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その先の景色を僕は知らない 2  作者: マン太


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17.強い風

「あれ? 拓人、もう帰んの?」


 講義後、荷物を手に席を立つと、友人らと話していた達生が気づいて声をかけてきた。


「あ、うん。今、実家に帰ってて…。借りてる家より遠いからさ」


 そう答えると、達生は幾分不思議そうな顔をしてみせたものの、それも一瞬の事で、おうまたなと笑顔で答えた。

 実家に帰っているのを不思議に思ったのだろう。けれど、用があって実家に帰るものはままいて。そこまで気にはしないのだ。

 そんな達生に手を振って講義室を出ると、近道となる講義棟の裏の道を通って正門へと向かう。

 講義棟裏のそこは、二人歩ければいいくらいの広さの道が続いていた。

 千尋と離れて三日。

 実家に戻て来た当初、母奏子は何があったのかと一旦は尋ねて来たが、歯切れ悪くしていると、それ以上は聞かず後は好きになさいと言った。

 ただ、家にいる間は、家事は分担、自分の身の回りは自分で片付けなさいと言う。もちろん、そのつもりだ。

 ちなみに兄律は、なんとも言えない顔をしてみせ。次の日から大学への往路に、ついてきてくれるようになった。

 散歩のついでだと言ったが、きっと千尋に頼まれたのだろう事は予測がついた。夜のうちに連絡がいったのだろう。

 帰りは商店街を通った。古くからある店の店主らは、幼い頃からの顔見知りで、何かあればすぐに助けてくれるだろう。不審者がいれば注意してくれるはずだ。

 朗には送迎の不要を伝えてある。

 流石に実家は朗のアパートも離れていて、行き帰りについてきてもらうなどあり得ない。

 朗は不服そうだったけれど、いくら何でも頼めなかった。蒼衣の件が収まるまで、しばらくこの状態が続くだろう。

 千尋はどんな答えを出すのか。

 答えいかんによっては、千尋と別れる事になる。まるで現実味がない。


 千尋、どうしているんだろう。


 突然、いなくなったのだ。呆然とするその様が思い浮かぶ。申し訳なさに胸が痛んだ。

 それでも、千尋はしっかりしている。すべてを受け止め、日々を淡々と過ごしているのだろう。


 俺は、どうなんだろう。


 千尋に考える時間を与える為に離れたけれど、実際、別れられるのかと問われれば、難しい気がした。

 あの時は思い詰めていたから行動を起こせたけれど、時間を置いて冷静になると、やはり別れるのは無理だと言う自分がいる。

 第一、千尋の口から聞いてはいないのだ。本当の所、どう思っていたのかはわからない。子どもが欲しい素振りなど、見たことがなかった気がする。


 でも、表面上そうしていただけかも知れないし──。


 が、今ここで考えてみても仕方ない。

 とにかく今は時間が必要だ。


 俺にも千尋にも。


 俺の思いは伝えた。あとは千尋がどうしたいか、なんだ。

 ふと風が起こって木々が揺れた。ざざっと音を立て葉を散らす。裏道とあって人通りも少ない。

 実家から大学まで通る商店街は、通りかかると挨拶を交わし声もかけられる。思っていた通り安心できた。

 それでも俺は用心の為、できるだけ帰りも遅くならないよう努めている。

 だから、以前なら帰る時間でもないのに、急いで家路についていた。兄律の店でのバイトはしばらく休むことにしている。


 いい加減、何もないとは思うけど…。


 あれ以来、これと言って危険を感じていなかった。けれど、油断は禁物だ。千尋と距離を置いてはいるが、そんなこと蒼衣は知らない。蒼衣が諦めていなければ、何かないとは言い切れないのだ。


 でも──。


 ふと思った。

 当分このまま、俺に目を向けて置いたほうがいいのかも知れない、と。

 もし、千尋が自分と別れて他の誰かと付き合いだせば、その相手に危険が及ぶ。それまでに千尋がなんとかすれば、心配はなくなるが。ふと、紡の笑顔が浮かんだ。

 それを頭を振って打ち消すと。


 どうするつもりなのかな…。


 立ち止まって、空を見上げた。風が強いせいで雲の流れが早い。

 

 千尋──。


 心の中で名を呼んで目を閉じる。


 目を閉じて開けば、すべて元通りになっていればいいのに。


 ひと際強い風が吹き抜け、髪をかき上げていった。



 風がおさまると、また道を歩き出した。

 講義棟の裏に当たるそこは、プールがあり、ひとけのないテニスコートがあり、弓道場があり。その先に駐車場があった。

 構内は一部講義棟の外壁工事で、駐車場はその関係者の車が多く停まっている。

 それらを横目に通り過ぎ、棟の角を曲がった所で、向こうから人が歩いてきた。

 遠目だったが、作業着だとわかる。グレーのつなぎだ。きっと、工事の関係者なのだろう。

 俺は道の真ん中を歩いてくる男を避けるように、脇を歩き出した。ふと、以前、ジムに行く前に立っていた男たちの事を思い出した。何故かは分からない。

 体格のいい男の脇を、足早に通り抜けようとしたとき、男の腕と俺の肩とが軽くぶつかった。


 避けたはずなのに。


「──すみません」


 顔をあげれば、目の前にいたのは、頭にタオルを巻いた、作業服の体格のいい男だった。やはり工事の作業員だ。

 軽く頭を下げた後、脇を通り過ぎようとすれば突然、肩を掴まれた。


「…篠宮拓人か?」


「なんですか?」


 なぜ知っているのか。どこかで会った覚えもない。身体に緊張が走る。


「少し話しがある。来てもらえるか?」


「…なんの話しですか?」


 流石におかしいと思った。

 人通りのない薄暗い裏道で、体格のいい男と二人きりはやはり怖い。

 肩に置かれた手を振り払い、あと退った瞬間、どん! と背後で何かにぶつかった。

 驚いて振り返れば、さらに大柄なヒョロリと背の高い作業服姿の男がいる。


「ちょ。なに──」


 脇に逃げようとした拓人の二の腕を、背後にいた男が掴み逃がさない。掴む力が尋常ではなかった。


「放してください! はなせ──っ」


 暴れようとすると、さらに身体を掴まれ羽交い絞めにされた。口元をタオルで覆われ声が遮られる。


 いやだ──。


 そう思った瞬間、鳩尾を殴られ、意識を失った。


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