色褪せた彩り
高校生時代に書いたものを、一部修正したものです。
「本当だと思っていたものを、本当だと思いたいの」
灰色の虹を描いた少女はそう言った。なんて綺麗な彩りだろう、僕は彼女に架かる一筋の虹を見た。
その少女はとにかく筆を離さない子だった。何処に行くのでも必ず一本筆を持っていた。そして、良い風景を見る度に絵を描いて、描く度に僕にそれを見せた。
しかし、どうしても僕には、それが灰色一色の絵にしか見えなかった。
「君はどうして灰色の絵の具しか使わないの?」
絵を描く彼女に、僕はそう聞いた。
そうすると、彼女は不思議そうに言った。
「これは赤色よ」
灰色に見えたその絵は、いつのまにか赤く色づき夕陽になった。
また彼女は別の絵を描き始めた。その絵はまたしても灰色の絵の具で描かれて、僕には何の絵だかさっぱり分からなかった。でも、もしかしたら、その絵の具も灰色ではなく赤色なのかもしれない。
僕はまた彼女に聞いた。
「また赤色の絵を書いているのかい?」
「いいえ、これは青色よ」
海を描いているの、と彼女は笑った。その手に絵を掲げて楽しそうに。
そして、その絵もまたいつのまにか青く透き通った色に変わり、果てしなく広がる海になった。
どうしてなのか。少女に聞くまで、僕にはどうしても全ての絵が灰色にしか見えない。彼女の言うように色づいては見えなかった。僕の目はおかしくなってしまったのだろうか。
もう一度、僕は彼女に聞いた。
「じゃあ、そっちは何色?」
「こっちのは緑色よ。あっちは黄色。向こうのは紫色で、その隣は桃色なのよ」
それでも、絵は灰色のままだった。
やっぱり僕は間違ってなかった。嬉しくなって僕は彼女に、「どれもこれも灰色じゃあないか」と自信満々に言ってのけた。
すると、彼女は少し怒ったように口を尖らせる。
「貴方は目に見えるものしか見えないのね」
呆れたように、情けないとでもいうように、彼女は言った。僕は悲しくなって言い返した。
「なんだよ、君はそうじゃないっていうのかい」
「そんなわけないわ。見えないに決まっているじゃない、目に見えないものなんだから」
彼女の言っていることが分からなかった。
ただ、彼女は床に散らばった自分の絵を指折り数えながら、静かに呟いた。
「見えないから、知りたいの」
彼女は僕を振り返る。
「見たいからこんなにも絵を描いたのよ」
まっすぐに向けられた瞳。
「貴方もそうでしょう?」
そう言って笑う。
そして、ゆっくりと僕の右手を指差した。
僕の右手にはいつの間にか彼女と同じ筆が握られていた。いつから持っていたのか、どうして持っているのか、僕には思い出せない。でも、一つ気づいたことがある。彼女の描いた絵は、僕が昔描いた絵だった。
微笑んだままの彼女は僕の左手を取った。
「私は描いたの。描きたかったの」
「そうか、君は」
「世界は綺麗なところばかりじゃあないけれど、汚いところばかりでもないわ」
「君は」
「私が描きたいのは夢。昔からの夢」
「君は」
彼女の描いた灰色の絵は、カラフルな虹だった。いくつもの色が重なり、混ざりあって灰色になった虹だった。
それに気づいたのは。それを思い出したのは、君が。君は。
「僕だったんだ」
少女は笑った。