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その先の景色を僕は知らない 2  作者: マン太


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15/25

15.告白

「いや千尋、済まなかったな? ようやくこれでひと息つけるよ。肝心な時に谷の奴、遠出してるとは…」


 近くの作業台に浅く腰掛けた沢木は、すまなそうに頭をかく。千尋も向かいの作業台に座りながら。


「休みでしたから。仕方ないです」


「まあ、そうだけどな…」


 谷ら他の職人は、遠出していたり飲酒後だったり。連絡がつきすぐに来られるのが千尋だけだったのだ。


「千尋がいて本当に助かったよ。やっぱり千尋は頼れるね」


 紡が淹れて来たインスタントのコーヒーをそれぞれに手渡す。

 時刻は夜十二過ぎ。結局、ここへ泊まる事になった。真っ暗な外からは虫の音が聞こえてくる。


「しかし拓人くん、心配するんじゃないか? 大事なパートナーを急に呼びつけて…。怒ってなかったか?」


「いえ。怒ったりは──」


 すると横で会話を聞いていた紡が怪訝な表情で。


「…パートナーって?」


 すると、おや? と眉を上げた沢木が、


「お前に言ってなかったか? 千尋は拓人くんと付き合ってる。いや、付き合ってるって言うか──」


「同棲してる。拓人は俺の恋人で、パートナーだ」


 千尋がそう口にすれば。紡は言葉をなくし、口元を手で覆った。沢木が首をかしげる。


「どうした? 紡」


「──ごめんなさい。私、知らなくって…」


 そうして、千尋を見つめると。


「今日来たとき、千尋との仲を取り持ってって、言っちゃったの…」


「おっまえ──。まあ、なんだ…。おまえがなんとなく、千尋に好意を持ってるのは分かってたが…。それはまずいな。拓人くん、そう言えば帰り際、様子が可笑しかったしな…」


 沢木は眉を寄せると、表情を曇らせる。


「どうしよう。私──」


「俺、やっぱり、帰ります。軽トラ借りてきます」


「あ、ああいいが──」


 沢木の返事を聞く前にすぐに千尋は踵を返し工房を出ていった。


「待って! 千尋!」


 紡が後を追った。



「ごめんなさい。千尋!」


 軽トラに乗り込む前に、追いついた紡が声をかけてきた。息を弾ませている。


「私、知らなくって…。勝手なことばっかり、お願いしちゃって…。拓人さん、大丈夫だった?」


 すっかりしょげてシュンとしている。千尋はため息をひとつつくと。


「…大丈夫だって、思うか?」


「ごめんなさいっ! ほんと、どうしたらいいのか…」


 紡は慌てだすが。


「──なにもしなくていい。紡も知らなかったんだ。仕方ない」


「ごめんなさい…」


「もう、謝らなくていい。俺からも言わなかったのが良くなかった。作業中は指輪も外してるしな」


 千尋は普段、拓人とそろいの指輪を左手薬指につけている。ただ、作業中は商品を傷つけてしまうのを防ぐため外しているのだ。

 自身も仕事のことしか考えていなかった為、聞かれない限りは、職場でわざわざパートナーがいると言う事実を告げる事はなかった。すると紡は、


「──その、拓人さんとは、本気でつきあってるの…?」


 そう伺う様に尋ねてきた。


「俺はただの同棲だとは思ってない」


 異性同士で言う事実婚に近いものだと思っていた。拓人だってそのつもりだったはず。

 けれど、蒼衣の言葉に揺らいだ。それに紡の言葉が追い打ちをかけ。

 千尋の夢が『子どものいる家族』だと思ってしまえば、それも仕方ないが。


「──でも、法律上、結婚してないよね?」


 千尋は予想しなかった言葉に、紡を見返す。


「……」


「私ね。今更だけど、──千尋が好きなの」


 そう言って、意を決したように大きな目で見上げて来た。微かに潤んでもいる。


「私との未来は──考えられない? 父さんも、千尋の力を認めてる…。いつも会話には千尋のことが上がってるもん。きっと──いい後継ぎになれるって思うの。父さんも喜ぶし、なにより、私と千尋ならいい家族になれると思わない? やっぱり私が後継ぎじゃ不安で…」


 紡は自信なさげに視線を落とす。その頼りなげな様子に、異性なら誰もが一瞬でも支えたいと思うだろう。


「千尋、今まで女性とも付き合ったことがあるんでしょ? 谷さんから聞いたの。──私、自分が男の子っぽくて、女性的な魅力がかけてるって思ってる。…でも、千尋はそういう所で人を選ばないでしょ? ──私じゃ、だめかな?」


