13.決意
俺は他の職人と話し出した千尋には声をかけず、沢木にだけ暇を告げる。
「あの、俺はこれで」
「お? ああ、拓人くん、帰るのかい? 千尋は──」
「さっき、紡さんを送っていくって。俺も大学による用事があったの思いだしたんで。──千尋、よろしくお願いします」
「あ、ああ…」
沢木は幾分怪訝な顔をして見せたが、他の職人に呼ばれそこを離れた。
去り際、チラと見た千尋は、ずっと話し込んでいる。真剣な様子に邪魔はできない。気づかれないよう、そっとそこを後にした。
工房を出てバス停へと歩き出す。坂を下ってすぐにあるバス停だ。
着いたと同時にバスが来る。それに飛び乗ると、その予定もなかったのに、途中でバスを降り、徒歩で大学へと向かった。
バス停から少し歩くが、そこまでの距離じゃない。道中人通りも多いため、蒼衣の事を気にする必要はなかった。
初夏の光が、木々の間から透けて差し込む。歩くと汗ばんだ。丘の上にある大学で、道中、坂を上ると海が見える。キラキラと水平線が光って見えた。
ほんとうは、あの道沿いをドライブして、海へ降りてちょっと佇んで。
そんな時間を過ごしたかったのだけれど──。
そこまで思って、ポロと目の端から涙がこぼれた。
やだな。情緒不安定だ。
慌てて手の甲で拭って、思わず苦笑を漏らす。
俺が望むのは、ただ、千尋と長く幸せに暮らすことだけ。
大家族を作ったり、家系を支えたり、そんな立派な未来じゃない。ささやかなそれだけだ。
それで充分。
けれど千尋にとって、それは本当に望むものではないのかも知れない。
俺の中の幸せと、千尋の幸せは重ならない。
蒼衣とだって、本当は結婚して家族を作ろうとしていた。紡となら、もっと建設的な未来が開ける。
紡と結婚して、沢木の工房の後を継いで。子どもをつくって、沢木に孫の顔を見せて。
さらにさきへと繋がっていく。千尋の欲しかった家族がそこにある。
俺は──。
きゅっと手を握り締めた。
✢
それから、休日も開いている大学の図書館で暇をつぶして、コンビニでサンドイッチとパックジュースを買って、それを手にバスと電車を乗り継いで海へと向かった。
休日の浜辺は人でにぎわっている。それらが見渡せる階段状になった石段に座ると、ひとつ息をついた。
これはこれで楽しい。きっと一人ならこれが当たり前で。だいたい、ちょっと前まで引きこもっていたじゃないか。
視線を目の前に広がる海に向ける。
──けど、ここはただの海辺だな。
千尋がいれば、きっとここは南国の島の休日になったかもしれない。
千尋がいれば──。
そこまで思って、また頬を涙が一筋こぼれた。
千尋がいれば、どんなつまらないと思える世界も、楽しく思えた。見事な色がついて見えたのだ。
俺は千尋が好きで。別れたくなどない。
でも、好きだからこそ──。
視線の先には、幼い子どもを真ん中に、左右に父親と母親が手をつなぎ、一緒に並んで波打ち際で遊んでいた。
俺は石段に手を付いて空を見上げる。
どこまでも高く続く空は、それでも心を幾分晴れさせてくれた。




