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その先の景色を僕は知らない 2  作者: マン太


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11/25

11.それから

 それから一週間。

 朗に大学まで送り迎えしてもらったが、その間、これと言って変わったことはなかった。危険を感じる様なこともなく。

 朗のおかげだと思うが、若干、拍子抜けした感もあった。

 ただ、千尋の方は違ったようで。

 千尋は言わなかったけれど、朗の話では千尋の練習日にだけ、ジムに蒼衣が顔を出していると言うのだ。

 とは言っても、オーナーにダメ出しされているから練習場の中には入れない。大人しく守っているのは、これ以上千尋に嫌われたくないからだと言う。

 それ以外は出入り自由だった。そのため、練習場からロッカールーム、シャワールームまでの廊下でべったり張り付いているらしい。

 どうして、練習場以外の出入りは不問にしているのか、それには理由がある。

 もともと、ジムのある場所は、蒼衣の祖父の持ち物だったのだと言う。先代のオーナーが蒼衣の祖父に気に入られ、土地を分けてもらい、今の場所にジムを建てた。

 その後も蒼衣の祖父には世話になった為、その孫をむげにはできないらしい。

 が、千尋の訴えもある。折衷案でギリギリ練習場以外は許可したらしい。

 千尋は相変わらず無視を決め込んでいるらしいが、かなり鬱陶しがっているとのことだった。すっかり蒼衣は彼女気分で、千尋の世話を焼こうとするらしい。


 その日、迎えに来た朗と大学に向かう道中、最近の様子を教えてくれた。


「あいつ。千尋のこと、将来有望だってオーナーが言ってたのを耳にして、余計に躍起になってるんだ」


「躍起に? どうして?」


「蒼衣とよくつるんでる女の子に聞いたんだ。最近、入れあげてた男にふられて、その腹いせにもっといい奴を探してんだって。──で、千尋に目をつけた。それで彼女になろうとしてるんじゃないかってさ」


「…そうなんだ」


「心配?」


 朗がひょっと背を屈め覗き込んでくる。


「え? まあ…心配と言えば、心配だけど…」


 家に帰ってきた千尋は、そんな目にあっているとは、ひと言も言わない。

 ジムから帰ってきても、仕事から帰ってきても、すっかり疲れ切って拓人に甘えてくるのはいつものこと。

 蒼衣のことはひとつも口にしなかった。話題にもしたくない──と言うのが、正直な所かも知れないけれど。


 気を使ってくれているのかな?


 言えば俺が心配するのが目に見えている。千尋ならあり得た。


「千尋は心配ないだろうなぁ。何があったって、ぶれるってことがない奴だから。むしろ心配なのは──」


 そう言って朗はこちらを見てくる。


「なんだよ。影響されやすいって?」


「うーん。拓人さん、弱そうだからなぁ」


「そりゃ、千尋や朗と比べたら、体力的には強くはないだろうけど…」


 精神的には、そこまで弱いとは思わない。千尋と出会った事で、だいぶ強くなれたのだ。朗は肩を揉みつつ。


「蒼衣は(たち)悪いからなぁ。邪魔な奴はとことんまでやるから。千尋と付き合ってた時も、目障りだって、千尋のファンだった子、脅してた様だったし…」


「何されたの?」


「いや、なんか、髪切られたり服切られたり?」


「ほんと?!」


「後は家族に危害を加えるって脅したり…。もっとえげつない脅しもされたみたいだったけど。その子、ちょくちょくジムにきてたかからさ。様子がおかしかったら聞いたことがあったんだ。──で、そんな事があったって。しばらくして来なくなったな…」


「千尋、良くつきあってたなぁ」


 今更ながら感心する。


「可哀そうだと思ったんだろ? きっと。自分ならなんとかしてやれるかもって。あいつ、やりそうじゃん? でも、結局そんな気遣いも無駄に終わったけど…」


 蒼衣はそんな千尋をふったのだ。


「こうやって俺が送り迎えしてれば、早々手はだしてこないだろうけど。千尋がなんとかするまで、気をつけたほうがいいって」


「うん…」


 千尋も時々、様子を尋ねてくるが、大丈夫だと答えている。

 千尋もなるべく早く解決しようと思っているが、今はまだ様子を見ているのが現状で。仕事が忙しいのに加え、蒼衣の出方を見ているのもあるらしい。


 でも、彼女。納得するのかな? 


 今までの態度や話しを聞く限り、どう言った所で、そう簡単に納得するとは思えなかった。



「じゃ、また帰り」


「うん。ありがとう。また──」


 大学へ続く道の前で朗と別れた。両端に青々とした葉を広げるケヤキ並木が続くそこは、大学に向かう学生であふれかえっている。

 構内に入って講義棟に向かいながら、ふと千尋を思った。


 千尋。今頃、オーナーの沢木さんや、先輩の谷さんにしごかれながら、頑張っているんだろうな。


 沢木の工房の家具は、口コミで人気が広がって、大きなものになると、一年、二年待ちは当たり前なのだとか。


 いつか千尋の作ったイスやテーブルが、誰かの家におかれることもあるんだろうか。


 以前、誕生日プレゼントとしてもらったウィンザーチェアは、すっかり俺のお気に入りとなっていて、テラスに持ち出しては、本を読んだり、うたた寝をしたりする。


 きっと、千尋は腕のいい職人になれるはずだ。


 キックボクシングと家具職人。

 なんとも相容れない職業同志にも思えた。いずれはどちらかを選ぶのだろうけれど、どちらの千尋も嫌いではない。

 千尋が後悔のない選択をしてくれるなら、それが一番だ。


 後悔──。


 それで、ずっと心の奥にくすぶっている思いが湧き上がる。


 子ども──か。


 視線の先、仲良さげに手をつなぎ歩く、男女の学生がいた。

 千尋が後悔するなら、それだろうか。聞きそびれて以来、確認する機会を失ってそのままになっている。


 もし、今もそう思っているなら──。


 このまま、千尋といたいと言うのは、俺の我儘なのだろうか。

 千尋の人生を尊重したいと言いながら、自分を優先させている。そんな気がしてならなかった。


「拓人!」


 元気な声に振り返れば、達生が大きく手を振ってこちらに駆けてくる所だった。


「おはよう。達生」


「おはよう──って、拓人。いまの奴って誰? 最近、行き帰り一緒にいるの見かけるけど。──言い辛いなら聞かないけどさ…」


 今さっき、朗が去った方向を見ながら尋ねてくる。そうは言っても興味津々といった具合だ。取り敢えず、そのままを話す。


「ええっと、朗は友だちだよ。キックボクサーで。ランニングの途中で一緒になるから、話しながらここまで来るんだ」


 当たり障りのない説明をする。

 まさか、ヤクザに絡まれそうでボディーガードよろしく送迎を頼んでいる──とは言えない。そうなった理由も今のところ、話す予定はなくて。達生は得心顔で。


「へぇ、そっか。前に友だちがやってるって言ってたもんな? てかさ、カッコいいよな。体格もそっち系の感じだし…。羨ましいなぁ」

 

 達生の言う『友だち』は、千尋の事だったのだけど、あえて訂正はしなかった。

 達生は満足したのか、遠慮したのか、それ以上、突っ込む事はなく。

 腕時計に目やれば、講義の時間が近づいていた。


「講義、もう始まる。──急ごう」


「あ! 本当だ。ヤベー、出欠厳しいやつだ!」


 二人大慌てで講義室へと向かった。

 



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