15.告白
「いや千尋、済まなかったな? ようやくこれでひと息つけるよ。肝心な時に谷の奴、遠出してるとは…」
近くの作業台に浅く腰掛けた沢木は、すまなそうに頭をかく。千尋も向かいの作業台に座りながら。
「休みでしたから。仕方ないです」
「まあ、そうだけどな…」
谷ら他の職人は、遠出していたり飲酒後だったり。連絡がつきすぐに来られるのが千尋だけだったのだ。
「千尋がいて本当に助かったよ。やっぱり千尋は頼れるね」
紡が淹れて来たインスタントのコーヒーをそれぞれに手渡す。
時刻は夜十二過ぎ。結局、ここへ泊まる事になった。真っ暗な外からは虫の音が聞こえてくる。
「しかし拓人くん、心配するんじゃないか? 大事なパートナーを急に呼びつけて…。怒ってなかったか?」
「いえ。怒ったりは──」
すると横で会話を聞いていた紡が怪訝な表情で。
「…パートナーって?」
すると、おや? と眉を上げた沢木が、
「お前に言ってなかったか? 千尋は拓人くんと付き合ってる。いや、付き合ってるって言うか──」
「同棲してる。拓人は俺の恋人で、パートナーだ」
千尋がそう口にすれば。紡は言葉をなくし、口元を手で覆った。沢木が首をかしげる。
「どうした? 紡」
「──ごめんなさい。私、知らなくって…」
そうして、千尋を見つめると。
「今日来たとき、千尋との仲を取り持ってって、言っちゃったの…」
「おっまえ──。まあ、なんだ…。おまえがなんとなく、千尋に好意を持ってるのは分かってたが…。それはまずいな。拓人くん、そう言えば帰り際、様子が可笑しかったしな…」
沢木は眉を寄せると、表情を曇らせる。
「どうしよう。私──」
「俺、やっぱり、帰ります。軽トラ借りてきます」
「あ、ああいいが──」
沢木の返事を聞く前にすぐに千尋は踵を返し工房を出ていった。
「待って! 千尋!」
紡が後を追った。
✢
「ごめんなさい。千尋!」
軽トラに乗り込む前に、追いついた紡が声をかけてきた。息を弾ませている。
「私、知らなくって…。勝手なことばっかり、お願いしちゃって…。拓人さん、大丈夫だった?」
すっかりしょげてシュンとしている。千尋はため息をひとつつくと。
「…大丈夫だって、思うか?」
「ごめんなさいっ! ほんと、どうしたらいいのか…」
紡は慌てだすが。
「──なにもしなくていい。紡も知らなかったんだ。仕方ない」
「ごめんなさい…」
「もう、謝らなくていい。俺からも言わなかったのが良くなかった。作業中は指輪も外してるしな」
千尋は普段、拓人とそろいの指輪を左手薬指につけている。ただ、作業中は商品を傷つけてしまうのを防ぐため外しているのだ。
自身も仕事のことしか考えていなかった為、聞かれない限りは、職場でわざわざパートナーがいると言う事実を告げる事はなかった。すると紡は、
「──その、拓人さんとは、本気でつきあってるの…?」
そう伺う様に尋ねてきた。
「俺はただの同棲だとは思ってない」
異性同士で言う事実婚に近いものだと思っていた。拓人だってそのつもりだったはず。
けれど、蒼衣の言葉に揺らいだ。それに紡の言葉が追い打ちをかけ。
千尋の夢が『子どものいる家族』だと思ってしまえば、それも仕方ないが。
「──でも、法律上、結婚してないよね?」
千尋は予想しなかった言葉に、紡を見返す。
「……」
「私ね。今更だけど、──千尋が好きなの」
そう言って、意を決したように大きな目で見上げて来た。微かに潤んでもいる。
「私との未来は──考えられない? 父さんも、千尋の力を認めてる…。いつも会話には千尋のことが上がってるもん。きっと──いい後継ぎになれるって思うの。父さんも喜ぶし、なにより、私と千尋ならいい家族になれると思わない? やっぱり私が後継ぎじゃ不安で…」
紡は自信なさげに視線を落とす。その頼りなげな様子に、異性なら誰もが一瞬でも支えたいと思うだろう。
「千尋、今まで女性とも付き合ったことがあるんでしょ? 谷さんから聞いたの。──私、自分が男の子っぽくて、女性的な魅力がかけてるって思ってる。…でも、千尋はそういう所で人を選ばないでしょ? ──私じゃ、だめかな?」
