謀壊
落ちた瞳から大きな怒鳴り声が聞こえてきた。
「3年目だっていうのに、使えない。2年間何も学んでこなかったんだね。」鋭利な言葉が胸を突き刺す。一昨年、小学校教員として初めての赴任校がこの学校だった。1年目、2年目ともに忙しかったが、上司に恵まれてかなり充実した生活を送ることができていた。しかし、3年目の年、新しく同じ学年に入った58才の主任が私の生活を一変させた。何をするにもダメ出しをされ、逆に質問しようとすると空気を読めない人間と罵倒された。
そんな生活が春から半年以上続き、挙げ句の果て、話しかけようとすると緊張のあまり声も出ず、指先が震えるようになってしまった。助けを求め、学校側に相談したが急に移動させるような権限は誰にもないと一蹴され、まさに四面楚歌の状況であった。
ある日の夜、疲れて何も考えたくなくてなんとなく天井をみていたら誰かがドアをノックした。4つ下の弟だった。普段あまり話しかけてこないタイプだったが、今回ばかりは私の様子がおかし過ぎたのか気にかけてくれていたようだ。
「仕事大変なの?」
「ちょっと、上司からきつくあたられててさ、しんどいんだよね。」
「わからせてあげよっか?」
「え、何を?」
「まぁ、楽しみにしててよ。」弟はそう言って部屋を後にした。
次の日学校へ行くと、例の主任の姿が見当たらなかった。机に荷物はある。車も駐車場にあった。何故だろう?深く気にせず朝の業務をこなしていると青褪めた顔で彼女が職員室に入ってきた。いつもは知らないふりをして顔も見ないようにしているが、どうも様子がおかしいので気になって彼女の方を見てみた。ん、、、小さな塊がおでこから生えていた。そら豆くらいの赤茶色の小さな固体。それを一生懸命引っ張ったり、切ろうとしたりしている。他の先生方は目も向けない。気づいていないのだろうか。もしくはとうとう頭がおかしくなったかと諦めてしまったのだろうか。私はというと、興味はあったが、かかわると面倒だと思ったため足早に教室へと逃げ込んだ。
その日の授業が終わり、次の日のため職員室で仕事をしていると、より一層大きな塊をぶら下げた彼女が正面の机に座っていた。焦点は既にあっていない。よだれが常に垂れている。まるで動物のようだった。大きな息づかいで身体を上下に揺らしている彼女を見ていると、その固体に顔が描かれているようにみえた。立ち上がってその固体の正面に行くと、元の主任の顔がそこにはあった。泣いている。醜い顔で泣いている。その現状を受け入れることができず、醜い獣のような姿になった自分をみて泣いていた。
心がすーーっと楽になったのを感じた。くしゃくしゃに潰されていた心がアイロンをかけてピンッと新品のような新鮮さを取り戻した気がした。
「貴方はやっと本来の姿に戻っただけです。生きていくことが出来る環境ではなかったのです。」
「さようなら。」
塊が床にたたきつけられ、顔を形成していたパーツが転がった。まるで、腐った果物のように。