おい、ちゃんと撮っとけよ?」


「…撮ってるって。蒼衣の奴、撮れたらすぐ送れってさ」


「やっ──!」


 男のもう一方の手が無遠慮に肌に触れてくる。ガサガサとした感触に身体が震えた。

 何とか身をよじって逃げようとしたが、押さえ込む力が強く、逃げることができない。


「放、せっ!」


 それでも、力を振り絞って男の腹を蹴り上げた。ヒットはしなかったが脇腹をかすって、男が顔をしかめる。


「──ったく。めんどくせえ。暴れんなよ!」


 男の手が振り上げられ、頬をはられた。


「っ…!」


 ジンと頬と耳が痺れる。鼓膜が破れたかと思うほどだ。受けた事のない衝撃に、身体がすくむ。

 自分の身にこれから何が起ころうとしているのか予想はつく。


「お前、蒼衣の邪魔してんだってな? 男のくせにヤローとできちまうとは。──こっちも楽しませてくれんだろ?」


「──!」


 ショックと恐怖とで、震えて歯の根が合わない。

 男の手が腕を更に強く掴み、拓人の首すじに唇を触れさせようとした。



「ピンポーン」


 そこへ部屋のインターフォンが鳴る。


「なんだ? 誰か呼んだか?」


 男はもう一方の男を振り返ったが、端末を手に撮影していた男は首を振る。もう一度鳴ったその後。


「◯◯イーツでーす。注文の商品、お届けにあがりましたー」


 呑気な声が聞こえて来る。料理の配達だ。


「…ったく。間違いかよ。めんどくせえな。いいや、貰っとけ」


「金は?」


「そこの端末使え。蒼衣のだ」


 言われた男は差された端末を手に、どしどしとフローリングの床を踏み鳴らし玄関へ向かう。

 今、声をあげれば気づいてもらえる──そう思ったが、男の手にした分厚いタオルが口元を覆い、声が出せなくなる。


「──!」


 首を振ろうとしたが、ガッチリと抑え込まれピクリとも動かなかった。


 気づいてもらわないと!


 チャンスは今しかなかった。

 玄関先では男と配達員のやり取りが聞こえてくる。急がねば配達員は帰ってしまうだろう。焦りと緊張で鼓動が早くなった。

 男を油断させるため、一か八か、抵抗をやめ身体の力を抜く。


「なんだ? 気でも失ったか──」


 期待通り、男が一瞬、手の力を緩ませる。


 今だ──!


 油断した男の顎に向けて、思い切り頭突きを食らわした。


「うぐっ…!」


 コ゚ッと嫌な音がする。同時に頭も痛んだが気にしない。

 男がひるんだすきに、体を起こし立ち上がってドアに向かって駆けだした。

 縛られていた手でなんとかドアノブを引き、その向こうへ飛び出そうとするが──。

 その前に男の手が肩を掴んだ。


「このっ! やりやがって!」


「っ!」


 乱暴に捕まれそのまま、背後に引き倒される。その拍子に床に後頭部を打ち付けた。クラクラとし、目の前が暗くなる。

 さらに男は俺の上に馬乗りになって、手を振り上げた。殴るつもりだ。俺は衝撃に備え目を閉じる。

 が──その手が振り下ろされる事はなかった。背後から伸びてきた手に止められたからだ。


「誰だっ!」


「拓人に触んな…」


 冷静だが、怒りが込められている。


 あ─…。


 ぎゅっと閉じていた目を開け、男の背後、声のした方を見た。そこには──。


「千、尋…」


 か細い声に、千尋は顔をしかめて見せた後、問答無用で男の顎を殴り飛ばし、一発で仕留めた。大柄な男はその場に伸びる。

 と、その背後からもう一人、男が現れた。目深にかぶっていたキャップのツバ上げると。


「あーあ、そっちもそんなにしたら、話しできないだろうが。まったく…」


 現れたのは眞砂だ。

 帽子一つ被っただけで、ぱっと見、配達員のように見える。インターフォンの向こうで声をあげたのは真砂だったらしい。

 どうやら、玄関へ向かった仲間の男も同様の目にあったようだ。

 千尋はそれには答えず、横になったままの俺の元へ歩み寄ると、身体を起こすのに手をかしてくれる。


「拓人、大丈夫か? 怪我は? なにかされたか?」


 矢継ぎ早に問う千尋に、首を横に振る。

 ホッとした途端、泣き顔に表情が崩れた。唇の端がちりりと痛む。叩かれた時に切れたらしい。


「──っ…!」


 気づいた千尋は、顔をしかめたまま、手首の拘束を解き。


「ごめん。──遅くなった」


「千尋…!」


 解かれた途端、千尋の背中に腕を回し抱きつく。しっかりとした腕が背中を抱き返してくれた。


「…もう、大丈夫だ」


 大きな手が頭を撫でていく。それだけで充分だった。



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