紡は必死な眼差しで、こちらを見つめてきたが。
「それは、紡の未来だろ? 俺のじゃない」
そう言って、千尋は真っすぐ紡を見返す。
「……」
紡は千尋の言葉に表情を曇らせた。困ったように眉をひそめる。華奢な肩が僅かに震えているようだ。
申し訳ないと思う。けれど、済まないとは思っても、心は動かされない。千尋を動かすのはたった一人だけ。
紡はいい子だと思う。が、だからと言って、好意をもつかどうかは別だ。
自分のような人間を思ってくれるのはありがたいと思う。けれど、受け取ることはできない。自分が傍にいて欲しいと思うのは、拓人だけなのだ。
「俺は、ひとつの未来しか見えてない。──必要なのはひとりきりなんだ。他の誰かが代わることはあり得ないし、今後もない。紡は同じ未来を見てくれる奴を探せ」
紡の目がはっと見開かれ、続いて伏せられる。
「…わかった」
紡は小さな声でそう返した。
紡にはまだ他の出会いが幾らでもあるはずだ。周囲に目をむければきっと。
千尋はぽんと、その頭に手を乗せると。
「まずは、大学。無事卒業しろよ?」
すると、紡はくしゃりと泣き顔を笑顔に替え。
「…わかってるって」
笑って見せた。
それを見てから、千尋は軽トラに飛び乗ると家へと向かった。
✢
しかし、家に戻ると拓人の姿がなかった。
「拓人?」
靴もない。部屋を確認して回ったが、ベッドで眠っていた気配もなかった。
見ればリビングのテーブルの上に書置きが残してある。消えた、といっても行き先はきちんとそこに書かれていた。
『しばらく実家にいます。タクシーを使うので、心配しないで下さい。 拓人』
それだけだ。昨晩の事を考えて欲しいのだろう。そのメモをくしゃりと握り締める。
──でも、拓人。
千尋の思いははじめから決まっているし、変わらない。
蒼衣が現れたことで、何かが狂い始めた。
千尋の中ではなく、拓人の中でだ。それを紡の存在がさらに悪化させたらしい。
深いため息を吐き出す。
もともと、千尋は恋愛のそれには疎い。人を想うことはあっても、想われている側の気持ちには気付きにくかった。
工房では仕事の事しか頭になく、紡が自分を好いているなど、思いもしなかった。
もう少し、注意していれば──。
後悔は尽きない。
蒼衣に千尋が家族を欲しがっていたと告げられ、紡に一方的に千尋との関係を応援して欲しいと告げられ。
拓人が自分を追い込んでしまったのは仕方のないことだった。
家族が欲しいってのは、そう言う意味じゃないのに──。
千尋は歯噛みした。
拓人はすっかり、自分の気持ちを抑え込み、蒼衣と紡、二人によって作り上げられた仮想の未来を、千尋が望むものとして優先させようとしているのだ。
リビングの隣、作業部屋に置かれていた椅子の梱包のひとつが解かれていた。拓人がひとりで見たのだろう。
淡い色のナラ材。それにはオイルで仕上げが施されている。数カ月で色の変化が落ち着くだろう。
その変化を、拓人と一緒に見ていきたいのに…。
けれど、今、幾ら言っても千尋の話を聞こうとはしないだろう。無理に連れ戻せば、頑なになるだけだ。
拓人の周辺が気になるが、実家から大学までは、駅まで半ば繁華街、商店街を通る事になる。
それに、実家には兄の律がいる。事情を話せばすぐに対応してくれるだろう。
ああ見えて、職業柄、荒事には慣れていた。居酒屋を経営していれば、酔っぱらいのいざこざなど日常茶飯事で。
第一、高校の頃から千尋の様な荒っぽい連中とつるんでいたのだ。あしらいは慣れている。
心配ではあるが、今程慎重になる必要はなさそうだった。
それでも、早々に蒼衣との事は決着させた方がいい。度々、忠告しているのだが、一向につきまとうのをやめない。
どうやら、蒼衣のネタはネットニュースを賑わしているらしいが、全く興味ないため見ていなかった。
相談している真砂の話しに寄ると、蒼衣の周辺ではいい噂を聞かないと言う。
これ以上、話を聞かない様なら、そこを使うつもりだった。最終手段ではある。
できることなら使いたくないが──。
何にせよ、拓人の気持ちを落ち着かせるためにも、冷静になる時間は必要だと思った。




