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「エリックさん、この周りのギザギザしている葉を採っていってもらえますか? 採るときは、この茎のあたりをポキッと折っていく感じで……」
エリックさんが見様見真似で、私が見せた事を繰返す。
「こう、かな?」
「そうです、そうです! エリックさん器用なんですね」
「ありがとう。これなら私にもできそうだ」
そう言ったエリックさんは、2本、3本と薬草を摘んでいく。
「その調子でお願いします。私はあっちの方で洗濯をしているので何かあったら声をかけてください」
「あぁ、分かったよ」
もう一度物置小屋へ向かった私は、洗濯をするための桶を取り出す。
その中へ洗濯物を入れて、近くに設置されたホースで水を注いだ。
それから杖を取り出して、魔法薬を少しだけ入れる。そして魔法で桶の中をグルグルと掻き回した。
これで食べ物の汚れとかも綺麗に落ちるんだから、魔法薬って本当に便利。
杖を振って衣類を桶から取り出して、全部まとめてぎゅぎゅっと絞る。絞り終わったら、1枚ずつパタパタとシワを伸ばしていく。そしたはすぐ近くの物干し竿へ干していくだけだ。杖をひょいひょいと振って服を物干し竿へと掛けていく。
あら、昨日お城で貸して頂いた手袋だわ。これは干さずに魔法で乾かしてしまいましょう。
他の洗濯物はお日様の光をしっかりと浴びてもらわなくちゃね。お日様のポカポカとした匂い、大好きだもの!
洗濯を終えた私は、エリックさんの元へ戻った。彼の持つザルの中には大量に薬草が積まれている。
「エリックさん、こんなに沢山ありがとうございます。日陰干しをしたいので物置小屋近くのテーブルまで運んでもらっていいですか?」
「任せてくれ! それにしても魔法での洗濯というのは初めて見た。魔女様は皆あのように洗濯をするのだろうか」
「人によるとは思いますが、殆どの方がそうではないでしょうか? いいえ、違うかも……。ごめんなさい、他の魔女の生活には詳しくなくて……」
「魔女様同士はあまり関わりがないものかな?」
「私の場合は、旅魔女の方が物々交換でお店へいらっしゃるので、その時に少しお話するくらいでしょうか」
会話をしているうちに、テーブルの元まで到着した。
「ここに薬草を並べればいいのかな」
「はい、よろしくお願いします」
テーブルの上には、藁で出来た敷物が載せてある。その上に2人で薬草を並べていった。
「よし、これで完了だね」
「エリックさん、ありがとうございます。お手伝いして貰えたおかげで、早く作業が終わりました。クリストファー王子、待ちくたびれていないでしょうか」
「あいつなら大丈夫だよ。馬車の中でも仕事をしていると思うよ」
「馬車の中でお仕事ですか!?」
「今日ルーナを迎えに行くって言って、昨日寝ずに書類を片付けてたんだよ。そんで残った分を、馬車の中にまで持ち込んでるんだ。根は本当に真面目な奴なんだ」
「どうしてそこまでして……」
「どうしてだろうね。……本人も分かってなさそうだけど」
「えっ」
後半の声が聞こえづらくて、聞き返してしまった。
「いいや、何でもないよ。クリスのところへ行こう。支度は大丈夫かな?」
今、なんて言っていたんだろう。何でもないのなら、きっと気にすることではないんだろうけど。
「……カバンだけ取ってきます。先に馬車へ戻っていて下さい」
「分かった。馬車の近くで待っているよ」
私は小走りでカバンを取りに行った。壁にかけてある斜めがけのポーチを手にして、ローブの下に身につける。
そして、また小走りで馬車へと向かった。
先に戻ったエリックさんの姿が視界に映る。馬が彼に頭を擦り寄せていて、エリックさんはそれをワシワシと撫でていた。
馬車に繋がれた馬とは、また別の馬だ。
「お待たせしました」
「早かったね」
「待たせたら悪いと思って……。あの、今日はエリックさんはそちらの馬なんですか?」
「普段、私が馬車に乗ることは殆どないからね。昨日が珍しかったんだよ。普段はこうして馬に乗って馬車の周りの警護をしているんだよ。クリスを守るのが私のお仕事だからね。今はルーナも警護対象だ」
「私もですか!?」
「当たり前だろう。ルーナは大切なお客様なんだから。さ、馬車へ行こう」
エリックさんの後ろへ着いて歩き、馬車の前までやってきた。彼は軽く扉をコツコツと叩いてから、中にいるであろうクリストファー王子に声をかける。
「クリス、ルーナの支度が整ったよ」
中からの返事は聞こえなかったけれど、エリックさんはそれを気にしていないみたい。だって返事のないまま、扉を開いてしまったから。
「ん? ……おや、寝てしまっているね」
エリックさんの後ろから、馬車の中を覗き見る。すると、奥の窓に寄りかかって瞳を閉じているクリストファー王子の姿が見えた。
寝顔まで美しいのね。まるで絵本の中の王子様だわ……。
「クリス、起きてくれ。ルーナが来てくれたよ」
「んん……、ルーナ」
ゆっりと王子の瞼が持ち上がる。寝起きでボッーとしているのか、彼の瞳は焦点が合っていないように見える。
「あの、クリストファー王子……」
眠たいのなら無理はしないでと、そう伝えようと思った。昨日から仕事をしていて、寝ていないのだとエリックさんがから聞いている。
だけど彼へ話しかけると、クリストファー王子の視線が私を捉えた。視線が絡んだのと同時に、私は言葉を飲み込んでしまった。
「ルーナ、おはよう」
だって、頭の中が空っぽになってしまったの。
本日2度目の彼からのおはよう。ふわりと微笑むその笑顔に、魅了されたんだと思う。全てを奪われるような感覚が私を襲った。
なにこれ。
私、こんなの知らない。
身体の奥がモヤモヤとして、ざわざわとして、息が詰まるの。