18.行方
その日、真砂臣司はいつも通り街を見回りつつ、別の意図をもって巡回していた。
今いるのは、蒼衣の手足となっている若衆が住居としているマンション付近。
雑居ビルが立ち並ぶ中にある、かなり古びたマンションだ。築四十年は経っているだろうか。
数週間前、千尋から拓人がヤクザを父に持つ蒼衣に目をつけられている、しいては蒼衣の近況を知らせて欲しいと頼まれた。
つては幾らでもある。
早速探れば、父親は自身の所属する会の組長となっていた。その名も聞いたことがある。が、あまり柄のいい集団ではなかった。──まあ、ヤクザにいいも悪いもないのだが。
人を人とも思わない。素行が悪く、残忍で荒っぽい連中だった。
その血を娘も継いだらしい。ろくな話しはきかなかった。
暴行に恐喝。素行も悪いが、どうやら薬にも手をだしているらしい。主に自身で使っているようだが、知り合いにも流しているとか。
少し探ってこれだ。知り合いの警察に聞かずとも、目をつけられているのが分かる。
芸能人事務所に所属しているようだが、有名人が捕まれば、それなりの抑止力になった。こちらが動かなくともいずれ捕まる可能性が高い。
そんな蒼衣に、拓人が狙われている。
千尋はとは知らぬ仲ではない。親のかわりに保証人になった事さえあるのだ。息子のような存在に近い。
その千尋の大切な相手が狙われているとなれば、無視できなかった。
第一、拓人くんは放っておけない所があるしな。
本人にその自覚はないらしいが、ついかまいたくなる所がある。千尋がそのいい例だ。
千尋はああ見えて面倒見のいい奴で。弱っているものを見過ごせない所がある。
拓人との出会いもそんな性格が関係していたらしい。今も拓人が心配でしかたないといったところだろう。
蒼衣の近辺は見張っていた方がいい。
そう判断して、今に至る。
蒼衣の命を受けて動くのは、組に所属する若衆だ。ガタイはいいが下っ端でまだ年も若い。
蒼衣の容姿に惹かれて、その手下のようになっている連中だ。関係ももっているらしい。
彼氏には昇格しないが、子分にはしてやる、といったところか。
すっかり蒼衣はヤクザそのものだ。
そんな蒼衣ににらまれれば、拓人などひとたまりもないだろう。
だから千尋は心配して、自分がついていられない間、拓人にボディガードをつけたのだ。
一人は朗。彼はプロのキックボクサー。まだ新人だ。どうやらその人物のことは快く思っていないらしいが、力は認めているらしい。
大切な拓人を託したのがいい証拠だ。プロになって日は浅いが、実力はかなりあるらしい。
二人目は律。拓人の兄だ。こちらは見知っている。
律にその予定ではなかったのだが、流れでそうなったらしい。今は律が拓人についている。
その理由は聞いてはいないが、拓人との間に何かあった事は伺える。拓人は実家に帰っているらしいからだ。
とにかく、それを知ってか蒼衣はまだ手をだしては来ないらしい。素行からして、何もしないわけがない。
そのうち、何らかの行動を起こすと見ていた。
だが、好きにはさせない。
その為に、臣司はヤクザから足を洗って保護司となったのだから。
魔の手から救うためにその道を選んだ。
過去に慕ってきた後輩をそれで亡くしたことがある。ヤクザの下っ端になって、いいように使われて。ごみのように捨てられた。まるで命の価値などないかのように。
もう、そんな目に合うものたちを見たくはなかった。
朗も、律も千尋も。そして拓人も。
こちら側にかかわりを持たせるわけにはいかない。
そうして、臣司は目を光らせていたのだが。
✢
あれは──。
マンションの前に黒塗りの車が停まった。蒼衣の手下となっている若衆のものだ。
ナンバーと車種は確認済みで。車高が低く、ガラス面にスモークの貼られた、いかにもな車体。
運転席から男が降りてきて、後部座席のドアをあけた。蒼衣の馴染みの男だ。かがむと中から重そうな何かを引き取る。その腕に抱えたのは。
「──拓人くん?」
間違いなかった。
ぐったりと頭を垂れ、背後から抱えられた拓人に意識はない様子。ひとりでいるところを狙われたのか。
蒼衣はやはり事を起こしのだ。
臣司は彼らに気づかれぬよう、あとをつける。と、その最中、端末が着信を知らせた。
普段なら無視したが、画面に表示された名を見れば無視はできない。追う相手から目を離さないようにしながらそれに出た。
「──千尋か」
『臣司さん。今、いいか?』
「ああ」
『さっき朗から連絡があった。大学の中で拓人がいなくなったって。それで──』
「──拓人くんの行方か?」
『知ってるのか?』
その声からは緊張と焦りが伺えた。
「さっき、その姿を見かけたんだ。──で、今、後を追ってる…。一緒にいたのは蒼衣がつるんでいる連中だ。このままだと危険だろう。様子をみて踏み込む。お前は連絡をまて──」
『いや、俺も行く。場所を教えて欲しい』
「だが──」
言いかけて言葉を切る。
千尋の性格は分かっている。大切なものの危機を知って、大人しく待っているなどできないたちだ。臣司は軽く息を吐いたあと。
「──分かった。今から送る住所に来い。到着したら連絡をよこせ」
『わかった──』
それで通話は切れた。
千尋へ居場所を送ると、拓人の後を追うことに集中する。拓人を抱えたまま、マンションの一室へと入っていった。
普段なら危険に千尋を巻き込むことはしない。だが、今回だけはよしとした。
どんなに諭したところで、千尋は言うことなど聞かないだろう。
拓人は千尋がやっと見つけた光なのだから。