 紡は必死な眼差しで、こちらを見つめてきたが。


「それは、紡の未来だろ? 俺のじゃない」


 そう言って、千尋は真っすぐ紡を見返す。


「……」


 紡は千尋の言葉に表情を曇らせた。困ったように眉をひそめる。華奢な肩が僅かに震えているようだ。

 申し訳ないと思う。けれど、済まないとは思っても、心は動かされない。千尋を動かすのはたった一人だけ。

 紡はいい子だと思う。が、だからと言って、好意をもつかどうかは別だ。

 自分のような人間を思ってくれるのはありがたいと思う。けれど、受け取ることはできない。自分が傍にいて欲しいと思うのは、拓人だけなのだ。


「俺は、ひとつの未来しか見えてない。──必要なのはひとりきりなんだ。他の誰かが代わることはあり得ないし、今後もない。紡は同じ未来を見てくれる奴を探せ」


 紡の目がはっと見開かれ、続いて伏せられる。


「…わかった」


 紡は小さな声でそう返した。

 紡にはまだ他の出会いが幾らでもあるはずだ。周囲に目をむければきっと。

 千尋はぽんと、その頭に手を乗せると。


「まずは、大学。無事卒業しろよ?」


 すると、紡はくしゃりと泣き顔を笑顔に替え。


「…わかってるって」


 笑って見せた。

 それを見てから、千尋は軽トラに飛び乗ると家へと向かった。



 しかし、家に戻ると拓人の姿がなかった。


「拓人?」


 靴もない。部屋を確認して回ったが、ベッドで眠っていた気配もなかった。

 見ればリビングのテーブルの上に書置きが残してある。消えた、といっても行き先はきちんとそこに書かれていた。


 『しばらく実家にいます。タクシーを使うので、心配しないで下さい。 拓人』


 それだけだ。昨晩の事を考えて欲しいのだろう。そのメモをくしゃりと握り締める。


 ──でも、拓人。


 千尋の思いははじめから決まっているし、変わらない。

 蒼衣が現れたことで、何かが狂い始めた。

 千尋の中ではなく、拓人の中でだ。それを紡の存在がさらに悪化させたらしい。

 深いため息を吐き出す。

 もともと、千尋は恋愛のそれには疎い。人を想うことはあっても、想われている側の気持ちには気付きにくかった。

 工房では仕事の事しか頭になく、紡が自分を好いているなど、思いもしなかった。


 もう少し、注意していれば──。


 後悔は尽きない。

 蒼衣に千尋が家族を欲しがっていたと告げられ、紡に一方的に千尋との関係を応援して欲しいと告げられ。

 拓人が自分を追い込んでしまったのは仕方のないことだった。


 家族が欲しいってのは、そう言う意味じゃないのに──。


 千尋は歯噛みした。

 拓人はすっかり、自分の気持ちを抑え込み、蒼衣と紡、二人によって作り上げられた仮想の未来を、千尋が望むものとして優先させようとしているのだ。

 リビングの隣、作業部屋に置かれていた椅子の梱包のひとつが解かれていた。拓人がひとりで見たのだろう。

 淡い色のナラ材。それにはオイルで仕上げが施されている。数カ月で色の変化が落ち着くだろう。


 その変化を、拓人と一緒に見ていきたいのに…。


 けれど、今、幾ら言っても千尋の話を聞こうとはしないだろう。無理に連れ戻せば、頑なになるだけだ。

 拓人の周辺が気になるが、実家から大学までは、駅まで半ば繁華街、商店街を通る事になる。

 それに、実家には兄の律がいる。事情を話せばすぐに対応してくれるだろう。

 ああ見えて、職業柄、荒事には慣れていた。居酒屋を経営していれば、酔っぱらいのいざこざなど日常茶飯事で。

 第一、高校の頃から千尋の様な荒っぽい連中とつるんでいたのだ。あしらいは慣れている。

 心配ではあるが、今程慎重になる必要はなさそうだった。

 それでも、早々に蒼衣との事は決着させた方がいい。度々、忠告しているのだが、一向につきまとうのをやめない。

 どうやら、蒼衣のネタはネットニュースを賑わしているらしいが、全く興味ないため見ていなかった。

 相談している真砂の話しに寄ると、蒼衣の周辺ではいい噂を聞かないと言う。

 これ以上、話を聞かない様なら、そこを使うつもりだった。最終手段ではある。


 できることなら使いたくないが──。


 何にせよ、拓人の気持ちを落ち着かせるためにも、冷静になる時間は必要だと思った。


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